第22話 美しくも儚い簪の付喪神――桔梗
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――色の褪せた花魁道中の着物に、冷えた夜の灯りのような瞳。
人の「遊女」の姿をした付喪神。
思わず息を呑んだ。
怪異なのに、恐怖より先にその美しさが胸に刺さる。
『……お待ちしておりましたえ?』
シャラン……と簪が鳴った。
切なげに微笑むその花魁の付喪神は、静かに歩み寄ってくる。
「貴女は……?」
『……あちきは、桔梗と申しますえ。百年ばかり、人を待ち続けた簪の付喪神でありんす。どうか、捨てんでおくれ……』
視線の先には、飾りが今にも崩れ落ちそうな古い簪が落ちていた。
ハンカチに包んで持ち上げると、もう音は鳴らず、かすかな響きだけが残る。
桔梗さんは、ほっとしたように微笑んだ。
「かなり古い簪だな……大事に扱わないと」
『あちきは……かつてこの地におりんした花魁・大椿太夫の簪でありんした』
「大椿太夫……」
桔梗さんは言葉を続けかけ、ふっと窓の外に視線を落とした。
その横顔には、どこか深い哀しみが滲む。
『あの方は……まぁ、色々ありんしてなぁ』
そこから先は言葉を濁した。
これだけボロボロの簪なんだ。
清さんの時だって、言葉になるまで時間が掛かった。
桔梗さんも、まだ語れる状態じゃないんだろう。
「貴女が……この学校の生徒を襲ったのか?」
『いいえ……あちきには、そのような力はござりんせん』
「そうか……。だがこの旧校舎にきてからは鬼の気配がない……」
(学校にいる時は、あんなにもこびりついたようなべっとりとした視線がきていたのに……なぜなんだ)
不思議には思ったが、桔梗さんといる時のこの場の空気は澄んでいる。
つまり、桔梗さんが悪い付喪神ではないことは分かった。
『だが、貴様はここに昨日いたのだろ? 鬼が旧校舎で生徒を襲ったはずだ』
『……ええ。あちきには近寄ることすら、ようできんせんしたが……確かに、あれは鬼になりかけの〝濁り〟にござりんした』
「濁り?」
『ええ……それ以上は、今は……少し疲れ申したゆえ』
(謎は残るが……この場にいすぎたら先生に見つかってしまう)
ただでさえ昨日の今日。
先生達が見回りに来る可能性も高かった。
「桔梗さん、よければうちに来て話をしてくれないか?」
『あちきでお力添えできるのでしたら……よろしゅう存じんすが、迷惑にはなりんせんか?』
「うちには他に二人の付喪神がいるけれど、仲良くしてくれればそれでいいよ」
『わかりんした……あちき、歩くのが少々遅うござりんすが……ついて参りんす』
「ああ、よろしく頼む」
(このままここにいたら、先生の雷がいつ落ちてもおかしくないからな……)
ただでさえ昨日の旧校舎の怪我人のことで先生達はピリピリしている。
そこに俺が長々とこの場にいたら、見つかった時どんだけ怒鳴られるか……。
考えただけでもゾッとする。
いや、それ以上に鬼の視線の方がゾッとはしたが。
その後、桔梗さんを連れてゆっくりとした足取りで家路につくと、初めて見る遊女というか、花魁に清さんは顔を真っ赤に染め、お琴は呆然としていた。
その様子にヒイラギは頭を抱えていたが、無理もない……のかもしれない。
『ふふふ、不潔じゃ! 家に花魁を呼び入れるなど!』
「人聞きの悪いことを言うな。花魁の姿はしているが、彼女は簪の付喪神、桔梗さんだ」
『簪の付喪神というと……。持ち主はやはり花魁の方なんですね』
「ああ」
『驚いてしまってすみません。僕は光一さんの主治医を目指しています清と申します』
『きよさん……ええ名でありんすなぁ』
『私は口風琴の付喪神、お琴じゃ!』
『愛らしい付喪神でありんすなぁ……あちきは桔梗と申します。よろしゅうお頼み申しますえ』
「桔梗さんには色々聞かねばならないことも多いけど、まずは簪の修復からだな」
そう言うと胸ポケットから爺様を取り出し「ヒイラギ」と声を掛けると、簪を床に置いて時を戻す。
すると、桔梗さんの色褪せた着物が、徐々に美しさを取り戻していった。
それでも、長い時間放置された簪だ。
直るには時間が掛かるだろう。
『ああ……身体が蘇るというのは、こないな感じでありんすなぁ……』
『わかります。僕はもうもとに戻っているけれど、ここに来た時はボロボロでしたから……』
『二人とも爺様とヒイラギのおかげで綺麗に戻れるのは、なんとも誇らしいのう!』
お琴は爺様だった懐中時計を撫でて幸せそうにしている。
もし、あの懐中時計にまだ爺様の付喪神が宿っていたら……。
――助けることができなかった付喪神の爺様。
……どうしても胸にトゲのように残っている。
『それで、学校ではなんぞあったのか? いつもより随分と早い帰宅じゃが?』
お琴の言葉に、学校で起きた出来事を語った。
昨日の夜の学校での旧校舎の肝試しで大勢の怪我人が出たこと。
教室には鬼の気配があり、次々に体調不良を訴えて早退する学生が多かったこと。
それに伴い、学級閉鎖という形で俺は帰宅することになったことを語った。
『学級閉鎖……ということは、数日学校には行けませんね』
「ああ、桔梗さんの身体をもとに戻すのも大事だ。後は桔梗さんに昨日の出来事も聞いていきたい」
『あちきがお話できる範囲は……そう多うはありんせんけど……できるだけお話いたしんす』
「助かる。実は教室にいる時に鬼から話しかけられたんだ。一言くらいの言葉だったが」
その言葉に全員が目を見開くが、俺は確かに聞こえた言葉を忘れてはいない。
怖気立つようなあの脅迫めいた言葉……。
そして――今思い出せばわかる……。
あれは確かに、男の声だった。
それも恨みを持った……怨霊めいた声だった――。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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