第25話 桔梗さんに執着する怨念――小次郎
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先程のことがあってか、思わず森田の顔を見てほっと安堵の息を吐いた……。
だが、その様子を体調が悪いと思われたようで――。
「顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
「ああ、あまり気にしないでくれ。この梅雨みたいな湿気のせいで身体がな」
「わかるわ~~。カラッと秋晴れしてほしいよなぁ」
「そうだな……。話は変わるが、小林は?」
「部活も休み。とっくに帰ってるよ」
「そうか……」
「ただ、不思議なことに、小林は家に帰ると学校の記憶がないらしいんだ」
思わぬ言葉を聞き、俺が顔を上げて森田を見ると、「変だよなぁ」と口にしつつ小林のことを語ってくれた。
それに、小林の家は、江戸時代や大正時代に大商家と言われた家だったらしく、今もお屋敷のような家に住んでいること。
その家の跡取り息子が、小林らしい。
「小林の家には、昔の絵師が描いたっていう花魁の絵も綺麗に飾ってあってさ」
「え!? 名前は?」
「なんだったかな……大……椿……」
「大椿太夫?」
「そうそうそれ! お前詳しいな! なんでも、本当なら輿入れするはずだったらしいんだけど、事情があったとかで輿入れできなかったらしいぜ。可哀想だよなぁ……」
「何で……輿入れできなかったんだろうな」
「さて、そこまでは俺も聞いてないな」
「そうか……」
「ま、当時に詳しい人なんていないし、小林からも聞いたことはないし。当時の謎、当時の悲しみ、当時の悲劇的ロマンなのかもな」
共に家に帰る時間。
森田はそう語って分かれ道で手を振って別れて帰った。
徐々にだが、一本の道が見えてきた気がする。
桔梗さんに聞いてみないと――。
俺は急ぎヒイラギと共に走って家に帰った。
祖父母にはあまり迷惑をかけたくなくて、普通どおりに過ごしていたけれど、肩を掴まれたところが痛い。
後で清さんに治してもらおう。
夕食も終わって風呂に入り、俺はようやく一息つける状態になると、部屋で上の服を脱いで、湿布を手に清さんに治療してもらう。
そこで初めて、今日濁りに襲われたことを語ったのだ。
すると……。
『襲われた!? 濁りにか!?』
『ではこの方の手形は……』
「ああ、その時に時代劇で見るような江戸前の男に掴まれてな。……桔梗さん。貴女のことを話していましたよ」
『……そうでありんすか。あの御方は、たぶんでありんすが……あちきと一緒に死にとうござったのでありんしょう?』
「……知っていたのか」
『ここまで来たら、もう隠し事なんぞできやしませんでありんす』
桔梗さんはそう言うと俺に向き合い、胸にそっと手をあてて呼吸を正すと、俺に襲いかかってきた男の話をし始めた。
男の名は、小林小次郎。
大椿太夫にあの簪を贈った本人であり、身請けをするあと一歩……。
というところで、その話が頓挫したのだと言う。
頓挫した理由は、小次郎の兄の死。
兄には既に嫁がいて……小次郎は本当に愛した大椿太夫を妻にする寸前で、兄嫁との結婚が強引に決まってしまったのだと言う。
小次郎は、大椿太夫に「共に死のう」と約束したらしい。
だが、小次郎はその事が家族にバレて死ぬことができず……。
大椿太夫は、小次郎を唆したとして酷く折檻され、苦痛の中一人自害したのだと言う。
最後は泣きながら、持っていた簪――桔梗さんで首を刺して死んだらしい。
何とか自由になった小次郎は、大椿太夫の元へ向かったが時既に遅く。
自分と婚姻できなかったことでの絶望から、自分の贈った簪で自害したのだと……心を病んだのだと言う。
それから数年後――小次郎も死去すると、物置で眠っていた桔梗さんの元に、怨念となって小次郎が現れるようになり……。
『あちきの依り代……この簪に、あちきという付喪神、そして怨念という形で……小次郎様が憑くようになったのでありんす』
「やはり、ひとつの簪に二つの……」
『そのようなことが可能なのですね……』
『だが、なぜ共に死にたいなどと言うんじゃ? 怨念は自分が死んだことを知っておらぬのか?』
『いいえ、承知しておりんす。ただ……大椿太夫と死ねなんだのなら、あちきと共に消えたい――そう思うておいでのようでありんす』
「だが、桔梗さんと大椿太夫は別物だろうに……」
それすらも判断がつかない程に追い詰められているのだろうか。
それに今日の様子からして、小林自体も危うい……そう感じたんだ。
(一体どこから手をつければいいんだ……? そもそも桔梗さんを連れていけば、間違いなく依り代である簪を壊されてしまう)
――あの小次郎さんの様子じゃ、何が起きてもおかしくはない。
なんとしても、暴走を止めなくてはならないが……。
自分を囮にするしか、多分方法はないんだろうな。
かといって、ヒイラギの結界を突き破ってくる相手だ。
並大抵の防御では難しい。神出鬼没すぎて対応が……。
『光一様? あちきの依り代には、小次郎様は手ぇ出しなんぞできやしませんのでありんすよ』
「え?」
『二人して同じ依り代を使うておりんす手前、あちき――この依り代を壊すことはできやしませんのでありんす』
「そう……なのか」
『あの御方の願いは、ただひとつでありんす。大椿太夫の持ち物に宿ったあちきと共に、死にとうござるだけ……』
『なんとも面倒臭い男じゃのう! 未練たらしいと言えばいいのかのう!』
小次郎さんのことにお琴が真っ直ぐな思いで切り込みを入れる。
確かに未練がましいゆえに怨念になったんだろうが、なんとも……。
(だから学校があんなにもジメッとしているのか?)
『ふふ……その未練が、あまりにも大きゅうござったゆえに怨念となり、この依り代に宿ったのでありんすから──未練は相当おありのようでありんすね。けれど、あちきは……嫌いになんぞなれやしませんのでありんす』
「桔梗さん……」
『女冥利に尽きる話でござんしょう?』
そう言って艶っぽく笑う桔梗さんに、全員が肩から力が抜けた。
コロコロと笑う桔梗さんだが、その目はなぜか柔らかい。
「じゃあ、様子を見て桔梗さんを連れて行くが……それでいいか?」
そう告げると、桔梗さんは頷いた。
近いうちに彼女を連れて俺は学校に行くことになるだろう。
(それまでに、できれば小次郎さんと話をしたいが……難しいかもしれない)
鬼になる前に。
鬼になってしまう前に。
小次郎さんと話ができれば……。
そう思った翌日から小林は学校に来なくなった。
学校に行くと体調不良を起こすからだと、安静にと言われたらしい。
学校には小次郎さんの怨念が漂っている……。
できれば早くなんとかしたい。そう思っていると――。
「え? 森田と一緒に小林の家に?」
「ああ、様子を見に行こうぜ。プリントも渡さないといけないしさ」
「でも俺は……」
「お前もクラスメイトだろ。俺ひとりが心配してるって言うより、きっと説得力があると思ってさ」
「森田……」
「それに、花魁の絵も見てみたいと思わないか? すげー大事に飾ってあって綺麗なんだぜ」
「それなら……お邪魔しようかな」
――その行動が後に、思わぬことを巻き起こすことになろうとは。
怨念はひとつではない。
もうひとつ……残っているのだと。
家の奥で、何かがゆらりと目を開けたことに……。
この時の俺はまだ気づいていなかった。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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