第3判定:歪なプリズムと、不確実な変数
放課後の中庭。
そこは、適性局が推奨する「交流推奨ペア」たちが、穏やかに談笑する場所だ。
対称性に整えられた並木道、等間隔に配置されたベンチ。すべてが計算され、秩序に満ちている。
◇
(……なぜ、私はここに来ているのか)
講義が終わってから、私は自分の行動を何度もシミュレートした。
無視して帰宅するのが最適解。
彼との接触を継続するのは、リスク管理の観点から見て明白な「誤り」だ。
なのに、足は止まらなかった。
「予測できないものを見せる」という彼の言葉が、論理の壁に空いた小さな風穴のように、私の好奇心を刺激し続けていたから。
「──こっちこっち!」
中庭の隅。大きな時計塔の影に、彼はいた。
芝生に直接座り込むという、品位を欠く
──しかし彼らしいスタイルで。
「……5分遅刻です。移動効率を考えれば、もっと早く着くはずでしたが」
「あはは、それくらいは許してよ。来るかどうか分かんなかったしさ」
ユウは立ち上がり、制服のズボンを無造作に払った。
私は彼から一定の距離──心理的境界線──を保ち、本題を切り出す。
「それで。私に見せるという『予測できないもの』とは何ですか。」
「俺が見せたかったのはさ、これ」
ユウがポケットから取り出したのは、古びた、小さな、不格好な「石」だった。
いや、よく見るとそれは、ガラスの破片が熱で溶け合い、歪な形に固まったようなものだ。
「……ただの廃棄物ですね。価値はありません」
「そう言うと思った。でもさ、これ、光にかざすとさ」
彼がそれを、時計塔の隙間から漏れる夕日にかざした。
その瞬間。
「……!」
歪なガラスを透過した光が、複雑に屈折し、私の足元の芝生に「虹」を描いた。
それは、この完璧に管理された中庭のどこにも存在しない、不規則で、鮮やかで、計算不能な色彩の散らばり。
「綺麗だろ? ゴミ捨て場で見つけたんだ。今のシステムじゃ、形が歪んでるから『不良品』。でも、この光り方は、完璧なレンズには出せない」
「それは……」
言葉を返そうとする。
分類する。説明する。分解する。
だが、適切な言語化が、遅れる。
思考が、追いつかない。
「イオリ」
彼は私の言葉を遮り、一歩、距離を詰めた。
夕日のオレンジが、彼の瞳を熱っぽく染めている。
「君も、これと同じなんじゃないかな」
「……どういう意味ですか」
「INTJだからこうしなきゃいけない、正しい答えはこれだ。そうやって自分を削って、完璧な形になろうとしてる。でも、それじゃ見えない光があるんだよ」
心臓の奥が、ちくりと痛んだ。
彼の言葉は論理的ではない。統計的な裏付けもない。
なのに、私のデータベースのどこを探しても、この痛みに対する適切な反論が見つからない。
「……非合理です」
ようやく言葉を出す。
「私は正しい選択をしているはずです。感情に依存する判断は、誤りです」
「そっか」
あっさりと受け止める。
「でも俺は、それでもいいかな」
「俺なんか、ESFPだから『計画性がない』って言われっぱなしだけど、こうして君を驚かせる計画だけは成功したよ?」
彼はしてやったり、という顔で笑う。
その笑顔があまりにも眩しくて、私は思わず視線を逸らした。
「……驚いてなど、いません」
「嘘だ。心拍数、上がってるでしょ? 耳が少し赤いよ」
「っ……!」
指摘され、さらに熱が上がる。
私は逃げるように踵を返した。
「この貸しは、いつか返します。……それと、その石。後で成分分析の結果を送りましょう。それがどれほど無価値なものか、証明するために」
「あはは! 楽しみにしてるよ、分析家さん!」
背後で聞こえる彼の笑い声。
◇
私は、夕暮れの中庭を後にしながら、自分に言い聞かせる。
これは、ノイズだ。
平穏な日常を乱す、有害なイレギュラー。
排除しなければならない──。
けれど、私のポケットの中。
彼から返された古い図書カードに触れる指先は、まだ、かすかに熱を持っていた。
システムが弾き出した「危険相性」という判定が。
今、この瞬間だけは、ひどく遠い世界の出来事のように感じられた。




