第27判定:正しい計算と、処理できない余り
朝倉の視点です。
綾瀬に言われた言葉を、俺は三日間検証した。
「正しいことが、誰かを救うとは限らない」
命題として、これは正しい。
統計的に見ても、最適解が個体の最善とならないケースは存在する。
システムが許容する誤差の範囲内で、そういう事象は起きる。
だから、俺の行動は正しかった。
論理的に、正しかった。
なのに、なぜ三日間も検証しているのか。
その問い自体に、答えを出せていない。
INTPとして俺は、答えの出ない問いを持つことを厭わない。むしろ好む。
だから「検証をやめられない」こと自体は、異常ではない。そう処理した。
ただ、今回だけは、その処理がどこかずれている気がする。
普段、俺が問いを持つのは「知りたいから」だ。答えを出したいから、考える。
今は違う。答えを出したくないから、考え続けているのかもしれない。
その可能性に気づいた時、俺は少しだけ、端末を閉じる手が止まった。
◇
綾瀬のことを、最初に意識したのがいつだったか、正確には分からない。
記録していなかった。
ただ、あの頃の綾瀬は、一つの完成されたモデルだった。
INTJとして最適化された判断、感情を排した動作、無駄のない思考の連鎖。
推奨相性という判定が出た時も、違和感はなかった。
価値観の方向性が近い。それだけの話だ、と思っていた。
変化に気づいたのは、白石ユウが来てからだ。
最初は歩幅のわずかな乱れだった。
次に、端末を見る時間が減った。そして、目が変わった。
以前の綾瀬の目は、常に何かを処理していた。
今は違う。何かを、見ている目になった。
処理ではなく、見ること。その差がどこから来るのか、俺にはうまく言語化できなかった。
言語化しようとすると、思考がある一点を避けて迂回し始める。
その迂回先に、何があるのか。
俺は、あまり深く考えないことにした。
報告したのは、正しい判断だった。
危険相性対象との接触継続。
システムが定めた禁止事項への違反。
報告は義務であり、正当な行為だ。
そして綾瀬を、これ以上のリスクから遠ざける行為でもある。
「綾瀬を守る」という言葉を、俺は一度だけ頭の中で使った。
その言葉を今、もう一度取り出してみると、少しだけ形が違って見える。
守る、とは何を守ることだったのか。
適性スコアか。将来の安定か。それとも、別の何かか。
そこで、思考が止まる。止まるべきではない地点で、止まる。
◇
空き教室で綾瀬に言われた言葉の中で、一つだけ処理できていないものがある。
「スコアが毎日低下して、感情を削られながら、それでも笑おうとしている」
白石ユウのことだ。
俺はその事実を知っていた。知った上で「システムの是正として適切な結果」と処理した。
論理的には、そうだ。誤りではない。
なのに「笑おうとしている」という部分だけが、どのフォルダにも入らず、宙に浮いている。
誰のために笑おうとするのか。なぜ、削られながらも笑おうとするのか。
俺には、そういう経験がない。
笑うのは、場の潤滑が必要な時だ。それ以外に、笑う理由を持ったことがない。
一つだけ、認めなければならないことがある。
綾瀬があいつと関わり始めてから変わっていく様子を見て、俺の中に生まれたものの正体を、俺はまだ正確に特定できていない。
不快、と言えば近い。
でも不快の原因を分解すると、論理が通らない部分が出てくる。
あいつへの警戒は説明できる。システム違反への反応も説明できる。
だが、綾瀬が変わったことへの不快は、何を根拠にしているのか。
変化そのものへの拒絶か。
それとも、変化の原因があいつであることへの、何かか。
その何かに、名前をつけることを、俺の思考は頑なに拒んでいる。
◇
結局、夜になっても、答えは出なかった。
俺は綾瀬の言葉を、もう一度だけ取り出した。
「正しいことが、誰かを救うとは限らない」
正しい。論理的に、正しい命題だ。
だから俺の行動は、正しかった。
そこまで辿り着いて、俺は気づく。
俺はずっと、同じ地点をぐるぐると回っている。
正しかった、と結論づけるたびに、また別の問いが生まれて、また同じ結論に戻ってくる。
これは、検証ではない。
では、何なのか。
その問いだけが、窓の外の街灯よりも長く、暗い部屋の中に残った。




