表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国家に恋愛を否定されたINTJの私とESFPの彼。それでも私は、この恋を選ぶ  作者: 本咲 サクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

第14判定:不在の変数と、育てる理由

 深夜。


 私は再び、地下ピットにいた。


 あの夜、種を埋めてから三日が経つ。

 懐中電灯の光を細く絞り、土の表面を確認する。変化はない。

 当然だ。

 成功確率三パーセント以下の、非合理的な賭けだ。


 それでも私は、持参した小さな容器から、わずかな水を与えた。


 「……あなたは今、どこにいるんでしょう」

 声が、暗闇に溶けた。


 問いかけた相手が種なのか、ユウなのか、私自身にも判別できなかった。


 ただ、この暗くて狭い空間だけが、今の私には「余白」に感じられた。

 システムの視線が届かない、誰にも管理されない、私だけの場所。


 ユウが言っていた。

 『この庭にはさ、すべてが揃ってる。でも、だからこそ「余白」がないんだよね』


 私はその言葉の意味を、今ならば、あの中庭で聞いた時よりも深く理解できる気がした。

 完璧な場所には、息をする隙間がない。

 だから私は、この不完全な暗闇を必要としている。


     ◇


 翌朝。

 講義室へ向かう廊下で、背後から規則正しい足音が近づいた。


 「……綾瀬イオリ」


 振り返ると、そこには昨日と同じゴールドバッジの人影。

 佐伯先輩だった。


 「少し、いいかしら」

 感情を排した声のはずなのに、その中にわずかな温度を感じたのは、私の演算の誤りだろうか。


 「……何でしょうか」

 「あなたのバイタルログ、ここ数日で変化があるわ」


 佐伯先輩は端末を取り出し、画面を私に向けた。

 そこには、私の心拍データが表示されている。

 規定値の範囲内。完璧に正常な波形。


 「……異常はないように見えますが」

 「ええ、数値は正常よ」


 彼女は端末をしまい、私をまっすぐ見た。

 「でも、完璧すぎる。まるで、誰かに見られることを意識して、意図的に整えているみたいに」


 私の演算回路が、一瞬だけ止まる。

 「……それは、どういう意味でしょうか」


 「さあ。私には分からないわ」

 佐伯先輩はそれだけ言って、踵を返した。


 立ち去り際、その背中が静かに告げる。

 「ただ、完璧な波形ほど、崩れた時の落差が大きい。……気をつけなさい、綾瀬イオリ」


 忠告か、それとも別の何かか。

 私はその背中を見送りながら、ポケットの中の種を、静かに握りしめた。


     ◇


 その日の放課後、私は地下ピットへ向かう前に、一度だけ立ち止まった。


 廊下の窓から見える、整然とした中庭。

 等間隔のベンチ。対称性の並木。完璧な秩序。

 七日前まで、あの景色の中に、一つだけ計算式から逸脱した「変数」があった。

 今はもう、どこにもいない。


 「……だから、育てます」

 私は呟いた。


 誰に聞かせるわけでもない、私だけの宣言。

 システムが切り捨てた種を、システムの死角で、システムの論理に反して育てること。

 それが今の私にできる、唯一の「反逆」だった。


 ──そしてそれは同時に、いつか必ず戻ってくる彼への、言葉にならない返答でもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