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国家に恋愛を否定されたINTJの私とESFPの彼。それでも私は、この恋を選ぶ  作者: 本咲 サクラ


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18/27

第18判定:帰還と、再起動の熱

 佐伯先輩が「来週」と言ったのは、七日前だ。

 つまり、今日。

 私はその事実を、起床してから三百四十七回、頭の中で確認していた。


 不確定要素が多すぎる。


 何時に戻るのか。

 どの経路で来るのか。

 監視の密度はどの程度か。

 計算しようとするたびに、変数が足りなくて、答えが出ない。


 INTJにとって、これほど非効率な精神状態はない。

 分かっている。

 それでも、足が廊下を急いでいた。


     ◇


 午前の講義が終わった。

 ユウはまだ来ていない。


 午後の講義が終わった。

 それでも、来ない。


 私は端末を開き、今日の行動ログを確認する。

 完璧な波形。適性スコア、今週も最高値。

 「正しいイオリ」は、今日も正しく機能している。


 放課後の分析棟。

 私はいつもの席に座り、カーソルを動かした。

 動かした、はずだった。


 その時。

 廊下の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 気がした、だけかもしれない。


 私は顔を上げない。

 端末から目を離さない。

 けれど、心拍数が跳ね上がる。


 【心拍数:114。規定値を二十六パーセント超過】


 「……誤検知の可能性があります」


 私は、誰にも聞こえない声で呟いた。


     ◇


 「──イオリ」


 声が、降ってきた。

 低くて、少しだけ掠れていて、それでも間違えようのない声。


 私は、端末から目を上げた。

 そこにいたのは、白石ユウだった。

 黄色のバッジ。

 太陽みたいな、迷いのない笑顔。

 けれど、よく見ると、その顔は以前より少しだけ薄くなっていた。

 頬の線が、わずかに鋭い。


 「……戻ってきたんですね」


 私の声は、震えていなかった。

 震えていなかったはずなのに、ユウはそれを聞いて、少しだけ目を細めた。


 「久しぶり」

 「……十八日ぶりです。正確には、四百三十二時間」

 「数えてたの?」

 「……偶然、計算できただけです」


 嘘だ。

 毎朝、起床するたびに更新していた。


 ユウは笑った。

 以前と同じ笑い方だった。

 なのに、その笑顔を見た瞬間、私の演算回路が完全に停止した。


 【心拍数:123】

 【定義:算出不能】


 「……距離を保ってください。監視ログが」

 「うん、知ってる。ごめん」


 ユウは一歩、引いた。

 規定の距離。一・六メートル。

 その距離が、今日だけは、ひどく遠く感じた。


     ◇


 「種、どうなった?」

 低い声で、ユウが聞いた。


 周囲に人はいない。

 それでも、声のトーンは慎重だった。


 「……発芽、確認済みです。現在、葉が三枚」

 「そっか」

 ユウは、小さく息を吐いた。


 その吐息に、どれだけのものが混じっているか、私には計算できなかった。


 「見せてほしい」

 「……いつか」

 「うん。いつか」

 二人とも、それ以上は言わなかった。


 言わなくても、伝わる言葉があることを、私はこの十八日間で学んでいた。


     ◇


 ユウが廊下を歩き始める。


 二十四時間監視。

 行動制限。

 接触禁止。

 彼の背後に、管理官の影がある。


 以前よりずっと、世界の檻は狭くなっている。

 それでも。


 「イオリ」

 歩きながら、ユウが言った。

 振り返らないまま。


 「芽が出たなら、花も咲く。……絶対に」

 その言葉が、廊下の空気に溶けた。


 私は答えなかった。

 答える必要がなかった。

 ポケットの中のガラスの破片を、静かに握りしめる。

 熱は、まだここにある。


     ◇


 一人になった分析棟で、私は端末を開いた。


 今日の行動ログ。

 そこには、規定値を大幅に超えた心拍データが、美しいサインカーブを描いていた。

 私は迷わず、その波形を「環境ノイズによるエラー」として上書きした。

 流れるような指捌きで。

 もう、迷わない。


 【優先順位:最高】


 そのラベルは、今日も変わっていない。


 地下ピットでは、葉が三枚の芽が、今夜も静かに育っている。

 そして私たちの「共犯」は、十八日ぶりに、再起動した。


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