第26判定:気づいた敵意と、距離
ユウの視点です。
戻ってきた日から、数日経って気づいたことがある。
イオリのことじゃない。
イオリの前の席の、あいつのことだ。
◇
名前は知らない。
バッジの色は、濃紺に近い青。
INTP。
システムが、イオリと「推奨相性」と判定している類型だ。
◇
廊下でイオリの背中を遠くから見ていた時、そいつの視線に気づいた。
イオリを見ていた。
俺が見ていたのとは、全然違う目で。
システムに承認された目で。
「正しい関心」として、イオリを見ていた。
◇
何日か、観察した。
そいつは、定期的にイオリを見る。
そして、俺を見る。
その目に、敵意があった。
敵意というか。
排除したい、という意志。
システム的に正しい自分が、システム的に正しくない俺を、排除したい。
そういう目だった。
まずいな、と思った。
こういうタイプは、動く。
表向きは冷静で淡々として見えるが、
システムを使って、合理的に動く。
それが一番、厄介だ。
しかも、あいつには「正しさ」がある。
システムが承認した「正しさ」が。
だから、距離を置いた。
イオリと目が合いそうになるたびに、先に視線を外した。
廊下でイオリの気配を感じたら、経路を変えた。
イオリには、理由を言わなかった。
伝えられる機会もほとんど無かったし、言ったら調べ始める。
本当は、踊り場にも近づかない方が良かった。
分かってた。
でも、行ってしまっていた。
あの場所には、イオリの匂いがある。
木苺の酸っぱさとか、コンクリートの冷たさとか。
二人でいた時間の、全部が残ってる。
管理官の目がない、数分間だけ。
そこにいると、少しだけ、息ができた。
自分の心を保つために、行っていた。
◇
でも、思っていた以上にイオリは行動的で。
管理官の交代時間を、計算して。
三分間の空白を、見つけ出して。
俺がいる踊り場まで、来た。
「なぜ避けているんですか」
その目が、まっすぐだった。
俺の内側を、見ようとしていた。
あの、判定室で最初に見た時と、同じ目だった。
「今は、離れてて」
理由は、言えなかった。
「ごめん」
それだけ、言って、歩き出した。
振り返らなかった。
振り返ったら、また全部、やり直しになる気がしたから。
◇
案の定だった。
翌日、管理官が二人になった。
あの三分間を、見られていたんだろう。
誰に、なんて考えるまでもない。
システム的に正しい人間が、システム的に正しいことをした。
ただ、それだけだ。
◇
廊下でイオリの背中を見かけた。
いつも通り、真っ直ぐ歩いている。
完璧な速度で。完璧な角度で。
「正しいイオリ」を、完璧に演じながら。
でも俺には、分かる。
その内側で、何かが燃えている。
諦めていない。
絶対に、諦めていない。
それが、嬉しくて。
それが、怖い。
◇
夜、天井を見上げながら思う。
あいつには、システムの「正しさ」がある。
推奨相性。
適合判定。
承認された感情。
俺には、何もない。
危険相性。
接触制限。
排除すべき変数。
それでも、俺は、ここにいたい。
理由なんて、一つしかない。
「……また、話したい」
誰にも聞こえない声で、言った。
ちゃんと、話したい。
距離とか、ログとか、管理官とか、そういうの全部なくて。
ただ、イオリと…。
同じ学区の、同じ夜の中にいる。
それだけで、少しだけ、ましだった。




