第20判定:回避と、算出できない理由
ユウが戻ってから、十二日が経過した。
異変に感じ始めたのは、九日目だった。
廊下で視線が合うたびに、ユウが先に目を逸らすようになった。
最初は、監視の目を意識しているのだと思った。
合理的な判断だ。接触ログを減らすために、視線すら避ける。
私はそう処理して、端末に向かった。
◇
十日目。
旧校舎への階段の踊り場付近で、ユウの背中を見かけた。
管理官が、二歩後ろについている。
声をかけることはできなかった。
ただ、ユウは私の存在に気づいていたはずだ。
それでも、振り返らなかった。
私は、その場で立ち尽くした。
【心拍数:108】
答えの出ない数値を見つめたまま、歩き出した。
◇
十一日目。
いつもユウが通る時間帯に、廊下を歩いた。
来なかった。
経路を変えたのか、時間をずらしたのか。
どちらにせよ、管理官の動線に合わせた結果だろう。
私はそう処理した。
処理した、はずだった。
夜、地下ピットへ向かう途中、私は自分の足が廊下の真ん中で止まっていることに気づいた。
懐中電灯を握ったまま、動けない。
「……なぜ」
声が、暗い廊下に溶けた。
答えは、出なかった。
◇
十二日目の朝、私は解析を始めた。
対象は、ユウではなく、管理官だ。
過去四日間の巡回記録、移動速度、担当者の交代時刻。
端末の公開データと、自分の観察ログを照合する。
一時間後、一つの空白が浮かび上がった。
午後四時十一分から四時十四分。
管理官の担当交代が行われる三分間。
その間だけ、ユウの背後に人間がいなくなる。
場所は、旧校舎への階段の踊り場。
「……三分、あれば十分です」
私は端末を閉じ、立ち上がった。
◇
午後四時十分。
私は旧校舎への階段の踊り場に向かった。
ユウはいた。
壁にもたれて、端末を見ていた。
管理官は、まだいる。
私は階段の陰に立ち、時計を確認した。
四時十一分。
管理官が踵を返し、廊下の角へ消えた。
私は歩き出した。
足音を、できる限り殺して。
「ユウ」
ユウが顔を上げた。
一瞬だけ、何かが翳った。
「……イオリ、ここは」
「三分あります。管理官の交代時間を計算しました」
「……」
「なぜ避けているんですか」
即座に問いかけた。
ユウは答えない。
いつもなら、すぐに笑う。
軽い言葉で、距離を詰めてくる。
なのに今日は、何も言わない。
「理由を教えてください。データが不足していて、解析できません」
「イオリ」
ユウが、静かに言った。
「今は、離れてて」
「理由が分からない場合、私は従う根拠を持てません」
「……根拠なんて、ない」
ユウは端末を閉じ、私から視線を外した。
その横顔が、判定室で初めて会った時とも、海辺で笑っていた時とも、違って見えた。
何かが、削れている。
「……ユウ」
「ごめん」
それだけ言って、ユウは立ち上がった。
四時十四分。
廊下の角から、新しい管理官の足音が近づいてくる。
ユウは振り返らないまま、その足音に向かって歩き出した。
◇
一人残された私は、壁に手をついた。
【心拍数:129】
【定義:算出不能】
「ごめん」という言葉の定義は、いくつかある。
謝罪。
遺憾。
後悔。
けれど今のユウの「ごめん」は、そのどれとも少し違った。
まるで、何かを決意した人間の言葉のように聞こえた。
◇
その夜、地下ピットで芽を確認する。
葉は、今日で五枚になっていた。
着実に、育っている。
「……あなたは、どうして育つんですか」
私は、小さな芽に向かって呟いた。
当然、答えは返ってこない。
芽はただ、暗闇の中で、黙って存在している。
根拠もなく。理由もなく。
ただ、生きている。
私は懐中電灯の光を細く絞り、その小さな緑を見つめ続けた。
ユウの「ごめん」が、まだ耳の奥に残っている。




