第24判定:正しい選択と、選んだ者の重さ
朝倉に声をかけたのは、放課後の空き教室だった。
人気がない。
監視カメラの死角ではないが、この時間帯に立ち寄る生徒はほとんどいない。
「……綾瀬」
朝倉は私を見て、わずかに目を細めた。
警戒ではない。
値踏みだ。
「少し、話せますか」
「用件は」
「分かっているはずです」
朝倉は端末を閉じ、私をまっすぐ見た。
「白石ユウへの管理官増員。その報告者は、あなたですか」
即座に問いかけた。
朝倉は答えない。
けれど、視線を外さない。
「……証拠は」
「三日間の観察記録があります。管理棟への接触、内部連絡フォームへのアクセスタイミング、増員決定の時刻との照合。状況証拠として十分です」
「状況証拠は、証拠ではない」
「そうですね。だから今、直接聞いています」
また、沈黙。
空き教室の空調が、一定の音を吐き出し続けている。
やがて、朝倉は静かに言った。
「……そうだ。俺が報告した」
認めた。
私は、その言葉を受け取りながら、自分の演算回路が奇妙に静かなことに気づいた。
怒りを予測していた。
けれど、今の私にあるのは、怒りよりも重い何かだった。
「理由を、聞いていいですか」
「規律違反だったからだ」
即答だった。
「危険相性対象との接触継続。システムが定めた禁止事項に違反していた。報告は、正当な行為だ」
「それだけですか」
朝倉の目が、わずかに揺れた。
「それだけだ」
嘘だ、と私は思った。
けれど、それを追及することが、今の私には必要だと思えなかった。
「一つだけ、伝えさせてください」
私は、端末を閉じて朝倉を見た。
「あなたの行動は、システム上、正しい。規律に従い、報告した。それは、この学園において、模範的な行動です」
朝倉は何も言わない。
「けれど、その結果、一人の人間が追い詰められています。スコアが毎日低下して、感情を削られながら、それでも笑おうとしている」
「……それは、白石が選んだことだ」
「そうです」
私は頷いた。
「ユウが選んだことです。そして、私が選んだことでもある。……あなたが選んだことでもある」
朝倉の目が、今度ははっきりと揺れた。
「システムに従うことも、選択です。その選択が誰かを傷つけた時、システムは責任を取らない。……取るのは、選んだ人間だけです」
沈黙。
長い沈黙だった。
「……俺は、正しいことをした」
やがて、朝倉が言った。
その声は、最初より、少しだけ小さかった。
「そうかもしれません」
私は答えた。
「でも、正しいことが、誰かを救うとは限らない。……それを、私はユウに教わりました」
朝倉は、何も言わなかった。
私は空き教室を出た。
廊下に出ると、夕暮れの光が窓から差し込んでいた。
怒りは、無いわけではない。
けれど、それよりも大きな何かが、胸の奥に育っていた。
朝倉を責めることは、できない。
彼はシステムに従った。
ただ、それだけだ。
責めるべきは、感情を「誤差」と呼び、人間を「最適化」しようとする、この巨大な仕組みそのものだ。
「……変えなければ、なりません」
誰もいない廊下で、私は呟いた。
何を。
どうやって。
答えは、まだ出ない。
けれど、その問いを持ったまま歩くことを、私はもう、やめられなかった。
◇
その夜、地下ピットで芽を確認した。
葉は、九枚になっていた。
花芽が、一つ、ついていた。
小さな、硬い、緑色の突起。
その小さな予兆は、私が問いを持つことの肯定のように思えた。




