第15判定:三パーセントの奇跡と、届かない声
種を埋めてから、十日が経過した。
深夜の地下ピットに懐中電灯の光を差し込むと、土の表面にわずかな変化があった。
ほんの小さな、緑色の突起。
「……発芽、確認」
私は端末に記録を打ち込みながら、自分の声が微かに震えていることに気づいた。
成功確率三パーセント以下。
それでも、芽は出た。
システムが不要と判断した種が、システムの死角で、確かに生きている。
私はしばらく、その小さな突起を見つめたまま動けなかった。
データとして処理しようとする。
観測記録として端末に打ち込もうとする。
けれど指が、止まる。
「……見ていますか」
暗闇に向かって呟いた言葉は、芽に向けたものでも、ユウに向けたものでもなく、そのどちらでもあった。
◇
翌朝の分析棟。
私はいつも通り端末に向かい、いつも通り演算を走らせ、いつも通り「正しいイオリ」を演じていた。
画面には、今日の講義資料が整然と並んでいる。
【推奨学習項目:個体適性の数値化と社会貢献指数の相関】
カーソルを動かしながら、私は自分の思考が二重になっていることに気づく。
表層では、講義資料を処理している。
深層では、ずっと同じ問いが繰り返されている。
──あなたは今、どこで何をしているのか。
ユウが連行されてから十一日。
佐伯先輩から「監視付きで戻される」と聞いた。けれど、いつなのかは分からない。
私のシステムは、不確定な変数を処理するのが最も苦手だ。
「……ノイズです」
自分に言い聞かせて、カーソルを動かした。
今日で、何度目の「ノイズです」だろう。
◇
放課後。
私は旧校舎の裏を通りかかった時、足を止めた。
管理ロボットも通らない、この学園で最も「余白」に近い場所。
ユウが最初に「見たこともない色の花が咲いてた」と言っていた場所だ。
私はしゃがみ込み、雑草に混じって咲く小さな花を見つめた。
色の名前が、すぐには出てこない。
データベースを参照すれば一秒で分かる。けれど今は、参照したくなかった。
名前を知らないまま、ただ見ていたかった。
──これも、ユウから学んだことだ。
『名前がないものの方が、時々、ずっときれいだったりするんだよね』
あの日、海辺で言っていた言葉が、不意に耳の奥で再生された。
「……覚えていますよ」
私は花に向かって、小さく言った。
あなたが言ったことを、全部。
システムが記憶を消去しても、私の中のどこかに、必ず残っている気がした。
◇
夜。
自室の端末を開くと、適性局からの通知が一件届いていた。
【行動評価レポート:今週の適性スコア、過去最高値を更新】
完璧な数値。
「正しいイオリ」は、今日も正しく機能している。
私はその通知を閉じ、デスクの端に並ぶ二つのガラスの破片を見た。
街灯の光が、表面をかすかに照らしている。
今夜は虹が出ない。
それでも私は、その破片をそっと手に取り、しばらく握りしめた。
熱は、もうとっくに冷めている。
けれど、あの日ユウの指先から伝わってきた温度を、私の手はまだ覚えている。
「……早く、戻ってきてください」
声にしたのは、初めてだった。
誰にも聞かせるつもりのない言葉が、静かな夜の部屋に溶けて、消えた。
適性スコアは過去最高値。
地下の芽は、今夜も育っている。
そして私は、「正しいイオリ」を完璧に演じながら、その内側で、誰にも見せない「エラー」を抱えて生きている。




