勇気とは、絶対に逃げないと決意すること。――6
門の内側は、外側と同じく洞穴だった。
ただし、外側とは違い、壁や地面からたびたび煙が上がっている。これは火山洞系ダンジョンの特徴だ。
門の外側は鉱山系ダンジョンで、内側は火山洞系ダンジョン。同じ空間に、異なる系統のダンジョンが存在している。本来、こんなことは起こりえない。
もはや疑いようがないだろう。このダンジョンは、いままで出現してきたどのダンジョンとも違う、未知のダンジョンだ。
門の内側に生息しているモンスターはいずれも強敵だった。どの戦闘も命懸け。一瞬の隙が敗北に繋がるような激戦になった。
俺と天原さんは神経を張り詰めさせて、最大限の警戒をしながら、門の外側に戻れる道を探した。
しかし、どこを探してもそんな道はない。門の外側にいる五組のパーティーからも、内側に繋がる道を見つけたとの連絡はない。
それでも諦めず、俺と天原さんはダンジョンを奥へ奥へと進む。なんとか脱出しようと足掻く。
探索からすでに二時間が経過。俺と天原さんの疲労は限界に達していた。
気力だけで歩を進めるなか、不意に、肌が粟立つような感覚がした。漫画やアニメで『気配を感じる』との表現が出てくることがあるが、まさにあんな感覚だ。
血管に氷水を流されたかのように悪寒が走る。本能が危険信号を鳴らし、体が勝手に震え出す。
俺たちの前には曲がり角があった。プレッシャーはそこから漂ってくるものだ。
まだ姿は確認していないが、俺は確信した。
あの先に、やつがいる、と。
ゴクリと喉を鳴らし、そろりそろりと進む。
息を殺しながら曲がり角の先を確認すると――いた。やつがいた。
真紅の鱗に覆われた、見上げるような巨体。
丸太よりも遙かに太い両腕。一本一本が剣ほどもある爪。
頭には、王冠のごとき六本の角。
すり鉢に似た、クレーター状の広間。その中央に、ドラゴンエンペラーが皇帝のごとく佇んでいる。
門の内側は隅々まで探索した。それでも外側に戻る道は見つからなかった。
ならば、脱出する手段はひとつしかない。
「ロードモンスターを――ドラゴンエンペラーを倒すしか、手はないか」
口にしただけで心臓が早鐘を打ち、冷や汗が噴き出す。
けど、それ以外に手がないなら、挑むほかにないんだ!
そう自分に言い聞かせて、俺は腹を括る。
「天原さん。ドラゴンエンペラーと――」
「戦おう」と続けようとしたが、できなかった。
天原さんが顔を青ざめさせて、カタカタと震えていたからだ。
天原さんの瞳孔は開ききり、呼吸は全力疾走のあとのように荒い。
一目見ただけで怯えているとわかった。
「あ、天原さん?」
「……大丈夫です。戦えます。ほかに方法がないのですから、ドラゴンエンペラーに挑みましょう」
そう口にする天原さんだったが、全然大丈夫そうに見えなかった。無理をしているのは一目瞭然だ。
こんな状態で挑戦しても確実に負ける。けど、ドラゴンエンペラーを倒すには、天原さんの力が不可欠だ。なんとかして復活してもらわないといけない。
俺の頭に励ましの言葉がいくつも浮かぶ。
――大丈夫、きっとなんとかなる。
――天原さんならできる。
――危なくなったら俺が助ける。
けれど、なにか違う。どれも相応しくないように感じる。天原さんにかけるべき言葉ではないように思う。
こんな月並みな言葉で天原さんの心を動かせるのか? 天原さんを立ち直らせることができるのか?
きっとできない。むしろ、そんな言葉はかけてはいけない。
天原さんは、どんなに強大なモンスターが相手でも、気高く、誇り高く、堂々と、仲間を守ってきた。
下手な励ましは、天原さんの誇りを汚す行為だ。
俺がやるべきなのは励ますことじゃない。天原さんに、自分の誇りを思い出させることだ。
そのためにかける言葉は――
「以前、ドラゴンエンペラーに遭遇したときのことを、俺は覚えているよ、天原さん」
「勝地、くん?」
語り出した俺を、天原さんの揺れる瞳が映す。
「天原さんは、どれだけドラゴンエンペラーに攻撃されようと逃げなかった。仲間を守るため、限界を超えても踏ん張っていた」
覚えている。
至る所に裂傷を刻まれ、頬を煤で汚されながら、それでもヴァルキュリアのメンバーを守るため、歯を食いしばってドラゴンエンペラーの猛攻に耐える、天原さんの姿を。
「これまで一緒にダンジョン探索をしてきたときのことを、俺は覚えているよ、天原さん。天原さんはいつだって俺を守ってくれた。どんなモンスターが現れようと、天原さんがいてくれたから俺は戦えた」
覚えている。
ダークトレントが相手でも、ブラッディーミノタウルスが相手でも、決して退かず、盾役の務めをまっとうしてくれた天原さんの姿を。
「だから信じてる。天原さんなら、俺を絶対に守ってくれるって」
「勝地くん……」
「そして俺も応えるよ」
誓う。
「必ず俺が、ドラゴンエンペラーを倒してみせる」
天原さんが目を見開いた。
俺は天原さんを真っ直ぐ見つめる。
立ち直って、天原さん! 天原さんは、こんなとこで折れる女性じゃない!
願いながら、ただただ見つめ続ける。
変化が訪れた。
天原さんの震えが収まっていく。荒かった呼吸が落ち着いていく。
恐怖と動揺で淀んでいた瞳に光が戻り、この世のなによりも美しい青が蘇る。
天原さんは眉を上げ、瞳に火を灯し、宣言した。
「任せてください。たとえ相手がドラゴンエンペラーであろうとも、全身全霊を賭して守り抜いてみせます。勝地くんに手出しはさせません」
俺の願いは届いたのだ。天原さんは応えてくれたのだ。
怯えていた少女はもういない。
そこにいたのは、誇り高き戦乙女だった。




