第11話 呪いの赤い手毬②
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そして翌朝。
ヒイラギが玄関を確かめてくれたが、手毬はまだそこにあったという。
このままでは、玄関から外に出て神社へ行くのは危険すぎる。
即座に判断した俺は、カバンだけを手にして裏口からこっそり外に出た。
痛む腕を押さえながら、走って月城神社を目指す。
鳥居をくぐった瞬間、空からふたりの姿が降ってきた。
『光一! どうしたのだ!?』
『……痛々しい、強い呪いを掛けられておる』
「俺の不注意で呪いを受けてしまい、どうしていいか分からなくて相談に来たんです。……ヒイラギには、家を守ってもらっています」
そう告げると、とにかく階段を上がり二人の依り代である狛犬に寄りかかる。
俺の息は切れ切れで、何とか月城神社へ辿り着いた感じだ。
そして俺は、昨日起きたことや、今家にいる清さんのことを話した。
腕をまくって見せると、昨日より赤黒くなった小さな手形がいくつも浮かんでいた。
まるで必死にしがみつくかのように……。
助けを求めるかのように……。
すると宵様が神社の裏手に湧く清水を持ってきて、何度も俺の腕にかけてくれた。
赤黒かった手形は、だんだん普通の打ち身のような赤さへと変わっていく。
『清水じゃ、これで少しは楽になろう』
「申し訳ありません」
『だが、ここまで強い呪いを受けて動けているとは驚きだ。やはり血の濃さが関係しておるのだろう』
俺の祖父母は、昔からこの神社と深い関わりがあった。
実は祖母が、この月城神社を管理する家の娘だったのだ。
つまり、俺は神主家系の血を引いているということになる。
祖父母は若い頃、神社のお祭りで知り合い結婚したという縁があったし、神社で式も挙げたらしい。
今回その血の力が、俺の身を守ってくれているのだという。
小さい頃、祭りの日にだけ巫女服を着ていた祖母の背中を思い出した。
『呪いが完全に消えるまでは、神社で清めておいたほうが良い。だが……今、お琴と清をあの家から出すのは危険じゃのう』
『かと言って光一だけをここに残すわけにもいかん』
「だとしたら、毎日ここに通います。ヒイラギにはあの二人を守ってもらわないと……」
だが、すぐに暁様にたしなめられた。
俺が再び狙われる危険がある以上、簡単には動けない。
けれど――手毬をあのままにしておくわけにはいかない。
「怨霊になったら、もう元には戻れないんですか?」
俺の問いに、暁様と宵様は静かにうなずいた。
お鈴の怨霊は、もう元には戻れないのだと知らされて俺は思わずため息をついた。
(――あんな酷い死に方をしたんだ)
できることなら……救ってやりたい。
でも……それはもう叶わないことなのかもしれない。
――そう思うと、自然と肩が落ちた。
『だが、楽にしてやることはできる』
「楽に……ですか?」
少しでも希望があるのなら、と身を乗り出す俺に、暁様は重たい言葉を告げた。
『……地獄に堕とすということだ』
「地獄……」
『怨霊となった者は、天国には行けぬ。この世からあの世へ送り届けることはできても、それが行き着く先は地獄しかないのだ』
「生きていても地獄だったのに……さらに地獄に堕とすっていうんですか!?」
思わず叫ぶと、暁様と宵様は苦しげな顔をした。
「それしか救いがないなんて、酷すぎる……っ!」
――呟いて歯を食いしばり、助けられない絶望に両手で顔を覆った。
ふたりはそっと寄り添ってくれたけれど……。
堪らえようとしても……涙は止まらなかった。
「……他に方法は無いんですかっ!?」
絞り出すように問うと、神社の戸が「リィン……」と音を立てて開いた。
暁様と宵様がすぐに頭を下げる。
風もないのに木々が揺れ、圧迫とも違う……清らかな何かを感じた。
――そこに立っていたのは、柔らかく優しい光をまとった〝御方〟だった。
「……千手観音……様?」
