第35話 俺と小林が感じた森田の異変
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俺が退院してから数日が経ったある日――。
教室は、いつも通りざわついているはずだった。
……なのに、空気が〝薄い〟。
いや、退院する前はわからないが、徐々に薄く、薄くなっていた感じがする。
黒板の前で騒ぐ声も、椅子を引く音も、どこか遠くに聞こえる。
俺は席に鞄を置き、自然と森田の席に視線を向けた。
「森田……今日も来てないのか」
すると、小林が俺の席の前の椅子を引いてドスンと座り、低く呟く。
「いや……〝いた〟ぞ」
「え?」
「朝、昇降口のところで。声かけたけど……こっち向きもしなかった」
その言い方は、怒っているというより――怯えていた。
そもそも、あの森田が小林を無視するなんて……あり得るんだろうか?
「……森田が無視?」
「違う。無視ってレベルじゃねぇ。なんつーか……〝人と話す気がない目〟だった」
「……!」
小林は腕を組み、森田の席を何度も見ては目を細めた。
最近の森田は確かに様子がおかしかった。
しかも、学校を休み始めたのは、俺が森田らしき人物に襲われてからだと……小林は語った。
「森田の最近の様子、気づいたか? あいつ……どっかの〝廃墟〟から帰ってきたような顔してたぞ」
「廃墟?」
「うまく言えねぇけど……〝連れて行かれて、何か置いてきたやつの顔〟だ」
――俺は一瞬息を呑んだ。
小林は見えてないはずなのに、核心に触れている。
「あと……これ言いたくなかったけど」
「言えよ」
「森田、笑ってなかったのに……〝影だけ笑ってた〟。あれは……お前の言う〝鬼〟じゃないのか?」
「な……本当……なのか?」
「ほんとだって! あれ……人間じゃねぇ。俺、幽霊とか信じてなかったけど……〝本能〟がヤバいって叫んでた」
胸が冷える。
身近な人間が……〝鬼〟になると言う事実だけでも恐ろしいのに。
最悪、自分が〝地獄に堕とさないといけない現実〟が見えて手に汗が滲んだ。
――ヒイラギの言葉が蘇る。
『〝濁りは、人に寄り添い、欲を肥やす〟』
ヒイラギを見ると、彼は森田の席を見つめて身体を膨らませていた。
ああ……その瞬間「森田は」と悟る事が出来た……。
「……小林。森田……やっぱり……」
「おかしいどころじゃねぇよ。昨日なんて、いつの間にか俺の後ろに立っててさ」
「後ろ?」
「あの距離で気配ゼロだぞ? で、耳元で……」
小林は喉を鳴らし、低い声で再現した。
「なぁ小林……〝お前も見られたいよな? 注目されたいよな?〟なんて言うんだぜ?……マジで殴りかかる寸前だった。あんな言い方、森田じゃねぇ」
(……森田……もう〝境界の向こう〟に片足突っ込んでる)
取り戻せるか?
森田を……鬼に完全になっていないのなら……俺達の元へ取り戻せるだろうか?
それ以上に、小林の安全の確保が優先かも知れない。
「小林、森田には近づかないでくれ」
「――でもよ、柳原」
「大丈夫だ。俺がどうにかする」
小林は、俺が〝何か知っている〟と気づいた様子だった。
――だが、追及はしなかった。
ただ、不安そうに森田の席を見た。
「……なぁ柳原。森田……戻れると思うか?」
……答えられない。
取り戻せるなら取り戻す。
無理なら……俺も覚悟を決めるしかない。
これ以上の被害が出る前に、食い止めるしかないんだ……。
胸が鷲掴みにされるように痛み、こめかみがずきずきと痛んだ。
責任の重さと、自分の力の所為で友人を……地獄に堕とすかも知れない現実が押し寄せて、汗が流れる。
「……今は、俺が何とかする。それだけだ」
その時――。
ガラッ。
後ろのドアが開いた。
教室のざわめきが、すっと薄れる。
振り向くと――そこに〝森田〟が立っていた。
笑っている。
だが、目だけがまったく笑っていない。
そして――影が床に落ちていない。
その現実に、ひゅっと音にならない音が口から出た。
(森田……お前……もう、戻れないところまで……)
「おーい光一。〝この前の続き〟しようぜ?」
「この前の……続き」
「絶対大バズり間違いなし! 今までにない、最高の数字を叩き出せると思うんだよな!」
その声が、教室の空気から〝色〟を〝音〟を〝空気さえも〟奪っていく。
隣で、小林の手が――震えていた。
だが、意を決したように小林が森田を睨みつけて口を開いた。
「お前……俺達の知っている〝森田〟か?」
「小林~~。何いってんだよ。俺は昔から森田だろ?」
「俺の知ってる森田はな。ダチを無視したりしねーんだよ」
「……気づかなくて悪かったって。そう怒るなよ」
「「……」」
このノリの良さは――森田の〝ソレ〟だったが、明らかに違うところがある。
目が、赤い灯の色をしていた。
元の森田の瞳の色じゃない。
(森田、もう……戻れないんだな)
俺の力で救いたかった。
俺の力で取り戻したかった。
でも、もう手遅れなのかも知れない。
感じる威圧は相当なものだった。
小林も俺の手も震えるほどの威圧を感じる……。
「で? 今度のはどういう内容でバズりたいわけ?」
それでも尚、小林は噛みついた。
あまり森田を刺激してほしくなかったが、小林はそれでも立ち向かったんだ。
「それはな――」
「おーい、席につけ――」
丁度聞きたいタイミングで、担任の先生が入ってきてしまった。
渋々小林は席に戻り、森田は俺を見てニヤリと黒い笑みを浮かべると去っていく。
――あれは、〝獲物〟を見る目だ。
『主、森田はもう……』
「ああ……。もう俺達の知っている森田は……喰われている」
――もう、アレは森田じゃない。
森田の皮を被った〝鬼〟だった。
救える筈だった。
救える瞬間は、どこかにはあったはずなんだ。
でももう……森田を救えない。
絶望が胸に穴を開けていく……。
そこから流れるのは……血ではなく。
言いようのない――苦しさと、悲しみだけだった。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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