聖魔法の乙女
==アルベルトさんによる魔法の解説==
(読むのが面倒な場合は、次の*********まで飛ばしてください)
魔法を使うには、魔力の属性に対応した呪文を唱えることが必要になる。
呪文については、呪文そのものに力があるわけではない。もしあったとしたら、魔力のない者でも唱えれば何かが起こるはずだ。
でもそうはならない。呪文というのはただの言葉に過ぎないということだ。
どの種類の魔法を使うのかという指定をするための、ただの言葉だ。
ではそれは誰に向けての指定なのか。
手っ取り早く言うと、精霊だな。精霊にはいろんな定義があるが「魔力の属性が合う人間の回りに常にいる存在」と思っておけばいい。そういう存在が魔法の指定を聞いて力を貸してくれるんだ。
ただこれは術者の魔力によって条件が変わってくる。
魔力が多く魔法を使うのに精霊の力が少しで済む者と、魔力が少なくて精霊に頼りっぱなしの者では、呪文の条件が変わってくるからな。
簡単に言うと前者は呪文を少なくできる。練習していけば思うだけで魔法が使えるようになる。魔力の多さを感じた精霊が気を利かせてくれる感じだな。
呪文の詠唱が少なくて済むからそうじゃない者より戦闘時には格段に有利になる。
王宮に所属している魔術師は戦争になれば戦わなくてはならないから、この「魔力が多くて呪文が省略できるタイプ」の人間ばっかりだ。
後者の方、魔力が少なくて精霊に頼るタイプは精霊との相性がすべてだ。精霊にお願いを聞いてもらうっていう力関係になる。だから呪文がどうしても長くなるんだ。
そして精霊の気まぐれで予想外に強い魔法になってしまうこともあるし、その逆もある。安定はしないが自分の持つ魔力以上の魔法の効果が出る可能性がある、という点では有用だ。
ただ魔力が枯渇している場合はさすがに精霊は面倒を見てくれない。精霊の方にも何か条件があるんだろう。
そして魔法の行使には、その現象をどれだけ自分が理解しているかということが重要になる。
属性は得ているのになかなかうまく魔法を使えないという者はこの「理解」が足りないことが多い。
火なら火はどういう性質を持っているのか、水なら水はどう変化するのか、そういう知識がなければ、いつまでたっても初歩の魔法から抜け出すことはできない。
教えてもらうことも重要だがこればかりは自分自身でつかまないといけない部分もあるから、師匠選びと自己研鑽はセットでやるべきだな。
*********
お、おお……。
あたしは滝のように降ってくる情報の量に驚いていた。
なるほど、確かにアルベルトさんは「できる」魔術師に違いない。言ってることが分かりやすいもん。このあたしに分からせるとはなかなかの腕前じゃないか……と、なぜか上から目線で思ってしまった。
「アルベルトさん、じゃあ魔法を使う時に出てくる光の玉みたいなのは……」
「それが精霊と呼ばれているものだ。それに指示をして魔法を使ったのなら、もう初歩は抜けている。すごいじゃないか、貴族でも初歩で終わる者がそこそこいるぞ」
アルベルトさんに褒められて、あたしがニヤニヤ笑いをしてたら、急に食堂に入ってくるオッサン連中が増えてきた。
料理の注文がバタバタと入って、カルロさんとあたしは一気にてんてこまいになる。
「忙しくなってきたな。邪魔になるから、俺はこの辺で……」
そう言って席を立ち、アルベルトさんは帰ろうとした。
「新しく聖魔法の乙女が認定されたんだってな」
「へえ、今度こそ魔神を倒しに行くのかねえ」
「そりゃあ王家のために認定するんだから、そうだろ」
オッサンたちの声の大きい世間話が聞こえてきて、アルベルトさんはピタッと動きを止める。
「……誰が認定されたのか、知ってるか?」
アルベルトさんの低い声に、ガタイのいいオジサンが大きな声で答えた。
「名前は知らねー。18歳の平民の女だってよ。魔法の学校に通ってて見出されたんだと」
それを聞いたアルベルトさんは、あからさまに嫌な顔をした。
「平民が、聖魔法の乙女か。ずいぶんな出世だな」
