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忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
付喪神ーお琴と清さんー

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第15話 曼珠沙華と蓮の花

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 コロコロコロコロ……。

 ……どこどこどこどこ?

 コロコロコロコロ……。

 ……ドコニイルノ?


 そんな声が夜の静けさの中から聞こえてくる。

 月が明るく照らす夜。

 風ひとつ吹かない庭には、鼻をつくような瘴気がただよう。

 思わず咳き込んでしまった。


 手毬はすでに庭の中に入り込んでいて……。

 コロコロと転がりながら、結界の切れ目を探している。

 チャンスは一度きり。

 俺は、肩にヒイラギを乗せて、手毬の方へ歩いていった。


「そこで探しても、宗司さんのところには戻れないぞ」


 ピタリと。

 手毬の動きが止まった。


「宗司さんは君も知っての通り死んだ。病気だったのは覚えているか?」


 ――返事はない。

 けれど、手毬はかすかに左右に揺れ、また動き出そうとする。


「正月の夜……宗司さんは外に出された君を這って助けに行った。その宗司さんに君はなんて言ったんだ? 死にゆく彼に謝罪をさせる許さずに」

『……お兄ちゃんは……病気』

「結核だったんだ。君に移したくなくて……無理やり突き放す事で守った。その守り方しか……もう宗司さんには、もう残されていなかったんだ」

『結核……うそよ……うそよ……うそだわ……』

「なら、なんで宗司さんは誰にも看取られず、雪の中に血だまりを作って死んだんだ?」

『イヤアアアアアアア!!』


 金切り声のような叫びが響き、森の鳥たちが一斉に騒ぎ出す。

 毬はぐるぐると回り出し――まるで苦しんでいるかのように見えた。


 ――思い出せ、お鈴。

 宗司さんは、もうこの世にはいない。

 ――思い出せ、お鈴。

 あの地獄のような日々の中、何が君の支えだったんだ!


「宗司さんは! 宗司さんはお鈴に厳しくすることでしか、もう生かす方法が無かったんだ! 歯を食いしばって、どんなにお鈴に罵倒されようとも我慢して……っ!

 それでしか守れない事を悔みながら死んだんだ!」

『お兄ちゃんはしんでない! しんでないもの! しんでナイモノォォォォオオ!』

『悪霊化する!! ダメだ主!』

『ワタシノ所為じゃ ナイわ! お兄ちゃンを殺したノハ! ワタシノ所為ジャナイノ! ミンナいうノヨ!?〝お前ガ 酷い事ヲ言ったからオ兄ちゃんハ死んだんダ〟ッテイウのヨ!!』

「それは」

『おニィぢゃぁァァあアアン!! 私ガ殺シタのも同然なノよォォォオ!!』

「お鈴! 必死に足掻いて兄ちゃんにごめんって謝ってこい!それも出来ない子じゃないだろう!? 謝ってくるんだ……お鈴。お兄ちゃんはきっと……待ってるっ!」

『ォォォオオオオオン!!』


 もう俺の声も届いていないのか、毬はどす黒く染まり、こちらへと突っ込んできた。

 ――言葉が通じないのか!?

 いや……混乱しているだけだ。


 ――落ち着け、お鈴。

 ――きっと宗司さんは……きっと待ってる!



 ――すっと目を細め、深呼吸をする。

 心の中に、一本の蝋燭(ろうそく)を思い描く。

 やがて何本もの蝋燭が灯り、やがて炎が激しく燃えあがり、すっと消えた。

 そのあとに現れたのは、真っ赤な彼岸花(ひがんばな)。


 最後に目の前に残った蝋燭の火に、フッと息を吹きかけて目を閉じると――ヒイラギの声が聞こえた。


『美しい曼珠沙華(まんじゅしゃげ)だ』


 あとは、願うだけ。

 想いを込めて――お鈴が〝悪霊〟でも〝怨霊〟でもなく。

 宗司さんに愛されていた、あの頃の優しいお鈴に戻れるように。

 宗司さんの元へ戻れるように。


 ――導いてくれ、千手観音様。

 俺の願いを、蓮の花に乗せて……。


 眩しい光が瞼の裏に差し込んできて、目を開けると……。

 赤い毬のまわりに、たくさんの彼岸花が咲いていた。

 花が一輪ずつ散っていくと、最後に残った赤い毬が、人の姿へと戻っていく。


 それは、白い着物を身にまとったお鈴だった。

 顔をそっと横に向けると、そこには――同じく白い着物を着た、宗(・)司(・)さ(・)ん(・)の(・)姿(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)。


『お鈴……お鈴、待ちくたびれたぞ』

『お兄ちゃん……?』

『さぁ、蓮の花に乗ってこちらにおいで……』


 涙を流し、両手を広げる宗司さん。

 けれど、ふたりの間には、分厚い炎の壁が立ちはだかっていた。


 この中を進むのは、とても危険だ。

 だけど、俺の前にある蓮の花はみずみずしく大きくて。

 お鈴ひとりなら乗れそうだった。


 お鈴は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と泣きながら、足をもつれさせながら蓮に乗ろうとする。

 俺が手を差し伸べて乗せると、花の上にふわりと浮かびあがった。


 ゴウゴウと燃える炎の中を、蓮の花は進んでいく。

 お兄ちゃんのいる、宗司さんの元へ。


 蓮の花は、まるで沢山の手のように伸びる炎からお鈴を守り、やがて宗司さんの前にたどり着いたとき……光の泡となって消えた。


 途端、お鈴は駆け出した。

 ずっと会いたかった、大好きな兄の元へ――。


『お兄ちゃん! お兄ちゃん……お兄ちゃんごめんなさい、あんなこと言って、あんなこと言ってごめんなさい……っ!!』

『怒ってない、怒ってないよ……っ!!』

『うわああああん!!お兄ちゃん……お兄ちゃん会いたかったよぉお!!』


 泣きじゃくるお鈴を抱きしめた宗司さんは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、くしゃりと笑って……俺の方を見つめた。


『……お鈴を……導いてくれて……心から感謝しますっ!本当に、本当にありがとうございました!』

「……もう、兄妹同士、離れ離れにならないようにな?」


 俺の言葉に、宗司さんは強くうなずき、光の中へと、お鈴を連れて歩いていった。


 ふぅ……と息を吐いた瞬間。

 目の前の光景がすうっと変わって、気づくと俺は家の庭に立っていた。


 足元が、ふっと崩れたような感覚。

 ――あれ?


 気づいたときには、俺はドサリと音をたてて地面に倒れ込んでいた。


『主‼』

『光一! 光一しっかりせぇ!』

『光一さん! 大丈夫ですか!?』

「力が……抜けただけだ……」


 そう言ったものの、目が回って、意識が遠のいていく……。


 遠くで、祖父母の声が聞こえた気がした。

 異変に気づいてくれたんだろうか?

 ……だとしたら、心配、かけちゃったかな……。


 次に目が覚めた時には――枕元でヒイラギがぐるぐると歩き回っていた……。

 ああ……心配かけちゃったな。

 そう思っても、指ひとつ動かない程の疲労に、思わず苦笑いが溢れた――。

楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)


面白いと感じたり、応援したい! と思われたら

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