第28話 〝鬼〟の発生源は――あまりにも身近で
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日曜の夜――。
大椿太夫の魂が安定した頃だった。
皆が安堵し、ホッと息をついたその時――家が揺れるような感覚に一瞬「地震?」と思ったが、ヒイラギが窓の外を見つめ『主!』と叫んだ。
その様子に俺はヒイラギが見つめている方角……学校がある方角を見ると、強烈な「ざわ……っ」と耳鳴りのような〝濁り〟の唸りが発生しているのが目視できるほどだった。
『……来おったな。小次郎の魂の揺れじゃ』
その言葉に、暗闇でも見える程の密度のある、揺らぐ輪郭を感じ取った。
それは何かを探しているかのようにも、雄叫びを上げているかのようにも見えた。
『わっちの……小次郎様……?』
『……あれは……付喪神でも身の竦むほどの濁りでありんす……。太夫はんでも……あちきでも……よう触れられんのでありんすよ……』
しかし、小次郎の姿は安定せず――〝声だけ〟が密かに家まで届いた。
『……椿……? そこに……いるのか……? ……探した……ずっと……探していた……』
『この……匂い……小次郎様でありんすか……?』
声だけがはっきりしている。
だが触れれば壊れそうに揺らぎ、影はゆらりと後ずさるように消える。
直後、小次郎は濁りに飲まれ〝逃げるように〟学校の暗がりへ消えていった……。
うねりだけは学校から離れ、うちの近くまで迫っていたが……。
(小次郎は学校から出られない濁りだったはずだ……。ここまで来れるなんて……)
小次郎の執念を感じたが、それでも何故急に逃げるように学校へ……?
その謎は解けないまま、俺達は窓を締めたまま声なき声に耳をすまそうとしたが――小次郎の声が聞こえることはなかった。
『小次郎様……! 小次郎様を追わねばなんせ!!』
「……追ったら危ない。今の小次郎さんは、壊れかけてる」
『追ったら危険だ。濁りが強すぎる。怨念の魂ごと消されるぞ』
『ぁぁああっ……! 小次郎様ぁ……!』
両手を覆い泣き崩れる太夫……。
桔梗はそんな太夫を抱きしめ涙をこぼしている……。
(あの状態の彼を救えるのかはわからない……でも)
嗚咽を零し泣き崩れる大椿太夫をこのままには出来ない。
ずっと百年の間待ち続けた相手だ。
簡単には諦めきれないだろう。
「大椿太夫。あんな姿になった小次郎でも、愛し続けられるか?」
そう問いかけると、大椿太夫は涙を拭い、意を決した表情で頷いた。
『当たり前でありんす! わっちは小次郎様と……次の世を歩むのでありんす!』
『大椿太夫……! あちきも……あちきも一緒に行きんす!!』
「分かった……。決戦は明日だ。何としても……小次郎さんを元に戻そう。そして、大椿太夫と共に……小次郎さんも一緒に次へ進もう」
『はい!』
――決戦は明日だ。
明日の何時になるかはわからない。
俺は学校に行きはするが、授業には恐らく出られないだろう。
二人が落ち着いてから色々話すことにしたが、それから一時間後――。
ようやく気持ちが落ち着いた皆を集め、簪を真ん中に会話をすることになった。
「恐らく……だが、小次郎は鬼になる前触れにいる気がする」
『その通りでありんす。小次郎様は……鬼へ堕ちる、その前触れでありんして……』
だが、鬼になる為には何かしらの〝感情〟が必要なはずだ。
それが、怒りだったり、悲しみだったり……小次郎さんが持っている感情は一体。
『……壊れ方が、怒りではありません。少し俺に時間を下さい』
そう清さんが伝えると、目を閉じて感じ取っているのか、薄っすらと目を開けた。
一体清さんに何ができると言うのだろうか……。
『俺は徳を積んで、怨念や怨霊、壊れかけの付喪神の〝遠隔透視〟が出来るようになったんです。無論、媒体となる物は必要ですが、今回は簪がありましたので……。壊れかけの魂が、どんな表情で泣いているのかを、少しだけ〝覗き見る〟ことができるんです』
「なるほど……凄いな」
『小次郎さんは……大椿太夫を守れなかった自責と未練で、長い年月をかけて魂が歪んでいるのです』
(魂が歪んでいる……そこを鬼につけ込まれたのか)
『あちきが……長う、泣き続けておりんしたからでありんすな……』
『そうでなくとも、長い年月を経た怨念は目的を見失いやすい。寧ろ反対に、桔梗さんがいてくれたからこそ、まだ魂が壊れきっていないのだと思います』
「なるほど……」
『では、どうしたら良いのじゃ?』
『早く黄泉送りするしかありません。恐らく……鬼の発生源となっている場所が……〝学校〟なのではないのでしょうか』
「学校が……?」
『僕の分析ではそうですね……上手く言えませんが……』
清さんの言葉に、俺はふと……森田の〝異常な承認欲求〟を思い出す。
だとしたら〝濁りの発生源は学校?〟と考えるのも……あながち間違いではないのかも知れない。
(俺の声……黄泉送り……何かできるのか?)
そもそも、鬼になりかけているものを、黄泉送りして大丈夫なのかどうか。
それさえも未知数だった。
せめて、鬼になりかけている心が正常に戻れば……あるいは。
『学校という閉鎖的な環境では、色々な気持ち、妬み、恨み、憎しみも生まれます。その塊が鬼になる……という可能性は、否定出来ません』
「確かにそうだな……。だが、それだけでもない気がするんだ」
『発生源としては学校で間違いはないと……僕は思います。何がキッカケで鬼になるのかは……分かりませんが』
「そうだな……。だがそうなると小林についていたのは……鬼ではないのか?」
『恐らく、鬼の近くにいたがゆえに起きた濁りの残留後かと』
――だとしたら、一体誰が鬼なんだ?
学校に鬼の仮面をつけたやつなんていなかった。
そもそも、付喪神が鬼になるなら鬼の面をつけている……というのはヒイラギからの情報だ。
人間が鬼になるなんて……聞いたことがない。
「ヒイラギ、人間が鬼になる可能性は?」
そう問いかけると――。
『人間は簡単に鬼になるだろう? ……心が揺れた、その一瞬が終わりの始まりだ』
「え?」
『人間ほど、鬼に堕ちやすい生き物はいない……誰しもが、鬼になる要素を持っている』
――思いがけない言葉が返ってきて思わず目を見開いた。
では鬼は……〝人間〟にいるということか?
だとしたら、一体誰が……。
あの時、俺に話しかけた声は誰だったのか――。
謎はそのまま……俺達は明日を迎えることになる――。
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