第22判定:調査と、崩れる仮説
一ヶ月。
その数字が、頭の中で点滅し続けている。
私は端末を開き、今日の解析を始めた。
対象は、一つの仮説だ。
【仮説:白石ユウは自ら接触を申告し、管理官の増員を招いた】
この仮説が正しいかどうか。
それを確かめなければ、次に動けない。
まず、申告記録にアクセスを試みた。
当然、一般生徒には開示されていない。
次に、管理官の増員が決定されたタイミングを、間接的に推測する方法を探した。
学園の内部通達は、原則として非公開だ。
けれど、通達が発行されると、関連部署のスケジュールに微細な変化が生じる。
私は、管理棟の備品発注記録と、警備スケジュールの空白を照合し始めた。
これは、授業の課題として閲覧が許可されているデータだ。
違反ではない。
ただ、私がこれを開いた目的だけが、システムの推奨から外れている。
◇
二時間後。
一つの事実が浮かんだ。
管理官の増員決定は、十五日目の午後二時十七分に発行されている。
私がユウに声をかけたのは、午後四時十一分だ。
順序が、逆だ。
【仮説崩壊:白石ユウが申告する前に、増員は決定されていた】
私は端末を閉じ、椅子に深く背を預けた。
ユウは、申告していない。
では、誰が。
午後二時十七分。
私はその時間帯に何をしていたかを、ログで確認した。
講義室にいた。
ユウも、同じ時間帯に別の講義を受けていたはずだ。
接触はしていない。
それでも、誰かが管理棟に情報を届けた。
【新仮説:第三者による報告】
私の演算回路が、静かに動き始める。
第三者。
私とユウの接触を知っていて、それを報告する動機を持つ人間。
候補は、複数いる。
監視カメラの映像を確認できる立場の人間。
あるいは、直接目撃した人間。
私は記憶を遡った。
旧校舎への階段の踊り場。
あの場所に、私とユウ以外に誰かがいた可能性はあるか。
カメラの死角。清掃ロボットの不在。管理官の交代時間。
全ての条件を満たしていた。
けれど、「人間」の目は、計算に入れていなかった。
私は、自分の見落としの大きさを、静かに認識した。
◇
翌朝の教室。
私は自席に座りながら、周囲を観察した。
前の席の生徒。
名前は、朝倉。
これまで意識したことがなかった。
ユウと出会う前の私なら、「前の席の生徒」以上の情報を持つ必要がなかったから。
けれど今、私はその背中に、一つの仮説を貼り付けていた。
【仮説:朝倉が、接触を報告した可能性がある】
根拠は、まだ薄い。
ただ、彼はかつて、私の行動ログをいち早く把握していた。
目撃情報を持ち、報告する動機を持ちうる立場にいる。
「……データが、足りません」
私は端末に視線を戻した。
今は、まだ。
◇
放課後、私は佐伯先輩を探した。
「先輩。一つだけ確認させてください」
「……何かしら」
「管理官の増員決定は、十五日目の午後二時十七分です。ユウが何かを申告できる時間帯ではありません」
先輩は、何も言わない。
「つまり、第三者による報告です」
沈黙。
先輩の瞳が、わずかに動いた。
「……よく調べたのね、綾瀬イオリ」
「報告者の特定はできますか」
先輩は少しだけ間を置いた。
「……内部ログには、報告者の記録がある。でも、それを私が開示することは」
「できない、ということですか」
「……今は、ね」
今は。
その二文字が、廊下の空気に残った。
「一つだけ教えてください。私の仮説は、正しい方向を向いていますか」
先輩は、何も言わずに、わずかに目を細めて、踵を返した。
それが、先輩なりの返答だと、私は思った。
◇
その夜、地下ピットで芽を確認した。
葉は、七枚になっていた。
私はしばらく、その小さな緑を見つめた。
ユウは申告していなかった。
「ごめん」は、自分を責めていたのではなく。
私を、避けることへの謝罪だったのかもしれない。
「……知っていたんですか」
私は芽に向かって呟いた。
誰かが密告したことを。
だから、私から距離を置いた。
これ以上、私に火の粉が飛ばないように。
「……ユウらしいです」
声が、暗闇に溶けた。
それでも、胸の奥が、静かに熱くなっていた。
ユウの「ごめん」の意味が、今夜初めて、正しく解析できた気がした。




