第一話 死者からの手紙
その日、少年は自分宛ての手紙を受け取った。
差出人の名前を見て、少年は三度、封筒をひっくり返した。
「……母さん?」
ありえない。
母は三年前に死んでいる。
墓もある。
葬式だってした。
だから、これは誰かの悪戯だ。
そう思った。
そう思いたかった。
けれど封筒に押された赤い蝋印を見た瞬間、少年の指から力が抜けた。
鳥の形をした紋章。
母が生前、何度も描いていたものだった。
「なんで……」
少年――リオは、震える手で封筒を開いた。
中には一枚の紙が入っていた。
たった三行。
『リオへ。
あなたがこの手紙を読んでいるなら、私はもう死んでいます。
お願い。死者の国へ来ないで。』
「…………」
リオはしばらく動かなかった。
最後の一文だけが理解できなかった。
死者の国。
そんなもの、存在するはずがない。
少なくとも、この国ではそう教えられている。
死んだ人間は神のもとへ行く。
それが、この世界の常識だった。
だからこそ。
手紙の最後に書かれていた一文が、恐ろしかった。
『もし私を探すなら、十三番線に乗って。』
この街に、十三番線など存在しない。
駅員に聞いても知らないと言われた。
地図にも載っていない。
そもそも、この国の鉄道は十二番線までしかない。
だからリオは、その日の夜になっても家から出なかった。
母の手紙を机の上に置いたまま、眠ろうとした。
何度目か分からない寝返りを打った、そのときだった。
――カン。
窓の外から、金属音がした。
リオは目を開けた。
もう一度。
――カン。
窓を叩く音。
恐る恐るカーテンを開ける。
そこには誰もいなかった。
ただ、家の前の道路に一台の古びた郵便車が停まっていた。
街灯に照らされた車体には、見覚えのない文字が書かれている。
リオは窓を開けた。
「……誰?」
返事はない。
代わりに、郵便車の運転席から男が降りてきた。
黒い制服。
白い手袋。
顔には古びた仮面をつけている。
男は家の前まで歩いてくると、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「リオ・アーデン」
「……はい」
「死者宛て郵便、第一便だ」
「え?」
男は紙を差し出した。
そこにはこう書かれていた。
【死者の国行き 乗車券】
リオは息を呑んだ。
「待ってください。死者の国って……」
「知っているんだろう?」
「母から手紙が来たんです」
「そうか」
男は少しだけ黙った。
そして、仮面の奥から低い声で言った。
「なら急げ」
「……何を?」
「お前の母親が死んでから三年」
男は時計を見た。
「死者の国では、今日で三百年だ」
意味が分からなかった。
リオはただ立ち尽くした。
「三百……年?」
「ああ」
「そんな……」
「だから急げ」
男は背を向けた。
「次の列車が来る」
「どこに?」
男は振り返らなかった。
「十三番線だ」
その瞬間。
街のどこにも存在しないはずの場所から、
汽笛が鳴った。
――――――――――
翌朝。
リオの家は空き家になっていた。
机の上には、母からの手紙だけが残されていた。
そしてその手紙には、昨夜までは存在しなかった文字が一行増えていた。
『ごめんなさい、リオ。』
『あなたのお父さんを殺したのは、私です。』
その下には、もう一行。
『そして――』
そこで文章は途切れていた。
だが紙の裏側に、血のような赤い文字が浮かび上がる。
『あなたは、本当は人間ではありません。』




