第19判定:鎧の内側と、焼却された種
ユウが戻ってから、五日が経過した。
二十四時間監視。
行動制限。
接触禁止。
条件通り、私たちは直接会えない。
廊下で視線が合う。それだけだ。
それだけなのに、私の心拍センサーは毎回、規定値を超える。
今日で、何度目だろう。
◇
放課後の廊下を歩いていると、前方にゴールドバッジの背中があった。
「佐伯先輩」
声をかけると、先輩は足を止めた。
「……また私に用があるの、綾瀬イオリ」
「一つだけ、聞いていいですか」
先輩は答えない。
それを「いいえ」とは受け取らず、私は続けた。
「先輩が以前、『選択肢がそれしかなかった時期があった』と言っていました。……その時期に、先輩は何かを失いましたか」
沈黙。
廊下の空調が、一定の音を吐き出し続けている。
「……鋭いのね」
やがて、先輩が静かに言った。
「どうしてそう思うの」
「先輩がイオリを見る目が、時々、惜しむような色をしているからです」
先輩の肩が、わずかに動いた。
「……歩きながら話すわ」
先輩は前を向いたまま、歩き出した。
私は隣に並ぶ。
「私にも、かつて『共犯者』がいたわ」
その言葉が、廊下の空気に溶けた。
私は何も言わなかった。
言葉を挟めば、止まってしまう気がした。
「INFJという判定は、このシステムの中では非常に扱いにくい。理想を重んじ、洞察が鋭く、感情と論理の両方を持つ。……管理する側にとっては、最も『読めない』類型よ」
「……先輩の、共犯者は」
「ESFJだった」
先輩は一瞬だけ、足を止めた。
ほんの一瞬。
そしてまた、歩き始める。
「協調性が高くて、人の感情に敏感で、誰かのために動くことを厭わない。……そういう子だった」
過去形。
私の演算回路が、静かに動き始める。
「……是正措置を、受けたんですか」
先輩は答えなかった。
けれど、その沈黙が、答えだった。
「私はその時、止められなかった」
先輩の声は、抑揚がなかった。
あまりにも平坦で、あまりにも静かで、その静けさの奥に何が埋まっているのかを、私は想像することしかできなかった。
「手段が足りなかったの。システムの内側にいなかったから、見えなかった。……だから、ゴールドバッジを取った」
「……先輩は、その子のために」
「遅すぎたけれどね」
廊下の窓から、夕暮れの光が差し込んでいた。
ゴールドバッジが、その光を受けて輝く。
完璧な鎧。
その鎧が今、私には、弔いのように見えた。
「綾瀬イオリ」
先輩が、前を向いたまま言った。
「あなたは今、何かを隠している」
心拍数が、跳ねた。
「……根拠は」
「あなたのバイタルログに、毎晩、深夜帯に微細な上昇がある。規則的すぎて、自然な睡眠の乱れとは違う。……何かを、確認しに行っている」
私は、答えなかった。
「止めなさいとは言わないわ」
先輩は続ける。
「ただ、一つだけ。……育てるなら、最後まで責任を持ちなさい。咲かせるなら、咲かせ切りなさい」
「……どういう意味ですか」
先輩はわずかに口元を動かした。
笑みとも、痛みとも、取れる表情だった。
「私はかつて、途中で手放したの。……それだけよ」
◇
先輩は廊下の角を曲がり、消えた。
私は一人、夕暮れの廊下に残された。
「途中で手放した」
その言葉が、胸の奥に刺さったまま、抜けない。
先輩の共犯者は、是正措置を受けた。
先輩は止められなかった。
だからゴールドバッジを取り、システムの内側に入り、見える場所に立った。
遅すぎた、と言いながら。
それでも、立ち続けている。
私の演算が、一つの仮説を弾き出す。
【仮説更新:佐伯先輩がイオリを助ける理由は、かつて守れなかった誰かへの、静かな償いである】
証明はできない。
けれど、この仮説は今の私には、どの推奨解答よりも「正しい」と感じられた。
◇
その夜、地下ピットへ向かう前に、私はポケットの中のガラスの破片を握りしめた。
芽は今、葉が四枚になっている。
着実に、育っている。
咲かせるなら、咲かせ切りなさい。
先輩の言葉が、暗闇の中で静かに響く。
「……分かっています」
私は、懐中電灯の光を細く絞りながら、呟いた。
最後まで、責任を持つ。
たとえその先に何が待っていても。
地下の芽は、今夜も、誰にも知られないまま育っている。
システムの死角で、静かに、確実に。




