第14話 哀れな少女――お鈴
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質素な葬式の風景――。
訪れる人もいない中、小さな子ども……。
お鈴が、宗司さんの顔に白い布をかけられたご遺体の前にぽつんと座っていた。
『お兄ちゃんがしんだ……』
突然、頭の中に流れ込んできた声。
きっと、お鈴の声だ。
淡々とした抑揚のない声は、悲しみとも、嘆きとも違って聞こえた。
そこへ、親戚の大人たちの声が耳に入ってくる。
――ああ、厄介者がひとりやっと減った。
――でも、まだ残ってるのよね。
――遊郭にでも売ろうかしら?
――それがいいわね。遊郭に売ればいくらかのお金になるわ。
まだ五歳のお鈴に、なんて酷いことを……!
俺は、歯をグッと食いしばり、手をぐっと強く握りしめた。
身内の葬式だというのに、どうしてこんな酷い言葉が出てくるんだ!!
……どうしようもない怒りがこみ上げる。
お鈴の方を見ると、肩が落ち、正座も崩れ、肩を震わせて静かに泣いていた。
『お兄ちゃんがしんだら……私……いばしょないよぅ……ひっく……』
居場所がない――それは本当のことだった。
親戚たちは、お鈴を遊郭に売るつもりだ。
そう遠くないうちに、彼女はどこかへ連れて行かれてしまうだろう。
……声を殺して泣く姿が胸に刺さる。
子どもが、こんなにも必死に泣き声をこらえている――。
この時代の残酷さに……やるせなさでいっぱいになる。
――お鈴にとって生きていた世界は、宗司さんがいたから守られていた。
だが、兄が病に伏してからは、日々が地獄に変わった。
お鈴の手には、青あざができていた。いつも殴られていたのだろう。
痣の広がった小さな手が、見るに堪えないほど痛々しい……。
……やがて場面は変わる。
お鈴はひとりで工事現場の近くに来て、赤い手毬で遊ぶようになっていた。
その時ばかりは、年相応の子どもらしい表情だった。
けれどこの日は毬を見つめながら、小さくつぶやいていた。
『もうすぐお兄ちゃんの四十九日……私がゆうかくに売られる日』
その言葉に、俺は思わず口元に手を当てた。
宗司さんが亡くなって、たった四十九日でお鈴は売られてしまう予定だった――。
きっと、清さんもそんなことは知らなかっただろう。
人の魂が現世にとどまるとされる期間、四十九日。
その日を過ぎれば、お鈴は……。
『……おいしいものがお腹いっぱいたべられて、きれいな着物をきれるところ。でも、すぐ……しんじゃうところ……』
顔は見えない……。
ただ、静かに……悲観するわけでも、悲しむわけでもなく……小さく呟いた。
それを理解した上でお鈴は何の抵抗もできずに、そこへ向かおうとしていたのか。
もしかしたら……お鈴が亡くなったのは売られるのが嫌だったからなのか?
いや、そうではないと信じたい。
だけど――どうしようもなく、胸が締め付けられるように苦しかった。
すると、お鈴は胸元から、ボロボロになった一枚の写真を取り出した。
それを見て『お兄ちゃん』とつぶやいていたところを見ると、そこには宗司さんが写っていたのだろう。
『……どうしたら、お兄ちゃんのところに行ける?』
風に溶け込むような問いかけに、俺はヒュッと息をのんだ。
『いきていても、いいことがないの。お兄ちゃんは私にはなれろって言ったけど、やっぱり私……お兄ちゃんと一緒がいい……。一緒がいいよぅ……お兄ちゃんっ!』
お鈴は、ぼろぼろと涙をこぼしながら地面にうずくまって泣き始めた。
……声は、あまりにも小さく、あまりにも悲痛だった。
――でも、言ってやりたい。
本当は宗司さんだって、一緒にいてあげたかったんだと。
……守ってやりたかったんだと。
だけど、それができなかった……。
病気の身体では、どうしても守り切れなかったんだ――と。
悔しくて、苦しくて……胸が潰れそうだった。
――お互いに、そばにいたかったはずなのに。
――想い合っていたのに。
すれ違って、手を伸ばせなかった現実は……まるで地獄のようだ。
『どうやったらお兄ちゃんのところにいけるの……? どうやったら……?』
――五歳の子どもが考えるには、あまりにも重すぎることだった。
そもそも、そんなことを考えなければならないこと自体がおかしい。
間違っているのは、お鈴じゃない。
周囲の大人たち――この環境こそが間違っているんだ。
……そしてまた、場面が変わる。
お鈴が、同じ工事現場で手毬遊びをしている。
そのとき、手毬が大きく飛んでいって、近くに立てかけられた建材に「トン」と当たった。
『あ……』
――それだけなら、まだよかったかもしれない。
けれどその日は、風が強かった。
少し浮いた建材が、隣の板にぶつかって――次々に倒れていく。
「お鈴!!」
重い建材が迫ってくる。
何枚もの板が、お鈴の小さな身体を次々に叩きつけていく。
『おにい……ちゃ……』
――待っていてね? 私、もうすぐそっちに行くわ。
◇◇◇◇
――ハッとして目が覚めた。
すっかり夜になっていて、下の階から祖母の「ご飯よ~」という声が聞こえてくる。
今の夢は……お鈴が生きていた頃の記憶だったのだろうか。
どうして、俺にそんな夢が見られたのかは分からない。
だけど、額の珠に手を当てると、じんわりと熱くなっているのがわかった。
「――今夜だ。今夜しかない」
お鈴は、もうすぐそこまで来ている。
清さんのことを宗司さんだと思い込んで――。
いや、宗司さんの遺品なのだから、間違いとも言えないかもしれない。
でも間違いなく、お鈴の気配が近くにあると感じた。
――夕飯を食べたら、すぐに動こう。
――祖父母に迷惑はかけられない。
『主』
「夕飯を食べたらすぐに動く。今夜……お鈴を救おう」
お琴が心配して覗いてくるが、俺は優しくお琴の頭を撫でた。
だが、そんな姿を見つめると、どうしても夢の中で見たお鈴を思い出す……。
救えるのは、もう今夜しかない。
どうか、千手観音様……俺を導いてほしい。
お鈴を、助けられるように……。
お鈴を、導けるように……。
第一章の盛り上がりに突入!
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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