第10話 呪いの赤い手毬①
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――清さんがうちに来てから、どれくらいの時が過ぎただろうか。
今日は雲ひとつない晴れの日で、洗濯日和だ。
祖母が植えた植物の種も芽を出し始め、きっともうすぐきれいな花が咲くだろう。
明日からはいよいよ夏休み。
お琴と清さんとヒイラギで、どこかへ出かけるのもいいかもしれないな。
付喪神たちは今日も変わらず見える日々。
今日はお琴と清さんにお留守番をお願いした。
俺にだって、たまには一人になりたい日もあるんだ。
宿題のこととか、将来のこととか、付喪神抜きで考えたい日だってある。
そして、清さんを見つけたあの骨董店をふと訪ねてみた。
すると――風もないのに、赤い手毬が「コトリ」と机から落ちた。
「あ~~! また落ちたのか!」
「どうしたんです?」
店主が手毬を拾い上げながら、俺の方を見て手を振ってきた。
俺のことを覚えていたらしい。
「この手毬がな~? いつも机から落ちるんだよ。良かったら、前の眼鏡と同じ値段で売ってやろうか?」
そう言って手毬をぽんと俺に投げ渡してきた。
受け取った瞬間――胸の奥に、ぞっとするような冷たい感覚が走った。
なんだろう、理由はわからないけれど……とにかく嫌な感じがした。
「いや、今日は金無いしいいや」
「そうかい? じゃあタダでもいいんだが」
「……っ! そろそろ帰らないと、ごめんな」
俺は手毬を店主に返し、店をあとにした。
姿は見えなかったけど、付喪神が宿っているようにも思えなかった。
それでも――あの感覚だけは、忘れられなかった。
――冷たい風の中にいるみたいな。
――誰かに、沢山の目で全部を見られているような。
あれは、触っちゃいけないものだった。
そう思いながら急いで家に帰った。
だけど、そのとき――俺は知らなかった。
店主がまた机に戻した手毬は、誰にも見られず「コトリ」と落ち、コロコロと俺のあとをついてきていたことを……。
あの骨董店のことから数日が経ち、俺はすっかり手毬のことなんて忘れていた。
けれど、ある朝――学校へ行こうと玄関を出たときだった。
「手毬……? なんでこんな所に……」
あの時の嫌な感じを受けた赤い手毬が、玄関の前に落ちていた。
登校時間がせまっていたからあまり気にせず家を出たけど、帰ってきても手毬はまだそこにあった。
――祖父母は気にしなかったんだろうか?
気になって手を伸ばした瞬間――ぞくりとした。
――赤い血の跡。
手に触れた途端、腕に激しい波打つような痛みが走った。
氷水を流し込まれたみたいに、血の気が引いていく。
思わず手を引っこめ、痛む腕を押さえながら手毬を見つめる。
夕焼けの光でもはっきりわかる、赤黒い血の跡がついていた。
そして影から、ズズズ……と黒い影がのびて、やがて小さな女の子の姿になった。
その姿は……お琴に似ていた。でも、まるでちがう。
着物はボロボロで、顔には血がついていた。
目の焦点もどこに合っているのか分からない。
『お家……入れて……?』
両手を差し出してくる少女に、俺はあわてて家の中へ逃げこんだ。
少女は何かに弾かれるように、玄関の中へは入れなかった。
『入れて……入れて入れて入れて入れて入れて!!』
何度も叫ぶ声が響いたが、ドアを閉めると声も消えた。
けれど、耳の奥だけが、まだ「入れて」を繰り返している気がした。
「っつ……」
ズキズキと痛む腕を押さえながら部屋に戻ろうとした時。
ヒイラギが急いで飛んできた。
『主!』
「大丈夫だ……ヒイラギ」
『その腕……呪いを掛けられたな!』
「おいおい……嘘だろ?」
呪い……?
そんなものが本当にあるなんて、信じられなかった。
いや、違う。分かってる。
分かってるけど――それでも。
……でもこの痛みが証拠だと、腕が語っていた。
制服を脱いで腕をまくると、小さな手形がいくつも浮かび上がっていた。
まるで、誰かが「助けて」ってすがってきたみたいだった。
『何てことだ!』
『どうすれば治るのじゃ!? 光一どうなのじゃ!』
「俺も初めてだから分からないけど……ヒイラギが肩に乗ってくれてる間は、痛みがちょっと楽になる気がする」
でも、本当はかなり無理してた。額からは冷や汗が流れていた。
『暁様と宵様をお呼びせねば!』
急いで飛びかけたヒイラギをつかみ、俺は首を振った。
「今お前がいなくなると手毬が入ってくるかもしれない。そうなったら二人を誰が守るんだ」
『しかしっ!』
『手毬……?』
清さんが問いかけてきたので、俺は玄関に落ちていた手毬のことを話した。
赤く染まった手毬、そして……お琴くらいの姿をした少女のことを。
清さんは話を聞き、顔を両手で覆い、小さく――。
『……お鈴』
苦しげに、悲しげに呟いた……。
『爺様でも治せぬ呪いなのか⁉』
「お琴」
『爺様お願い、光一を守って!』
お琴が懐中時計を胸ポケットから取り出す。
けれど、それはそんな簡単に使えるものじゃなかった。
清さんを助けるために、すでに何度も力を使っていたのだ。
『お鈴の手毬は、僕が売られるとき、一緒に売りに出された物なんです』
「でも俺が見た時、手毬には付喪神はついていなかった」
『では、怨霊というモノだろう。己の死も受け入れられぬまま、依り代を足代わりにして彷徨う魂よ』
怨霊に依り代――つまり、さっきの赤い手毬が〝足〟ってことか……。
それは、おそらく宗司さんの妹……お鈴さんのことだ。
無念が強すぎて、死んだ後も成仏できず。
手毬に取り憑いてしまったのだろうとヒイラギは説明した。
「幸い、玄関で弾かれて家には入れないみたいだ。お琴と清さんは、しばらく外に出ないほうがいい」
『しかし!』
「俺なら平気さ。明日、暁様と宵様に相談してくる。だからヒイラギ、お前は二人を守ってくれ。頼むぞ」
その言葉に、二人は静かにうなずいた。
ヒイラギもまた、「お守りできず申し訳ない」と頭を下げた。
「気にするなよヒイラギ……俺も悪かった。それに、不測の事態は起こるものだ……できれば明日以降にしてほしいけど」
――そうヒイラギには伝えたけれど……。
俺を守れなかったことが、よほど辛かったのだろう。
その日、彼は大好物のナッツにさえ口をつけようとしなかった。
俺はヒイラギを含め、皆のためにも……。
次の日の早朝には暁様と宵様に報告に行かねばと決意を新たにしたが――。
「――っ!」
腕が傷んで……とても寝られる状態ではなかったのは事実で……。
俺の額に冷たいタオルを乗せて頭を冷やしてくれる清さんが、辛そうにしながらも「申し訳ありません……」と謝罪する声を聞いて、つかの間の眠りに就いた夜――。
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