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死者の国の郵便屋  作者: 朧


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第2話 13番線

駅に着いたとき、時計は午前一時を指していた。


 リオは改札の前で立ち尽くしていた。


 見慣れた駅だった。


 昼間なら、学校帰りの学生や仕事帰りの人間で溢れている。


 けれど今は誰もいない。


 駅員すらいなかった。


「……十三番線」


 リオは小さく呟いた。


 そんなホームは、この駅にはない。


 少なくとも昨日までは。


 駅の案内板を見上げる。


 一番線。


 二番線。


 三番線。


 そこから十二番線まで続いている。


 やはり十三番線はない。


「帰ったほうがいいんじゃないか?」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 昨夜の郵便配達人が立っていた。


 黒い制服。


 白い手袋。


 そして、あの仮面。


「……あなた」


「まだ間に合うぞ」


「何がですか?」


「帰る時間だ」


 リオは黙った。


 胸ポケットに手を入れる。


 母から届いた手紙がある。


 何度読み返しても、最後の一文だけが頭から離れない。


『あなたは、本当は人間ではありません』


「帰りません」


「そうか」


 男はそれ以上何も言わなかった。


 代わりに駅の奥へ歩き始める。


「ついてこい」


「どこへ?」


「十三番線だ」


 リオは男の後を追った。


 十二番線の端。


 そこには、壁しかなかった。


 古びたレンガの壁。


 どう見ても行き止まりだ。


「ここですか?」


「ああ」


 男は懐から一本の鍵を取り出した。


 普通の鍵ではない。


 黒い金属でできていて、持ち手の部分に小さな翼の模様が刻まれている。


 男が壁に鍵を差し込む。


 ――カチリ。


 壁の向こうから、何かが動く音がした。


 ゴゴゴゴゴ……。


 レンガの壁が左右に開いていく。


 その先にあったものを見て、リオは言葉を失った。


「……駅?」


 暗闇の中に、一本のホームが伸びていた。


 古びた看板。


 そこには白い文字で、


十三番線


と書かれている。


 リオは息を呑んだ。


「こんなの……」


「生者の世界には存在しない」


「じゃあ、ここは……」


「境界だ」


 男が答えた。


「生者と死者の間にある場所だ」


 遠くから汽笛が聞こえてきた。


 リオは線路の向こうを見た。


 霧の中から、列車が姿を現す。


 黒い。


 窓も扉も、すべてが黒い。


 煙突から吐き出される煙だけが、妙に白かった。


 列車がホームへ滑り込む。


 ――キィィィ……。


 扉が開いた。


 誰も降りてこない。


 男が言った。


「乗れ」


「あなたも?」


「俺は乗らない」


「じゃあ……」


「俺は死者の国には入れない」


「郵便配達人なのに?」


 男は少しだけ笑った。


「俺は生者だからな」


 リオは列車を見つめた。


 怖かった。


 足が動かない。


 それでも一歩踏み出す。


「母に会えるんですよね?」


「会えるかどうかは、お前次第だ」


「どういう意味です?」


 男は答えなかった。


 代わりに、リオの手に何かを握らせる。


 一枚の封筒だった。


「死者の国に着いたら、最初にこれを届けろ」


「誰に?」


「名前は書いてある」


 リオは封筒を見る。


 宛名には、


リオ・アーデン


と書かれていた。


「……俺?」


「そうだ」


「差出人は?」


 男は黙った。


 リオが裏返す。


 そこには母の名前があった。


 リオの心臓が跳ねた。


「母さん……?」


 男が言った。


「その手紙を開けるな」


「でも」


「死者の国で、自分宛ての手紙を開けてはいけない」


「なぜ?」


 男は仮面の奥からリオを見つめた。


「死者から届いた手紙は、読むためにあるんじゃない」


 汽笛が鳴った。


「届けるためにある」


 扉が閉まり始める。


 リオは慌てて列車へ飛び乗った。


「待って!」


 男が叫ぶ。


「リオ!」


 振り返る。


「死者の国で、自分の名前を呼ばれても――」


 扉が閉まった。


 最後の言葉は聞こえなかった。


 列車が動き始める。


 窓の外で、男の姿が遠ざかっていく。


 やがて駅そのものが霧の中へ消えた。


 リオは座席に腰を下ろした。


 車内には誰もいない。


 静かすぎる。


 車輪の音だけが響いている。


 ガタン。


 ゴトン。


 ガタン。


 ゴトン。


 しばらくして、車内放送が流れた。


『まもなく、死者の国へ到着いたします』


 リオは窓の外を見る。


 霧が晴れていく。


 その向こうに巨大な街が見えた。


 空は真っ黒だった。


 太陽がない。


 月もない。


 それなのに街全体が青白く照らされている。


 建物の窓には明かりが灯っていた。


 通りには大勢の人間が歩いている。


 老人。


 子供。


 兵士。


 商人。


 貴族。


 見た目は普通の人間と変わらない。


 ただ一つ。


 誰一人として笑っていなかった。


 列車が止まる。


 扉が開く。


 リオはホームへ降りた。


 その瞬間。


「……え?」


 誰かが自分を見ていることに気づいた。


 一人ではない。


 二人でもない。


 街にいる全員が、こちらを見ていた。


 そして。


 一人の少女が、人混みの中からゆっくり歩いてくる。


 白いドレス。


 長い黒髪。


 青白い肌。


 リオの目の前で立ち止まる。


「あなた……」


 少女は震える声で言った。


「どうして生きてるの?」


「……え?」


 少女はリオの顔を見つめた。


 そして、泣きそうな顔で呟いた。


「お母さんから聞いてた」


「母さんを知ってるの?」


「うん」


 少女は頷いた。


「だって私――」


 そこで少女は言葉を止めた。


 そしてリオの背後を見る。


 そこには誰もいない。


 なのに少女は怯えた。


「……まずい」


「何が?」


「あなたが来たことを、あいつらに知られる前に逃げて」


「あいつらって……」


 少女はリオの手を掴んだ。


「神様だよ」


 その瞬間。


 街の鐘が鳴った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 そして――


 十三回。


 街に響き渡った鐘の音が止まる。


 すべての死者が空を見上げた。


 真っ黒な空に、巨大な白い目が開いた。


 リオは息を呑んだ。


 少女が呟く。


「……見つかった」


 白い目が、まっすぐリオを見下ろしていた。


 そして空から、声が落ちてくる。


『――帰ってきたか』


 リオは凍りついた。


 その声を、知っていた。


 夢の中で何度も聞いたことがある。


 母が死んだ夜。


 幼い自分が泣いていたとき。


 どこからともなく聞こえてきた、あの声。


『我が子よ』


 リオは空を見上げた。


 そして初めて思い出した。


 母が死ぬ直前に、自分へ言った言葉を。


「……お前だけは、絶対に神を信じちゃだめ」


 その瞬間。


 死者の国の空が、真っ二つに割れた。

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