第33話(閑話)――誰でも良いから俺に注目してくれ
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――森田Side――
部屋の中は、いつも通り散らかっていた。
開きっぱなしの教科書と、途中で投げ出したノートと、お菓子の空袋……。
机の上で、スマホの画面だけが白く光っている。
画面には俺のつけたハッシュタグが並んでいた。
#学校怪異
#肝試し
#謎の仮面
スクロールする指を止めて、俺は小さく舌打ちする。
いいねの数字は、二桁にも届かない。
ついたコメントも、適当な冷やかしが二つか三つのみ。
面白くもなんともない、こんなのはただの呟きでしかなくバズりもしない。
(……誰も何で来ねぇんだよ。タグが弱いのか?)
かと言って、俺の出来る範囲なんて限られている。
バズった瞬間は絶対気持ちがいいと思うのに、毎回上手く行かない。
スクロールする指を止めて、俺は苛立ちを隠せずスマホを握りしめたままベッドにうつ伏せになった。
(くそ! これなら、小林と柳原と話したくだらねぇネタのほうが、まだ面白かったよな)
そのためならダチでも何でも利用する。
所詮、奴らは俺の“稼ぎ”の部品だ。
ヘラヘラしながら、奴らから情報を聞き出して、いつか大バズりする予定だった。
けど〝学校の怪異〟と言う、なんとも美味しい物が降ってきたから思わず食らいついた。
――結果は惨敗。
最初こそ数字はついたが、すぐに下火になった。
スマホを思わず握りしめる。
俺はぼんやりと、天井のひびを追いかけていた。
その時……中学の頃を、ふと思い出す。
クラスの端っこで、輪に入りそうで入らない位置にいつもいた。
別にいじめられていたわけじゃない。
むしろ――。
「森田、お前はそういうポジションだよな~」
なんて、冗談交じりに笑われる側だった。
運動会でリレーに選ばれることはない。
テストで赤点を取ることもないが、トップを取ることも当然ない。
部活に入っても、レギュラーには届かず、ベンチの端で声だけ出していた。
(〝お前らしい〟ってさ……)
天井を見つめたまま、胸の奥で呟く。
(あれ、つまんねぇ言葉だよな)
いい奴。
面白い奴。
真面目な奴。
ヤバい奴。
なんでもいいから、何か一つでいいから、はっきりした〝何か〟が欲しかった。
けれど現実にあるのは──。
「そこそこ」「まぁまぁ」「普通」という中途半端な評価ばかりだ。
(俺はもっとデカいことをして見せる人間だ。〝普通〟で終わってたまるか!)
その為ならダチでも何でも利用する。
所詮、奴らは俺の為にそういう〝稼ぎ〟の一部にしかならない奴らなんだよ。
それにしても、イライラする。
俺はここで止まるような人間じゃない。
もっと高みを目指せる人間なんだ。
(――俺は〝特別〟になりたいんだよ!!)
それが他人の不幸をだしに使った物でも構わない!
寧ろ、他人の不幸の方が、バズりやすいんだよな……。
ああいうのを見ると、妙な高揚感がある。
それが、たまらなく気持ち悪かった。
そう思った時、ふいにドアがノックもなく開いた。
「アンタ、まだ起きてたの?」
部屋の電気をつけると同時に、母親の声が飛んできた。
いつも俺と兄貴を比べる毒親だ。
俺のことをしっかりと見たこともねぇ癖に、母親面だけは一人前だな。
胸クソ悪い……。
奴はエプロンの紐をほどきながら、ため息をついている。
「目、悪くなるよ。もう夜中なんだから、スマホはそのへんにして寝なさい」
「はいはい」
返事だけは軽いが、手はスマホから離さない。
「〝はいはい〟じゃないの。明日も学校でしょ? 宿題は?」
「やったよ。……多分」
「多分ってなに。ちゃんとしなさいよ。高校入ったばっかりなんだから」
小言が耳に入ってこないわけじゃない。
でも、耳に刺さっても、心まで届かない。
母親は部屋を一巡りして、散らかった机に視線を落とした。
「友達とはうまくやってるの?」
「……普通」
「普通って、どのくらいなの?」
その問いかけに、悪気がないのが余計に腹立たしい。
「……わかんねぇよ、そういうの」
俺はスマホを伏せて、顔をそむけた。
「もう。ほんと、アンタは何考えてるのか分かんないんだから。アンタって本当に〝普通の子〟ね。兄ちゃんは〝特別〟なのにね」
(――いちいち癇に障るババァだな! 余計な一言なんだよ!!)
苛立ちを隠し背を向けたまま、子供っぽいかも知れないが拒否を貫く。
母親は、大きく溜息を吐いて部屋を出ていく。
ドアが閉まる音が、思ったよりも重く響いた……。
静かになった部屋で、俺はゆっくり起き上がる。
机の横に立てかけてある姿見の前に、何となく足が向いた。
鏡の中に、自分がいる。
学ランを脱ぎ捨てて、よれたTシャツ一枚。
髪は少し伸びてきて、寝癖もついたまま。
「……〝普通の顔〟だよな」
鏡の前で、わざとらしく笑ってみる。
口角を片方だけ上げたり、変な変顔をしてみたり。
「イケメンでもねぇし、ブスでもねぇし」
街中にいくらでもいそうな、ありふれた高校生の顔。
人混みに紛れたら、二度と見つからないような、そんな顔。
鏡の奥で――何かが、ふっと揺らいだ気がした。
黒っぽい影が、水面のようにゆらゆらと揺れ、俺の肩の線をなぞる。
だが、輪郭はあいまいで、目を凝らしても、はっきりした形にはならない。
恐怖のようなものは感じなかった。
ああ、恐怖じゃねぇ。
なんか……ワクワクした。
まぁ、多分見間違いだろうけど。
そう思って溜め息を吐く。
――寧ろ俺の中の恐怖は、いつまでも〝普通〟であることだ。
ただ自分の顔を見つめて、ため息をつく。
「〝普通〟か……」
鏡から離れると、ベッドにごろんと倒れ込んだ。
母親につけられた電気を消す。
部屋は一気に闇に沈み、スマホの画面だけが青白く浮かび上がる。
また、指が勝手にタイムラインを遡っていた。
さっきまで見ていた「学校怪異」のまとめサイトを開く。
【うちの学校、最近マジでやばい】
【仮面のやつ見た】
【旧校舎の廊下、マジで出るらしい】
【やっぱり肝試しの呪い?】
そんな書き込みが、流れ続けている。
(……これ)
俺は、親指を止めた。
(これ、俺が動画にしたら……バズるよな?)
学校名を出さなくても、制服や廊下の雰囲気で分かる奴には分かる。
――それでいい。
――分かる奴だけ分かればいい。
【これ、俺の学校だろ】って、コメント欄で騒いでくれれば――。
(〝森田、お前すげぇな〟って、誰か言うかもな……)
闇の中で、画面の光が俺の顔を照らす。
その顔は、さっき鏡で見た『普通の顔』とは、少し違って見えた。
スマホに映る自分。
ゆっくりと口元を吊り上げる。
――ニヤリ、と。
ただ……ふと思ったことがあった。
(そういえば、旧校舎が襲われた時の記憶がねぇな……。まぁ、小林も記憶がねぇみたいだし。問題ないか!)
その笑みだけが、俺の知らない場所で、形を持ち始めていることに気づきもせず。
俺はただ〝バズる〟という承認欲求を満たすために動き始める。
それが俺の新たな一面となって出てくるとは、思いもよらずに。
〝特別〟がどれだけ残酷かも知らずに――。
俺の夜はそうやって更けていった……。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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