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忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
簪の付喪神、桔梗さんと怨霊と鬼の正体

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第29話 小次郎の無念

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 翌日、決戦を前に、俺は学校を一応休むことにした。

 ――他の生徒を巻き込まない為だ。

 その代わり、夕方から夜にかけて学校に向かい、ケリを付ける。

 そう決めたのは――朝になってからだ。


 その間、清さんが何か言いたそうにしていた。

 俺はヒイラギと清さん三人で話をすることになった。

 すると――。


『光一さん……あなたの〝声〟は、魂の灯(ひ)です。一度、あなたの声を、心からの呼び声を小次郎さんに通せば……濁りを薄めることができます』

「……でも、それって」


(薄めるだけじゃダメなんだ……。ちゃんと大椿太夫と一緒に送らないと)


『二つ同時の魂を送る事は……相当な負担となるでしょう。〝削られ方も〟倍以上となります……』

『主の声は〝黄泉送り〟の片鱗。使えば……寿命が削れるのは……知っていよう』


 ヒイラギの言葉に、俺は短く頷いた。

 例えそれでも、長い年月待ち続けた二人の魂を導いてやりたい……。

 倒れた後が心配ではあるが、翌日誰かに見つけてもらえるか、見回りの先生に見つけてもらえればラッキーだ。


(小次郎さん……待っていてくれ。必ず……)


 俺は額に温かな灯を感じながらも、小さく息を吐いて目を閉じた……。


 ◇◇◇◇


 そして夕方――。

 ヒイラギと大椿太夫、そして桔梗さんを連れて、俺達は学校へと向かう。

 夕焼けの色が、やけに血の色に近く見えた。

 祖父母には「学校への忘れ物を急いで取りに行く」と言って出かけた。

 迷惑をあまりかけたくないが、今回ばかりは……許して欲しい。

 向かった先は学校の旧校舎。

 あくまで校内で小次郎さんを呼ぶためだ。

 元々遊郭だった旧校舎ならばと思ったのだが、読みは当たったようだ。


『この場所なら、小次郎の魂が揺らぎやすい』


 嫌な気配がする……。

 元遊郭のこの校舎が歪んでいるかのような感覚……。

 でも、小次郎さんを説得するにはここしかない。

 大椿太夫と桔梗さんには隠れてもらっている。

 出てきてもらえるだろうか……。


 そう思っていると、空気がぐにゃりと撚れ、温度が一度下がった。

 小さく呼吸が乱れ、視界が一瞬だけ揺らいだ。

 ……中から真っ黒な姿の江戸時代の男性が出てきた。

 真っ黒なのは……濁りが酷くなっているのだろう。

 もう時間がないのは明らかだった。


『貴様……貴様は……』

「小次郎さんですね?」

『何故……わしの名を……』

「貴方の未練をお聞かせ願いたいです。大椿太夫と結ばれなかった悲劇は……余りにも酷すぎると思ったので」

『椿……ああ、大椿太夫……』


 そう言うと、小次郎さんは黒い顔から赤い涙を流しつつ語り始めた。

 とても愛し合っていたのだと……。

 身請けするために、本当に色々と手を尽くしたのだと。

 家族を説得し、後少しで大椿太夫を身請けすることが出来るはずだったのだと。

 でも――。


『兄嫁――兄の妻でありながら、あいつは兄より、わしのことが好きだった……。病弱な兄に嫁ぎ、跡取りを生むためだけに嫁いできた女だった……』


 ――声が震えている。

 悔しさとも、情けなさともつかない響きだった。


『兄は嘆いていたよ……。結婚なんてするんじゃなかったと。いつも呪詛(じゅそ)のように自分を馬鹿にして来るのだと……。いつか殺されると嘆いていた』


 ――それは後に、本当のことになった。

 小次郎さんが大椿太夫を身請けする寸前で、兄を毒殺したのだ。

 それも、分からないように……。


『両親は大椿太夫との輿入れをあまりよく思っていなかった。それでも説得してわしは大椿太夫を娶るはずだった。だがそれを……それをあ(・)の(・)女(・)が(・)!!』

「兄嫁が……お兄さんを殺したことで、貴方との結婚を迫ったんですね」

『そうだ……。途端両親は態度を変えて大椿太夫の輿入れを……。ああ……悲劇だ……悲劇だ!! あの女を許せない、あの女の血を引く子孫が許せない……。わしが死んだ後は子供だけ残して追い出されたようだが、本当にろくでもない女だった……。わしはずっとずっと大椿太夫を忘れられなかった。忘れられるはずがない。この世で最も愛した女性なのだから……』


 それでも、お家のために子を作らねばならず、その間はずっと苦痛だったと言う。

 子が出来たら最早用済みとばかりに兄嫁には近寄らなかったと。

 それでも兄嫁は小次郎さんを諦めなかったのだと言う。


『毎日が地獄だった……。兄嫁の狂気に満ちた言葉が嫌でも突き刺さる日々……。直ぐに心を病んだ。わしは逃げるように大椿太夫のもとへ行ったが……彼女は自害していた……』

「……」

『それから数年後……わしも後を追うように自害した。……兄嫁の狂気に満ちた呪詛に、もう耐えられなかった。……死んだほうが、マシだった。』

「それで、大椿太夫の残っていた貴方の贈った簪に……」

『ああそうだ。死してなお、大椿と共にいたかった。百年もすれば彼女に似た付喪神が生まれた……愛おしかった、守りたかった……守るためには〝鬼(・)の(・)力(・)が(・)必(・)要(・)〟だと言われて……』

「一体誰に……」


(……その言葉のどこが「守る力」なんだよ)


 そんな嘘、誰に吹き込まれたんだ。

 桔梗さんを守るのに、鬼になる必要など無かったのに――。


(守りたいって願いほど、つけ込まれやすいのかもしれないけど……)


 俺はその気持ちを踏みにじった誰かを――許せなかった。

 純粋な気持ちを踏みにじる、そんなことをしたやつが……。


『わからない。誰かは思い出せない。学生だった……。奴はいつも欲求不満そうだった。承認欲求が満たされないのだと言っていた。それを満たせるなら……桔梗を守る力を与えてやろうと……その手を取った』

「承(・)認(・)欲(・)求(・)に(・)満(・)た(・)さ(・)れ(・)な(・)い(・)学(・)生(・)……」

『ああ、鬼の手を取ったばかりに、この地に縛られて……ああ、ああああっ! 情けない……口惜しや……』


 それだけじゃわからない。

 そんな学生沢山いる。

 誰かは特定出来ない……。


『だがお前の近くで大椿太夫と桔梗を感じ取った……。もうわしは疲れた……。出来れば……出来ることならば……。愛する二人と共に眠りたい』


 ――心から望む声。

 何よりも欲している心の安寧。

 それを感じ取った俺は、鞄から簪を取り出した――。

楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)


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