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忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
簪の付喪神、桔梗さんと怨霊と鬼の正体

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第34話(閑話)――最高に気持ちいいって奴だな

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 次の日の夜も、その次の日の夜も――俺は学校を休んでスマホの前にいた。

 動画アプリを起動し、カメラを天井に向ける。

 面倒臭いことに、旧校舎の写真は持ち出せない。

 だから、画面にはただ薄暗い自室の天井と、歪んだ影だけが映っている。

 後は……音声だけを、工夫する。


「どーも。某高校の、某(・)肝(・)試(・)し(・)に(・)参(・)加(・)し(・)た(・)奴(・)の(・)話(・)な(・)」


 ――声は変えてある。

 アプリのフィルターを使って、少し低く、ざらついた感じにしている。

 これで俺の声と気づくやつは一定数いても、知らねぇ奴にはわからないだろう。


「旧校舎の渡り廊下に、仮面の奴がいるって噂があってさ……」


 事実と、少しの嘘と……思いっきり誇張した想像を混ぜる。

 〝本物っぽく〟聞こえるラインを狙って、言葉を選ぶ。

 録り終えた動画を何度も確認して、何度か録り直してからアップロードした。

 タイトルは、ありがちなホラーテイストに。


『【閲覧注意】旧校舎の仮面の奴、ガチだった件』


 投稿ボタンを押した直後は……胸の奥がすうっと冷たくなった。

 これでバズらなかったらどうしたら良いんだろうと言う思いと。

 期待が打ち破られたらどうしようと言う気持ちで一杯になる。

 ――だが、それも数分で、別の感覚に塗り替えられた。


 画面に小さなハートのマークと、再生回数が表示される。

 最初は「1」。それが「3」になり、「5」になり――。


(……あ、見てる)


 指先が、じんわり汗ばむ。

 通知欄に、ぽつぽつと数字が増え始める。


【これガチ?】

【マジであの学校?】

【旧校舎ってだいたいヤバいよな】


 数が、34。

 しばらくして、56。

 少し目を離した隙に、120を越えていた。


「……あ、伸びてる」


 思わず歓喜で声に出た。

 机の上で、スマホが小刻みに震え続ける。

 通知のバイブレーションが止まらない。

 そのたびに脳のどこかが、じんじんと痺れる。

 はは……やべぇ。なんとかハイってやつだよなこれ。


「やっべ……」


 俺は心が滅茶苦茶にでもなった気分で笑う。

 自分でも引くくらいの、素の笑い声だった。


「気持ちいい……なにこれ……うわっ……まだまだ伸びてる……すげぇ」


 増えていく数字。

 見知らぬ誰かが書き込んだ「怖すぎ」「やば」「もっと聞きたい」が並ぶ画面。

 その一つ一つが、喉を潤す冷たい水みたいに、身体の中に滑り込んでくる。


 ――俺の声で、誰かがビビってる。

 ――俺の話で、誰かがコメントしてる。

 ――〝お前の話、面白いな〟って言ってるようなもんだろ!


 気分が、少しずつ高揚していく。

 ベッドに座ったまま、声を殺して笑い、足先が勝手に揺れた。

 一方でタイムラインの下の方では、別の色の文字が、ゆっくりと増えていく。


【これ、多分●●中のあの子じゃない?】

【前に怪我してた子、名前なんだっけ】

【いや、あいつだろ、インスタに写真上がってた】


 ぼかされたイニシャル。

 ギリギリ実名に届かないラインで、人の情報が転がされていく。


(……まぁ知らない奴だし。どうでもいいか)


 画面をスワイプして、目に入れないようにした。

 俺にとっては、知らない奴はどうなっても知ったことじゃなかった。


(どうせ、どこかの誰かだ。俺(・)の(・)知(・)っ(・)て(・)る(・)や(・)つ(・)じ(・)ゃ(・)な(・)き(・)ゃ(・)関(・)係(・)ね(・)ぇ(・)な(・))


 けれど、「今度、もっと詳しく教えて」というコメントには、胸が躍る。

 スクロールしていると、コメントの中に一つだけ〝妙に浮いて見える文言〟が混ざっていた。


『も(・)っ(・)と(・)欲(・)し(・)い(・)か(・)?(・)』

「は?」


 小さく声に出してしまう。

 続く文言。


『見せてやろうか? 〝お(・)前(・)の(・)求(・)め(・)て(・)い(・)る(・)モ(・)ノ(・)を(・)〟』


 ――思わずアイコンに視線を移す。

 だが、丸いアイコンの中身は、ぐしゃぐしゃにノイズが走っていて、何が描かれているのか分からない。

 ユーザー名も、文字化けしたみたいに読み取れなかった。


「……なんだこれ。釣りアカ?」


 プロフィールを開こうとしても、画面が一瞬だけノイズを走らせて、すぐ元のタイムラインに戻ってしまう。


 バグだろう、と笑い飛ばそうとして――その指が止まる。

 通知は、さっきよりも明らかに増えていた。

 再生回数も、コメント欄も、さっきとは比べ物にならない速度で回り続けている。


(――俺の求めているモノ、ね)


 俺は、口の端だけで笑った。

 画面の中には、数字が並んでいる。

 スマホに映る〝普通の顔〟だったはずの自分が、少し興奮したような目でそれを見ている。


「……俺でも、できるじゃん」


 呟きは、驚くほどあっさりと口から出た。


「……もう〝普通〟じゃなくなれるかもな」


 その瞬間、ベッドに横たわっているはずなのに、肩越しに、何かが顔を覗かせる空気を感じた。

 輪郭はまだ曖昧だが、確かに〝誰か〟の形をしていた。

 耳元ぎりぎりまで近づいて、口を開く。


 ――何かを囁いた。

 聞こえた気がしたが、意味が分からなかった。

 ただ、首筋をくすぐるような寒気だけが、ぞくりと走る。


「……〝もっと〟?」


 自分でも驚くくらい自然に、その言葉が口から漏れた。

 思わず笑った。

 今度の笑いは、さっきよりも静かで――深かった。


「はは。悪くねぇかもな」


 暗がりの中で、更に黒い影がにやりと笑う。

 ……その笑みが、俺の笑みと、ゆっくり重なっていく。

 スマホは、まだ震え続けていた。通知は止まらない。

 バイブレーションが、心臓の鼓動と同じリズムを刻み始めていた。


 ――それが、俺の〝二回目〟の〝特別〟を手に入れた瞬間だった。

楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)


面白いと感じたり、応援したい! と思われたら

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