俺が口にすると、その御方は穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
本来、神社で千手観音様を祀ることはほとんどない。
けれど、この地域では古くから信仰が残っていた。
『……話は聞かせてもらいましたよ。光一は、自分に呪いを掛けた相手にまで心を痛めている様子……私も手を貸しましょう』
『千手観音様、それらは我らの仕事です』
暁様が反論したが、観音様は静かに首を振り、俺の腕に手をかざした。
すると、そこにあった手形がゆっくりと、まるで洗い流されるように消えていった。
『苦しんでいる者を救うのが私の役目……。光一、貴方の優しさに応えましょう』
その声を聞いた途端、一筋の涙が溢れ、俺の心の奥にあった……たったひとつの願いが、自然とこぼれ出た。
「……どうすれば……お鈴を救えますか?」
観音様は優しく微笑んで、俺の額にそっと手を当てた。
――瞬間、温かい何かが体の中へ流れ込んできたような、不思議な感覚がした。
『私が貴方に授けたのは、“邪を清き道へと導く僅かな力”……使い方は貴方次第です』
『額に手を当ててご覧なさい』
言われるままに額に手を当てると、小さな玉のようなものに触れた感覚があった。
『それは普通の人間には見えぬ宝珠。貴方が優しい心を忘れない限り、消えない“良心”』
「俺の……良心?」
『呪い子を想うほど、貴方の心はとても清らかで優しい……助けてあげなさい。それでも、もし助けられなかった存在がいるのなら……私が導いて差し上げましょう』
「そんなっ! やり方も分からないのに!」
言い終えると、観音様の姿は「リィン……」という音とともに消えていった。
暁様と宵様は驚いたように俺を見ていた。
俺も気になって、ポケットから小さな鏡を取り出し、額を映してみる。
そこには、宝珠のまわりを飾るように、蓮の花のような模様が刻まれていた。
「……蓮の花?」
『本当に光一には驚かされるばかりだ』
『だが、その力を多く使いすぎれば……光一、お前の寿命を削ることになる』
「え!?」
――つまり、それは、諸刃の剣なのかもしれない。
使い方は身体が知っているのだろうか……?
でも、今の俺では分からない。
(俺の命と引き換えにしか届かない祈りも、きっとこの世にはあるんだろう)
けれど、もし俺の得た力で誰かを守れるのなら――俺は、使いたいと思った。
俺の腕に残っていた無数の小さな手形は、「助けて」と訴えていたのだと思う。
「暁様、宵様……心配ありがとうございます。でもそれでも俺は……地獄に行くために生きてきたような子供を救ってやりたい」
(せめて、兄の宗司さんのもとへ、送り届けてやりたい)
二人は呆れたように笑いながらも、どこか嬉しげに、俺のことを見つめていた。
『とんだお人好しよのう?』
『ああ、それゆえに……強いのかもしれん』
「強い……ですか?」
『想いの強さは時に祈りとなる。清き道となる。ゆえに……お琴も清も、お主に救われているのだろうな……』
――そうでありたいと願うことは、きっと悪いことではないだろう……。
そうであったなら、俺はどれだけ果報者か……。
二人に、いや、三人に大事にされているのかもよく分かる。
だからこそ、俺は諦めきれないんだ。
(お鈴を必ず助けてみせる……)
「俺は必ずお鈴を助けてみせます……。やり方はまだ分からないけど」
『困った時はいつでも来るといい』
「はい!」
こうして俺は二人にお礼を言って頭を下げ、一路家に戻ることにした。
きっとまだ玄関にはお鈴の手毬があるだろう。
まずはお鈴に大正時代でなく、今を見てもらえたらいいが……。
――その願いは、果たして届くのだろうか。
(今度は、俺の方から話をしに行く番だ)
空は既に、夕焼けが迫る時間になりかけていた……。
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