第21判定:追跡と、開かない変数
ユウに「ごめん」と言われてからも私は解析を続けていた。
対象は、ユウの行動ではない。
ユウを監視している、管理官の行動だ。
◇
戻ってから今日までの記録を照合すると、一つの変化が見えた。
ユウに付く管理官の人数が、当初の一人から、十六日目以降、二人に増えている。
理由は、開示されていない。
けれど、タイミングは明確だ。
十五日目。
私がユウに声をかけた、翌日だ。
【推論:旧校舎の踊り場での接触が、何らかの形で記録された】
私の指が、端末の上で止まった。
あの三分間は、完璧なはずだった。
管理官の交代時間。カメラの死角。バイタルログの送信ラグ。
全ての変数を計算した上で、動いた。
それでも、見られていた。
あるいは。
◇
「……ユウ自身が、報告した」
声にしてから、私は自分の仮説の重さに気づいた。
それは、あり得る。
管理官が二人に増えた直接の原因として、最も合理的な説明だ。
ユウが自ら、接触があったことを申告した。
だから管理官が増え、だからユウは私を避けている。
私を守るために。
自分を危険にさらして、相手を守ろうとする行動。
データベースのどこを探しても、効率的な選択肢として出てこない。
けれど、ユウならやりかねない。
あの「ごめん」の重さが、今になって別の意味を帯び始めた。
◇
翌朝。
廊下でユウの姿を見かけた。
今日は管理官が二人、左右についている。
ユウは前を向いたまま歩いている。
私の存在に気づいているはずだ。
それでも、視線を向けない。
私は、その横顔を見つめた。
以前より、さらに頬の線が鋭くなっている。
ESFPという人格が、この環境でどれだけ削られているか。
私には、計算できない。
したくない、という方が、正確かもしれない。
◇
放課後、私は佐伯先輩を探した。
「佐伯先輩……」
廊下で見つけた先輩に、声をかけた。
先輩は足を止め、私を見た。
「何かしら」
「ユウに付く管理官が、十六日目から二人に増えました。理由の開示はありませんが、タイミングから推測できることがあります」
先輩は何も言わない。
「……ユウ自身が、何かを申告したのではないかと」
先輩の瞳が、わずかに動いた。
「……あなたはそう思うのね」
「肯定ですか」
「物事には、あなたが思っていない方向から動く場合もあるわ」
それだけ言って、先輩は歩き出した。
「待ってください」
「……何?」
「ユウは、今どういう状態ですか」
先輩は足を止めた。
振り返らないまま、静かに言った。
「内部ログによれば、白石ユウの適性スコアは、戻ってから毎日、微量ずつ低下しているわ」
「……それは」
「原因は、孤立環境への継続的な暴露よ。ESFPにとって、外的刺激の遮断は、じわじわと機能を削ぐ。……時間をかけて」
先輩の声は、抑揚がなかった。
けれど、その言葉の重さは、廊下の空気を変えた。
「是正措置の再検討は」
「今のところ、ない。……でも」
先輩は一瞬だけ間を置いた。
「スコアの低下が一定値を超えれば、自動的に再審査が始まる。それが、このシステムの仕組みよ」
「……どのくらいの時間ですか」
「早ければ、一ヶ月」
先輩はそれだけ言って、廊下を歩き去った。
規則正しい足音。
ゴールドバッジが、廊下の光を受けて輝いている。
◇
一人残された廊下で、私は計算を始めた。
一ヶ月。
卒業まで、あと三ヶ月と十二日。
スコアの低下速度と、再審査の閾値。
変数が多すぎて、正確な答えは出ない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
時間が、足りなくなってきている。
◇
その夜、地下ピットで芽を確認した。
葉は、六枚になっていた。
私はしばらく、その小さな緑を見つめた。
咲かせるなら、咲かせ切りなさい。
佐伯先輩の言葉が、暗闇の中で静かに響く。
「……急ぎます」
私は呟いた。
何を急ぐのか、まだ正確には分からない。
けれど、この芽が咲く前に、しなければならないことがある。