アルベルトさんは怒っているみたいだった。なんだなんだ。あたしは料理を目まぐるしく運びながら、彼の様子を注意して見ていた。
「まあ出世と言えば出世だが、そのかわりに魔神を倒しに行かないといけないんだぜ。それなりの地位を得るんだから当然だけどな」
ガタイのいいオジサンが肩を揺らして笑った。アルベルトさんもその言葉にうなずいていた。
「それもそうだ。……どうせ、すぐには行かないんだろうが」
「何でだ?」
オジサンの問いに、アルベルトさんは目を細めた。ぞっとするくらい冷たい笑顔だった。
「……あいつらは臆病者だからさ」
「おーい、賞金のかかったお尋ね者が出たらしいぜ。なんと王都の貴族令嬢だ」
いつも来ている中で一番態度が大きいオッサンが、食堂に入ってくるなりそう言った。
あたしは自分のことじゃないかと思って、そしたら冷や汗がダラッダラ出てきた。
「ハルカ、疲れたのか?」
カルロさんが優しく声をかけてくれるのが、嬉しいけどつらい。この人たちに迷惑がかかるようなら、あたしは逃げなきゃいけないんだ……。
「すげえ上位貴族の令嬢だよ。魔神の使いってバレたら、顔がもろに化け物に変わったんだと」
「それなら見たらすぐわかるじゃないか。この街まで来るとは思えんが」
「顔を隠してるやつが怪しいってことか? でもそんな奴いないじゃないか」
「はあ、やっぱ一攫千金とはいかねーなー」
声の大きいオジサンたちの雑談の内容を聞くと、どうもあたしのことじゃなさそうだったので、あたしはとりあえずホッとした。
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「聖魔法の乙女」ってのは、王家が認定する「聖魔法のスペシャリスト」のことで、略して「聖女」とも言われるらしい。
三代か四代か前の王様が魔神の怒りを買って、王家が滅ぼされそうになった時、当時の王女様が聖魔法の使い手で、他の何人かの騎士と一緒にその魔神を封印した。
おとぎ話みたいだけどホントの話なんだって。
倒したわけじゃなくって「封印した」だけだから、後でちゃんと倒しに行ってねって、宿題を残してくれたそうだ。
迷惑すぎんだろ。
でも腕力や魔法が強い人ばっかじゃダメで、魔神と相性の悪い聖魔法を使える人がいないといけない。そうじゃないと絶対に倒せないらしい。
なんかこの辺りは、後輩から聞いたことのあるゲームっぽい感じがする。
だから聖魔法の乙女が認定されたことは、この国にとって非常に喜ばしいことだなんだけど。
なんとその聖魔法の乙女は魔法学院で嫌がらせを受けていたらしい。
まあ、貴族の娘であるレフラですらあんな扱いだったのに、平民の娘に追い抜かれた貴族の子女がどんなことを考えるのかなんて、聞かなくてもわかるような気がする。
その嫌がらせをしていたのが、身分の高い貴族令嬢のフローリアって人だったんだって。
そのフローリアは「真実を明らかにする薬」をかけられて、化け物のような姿に変わった。その姿は魔神の使いに間違いないって、その場にいた人たちが認めるくらい醜いものだったらしい。
そして令嬢フローリアは魔神の使いだったことがバレた途端、王家に伝わる秘宝を持って逃げたそうだ。その秘宝は魔神を倒すために必要になるものだった。
そのため王家はフローリアに懸賞金をかけて、秘宝のありかを探しているという。フローリアの死体だけでもいいんだって。
「……なんか、魔神を倒すために必要なものって、増えていくみたい」
それがこの話を聞いたあたしの率直な感想だ。
最初は聖魔法の乙女が絶対必要って言って、次はその秘宝が必要。そういう感じのゲームなんかな。
「秘宝は特に必要ではない」
アルベルトさんはキッパリ言い切った。
「魔神の住処は異界にあり、魔神を倒すと異界は崩壊する。崩壊し始めたら、あらゆる魔法は阻害されて使えなくなるんだ。だから脱出するための秘宝が必要になる、というだけの話だ」
「はあ、なるほど」
ガタイのいいオジサンが腕を組んでうなずいた。
「つまり魔神を倒したら、倒した奴も一緒に死んじまうんだな。それが嫌で秘宝を探していると」
「そういうことだ。ただ、聖魔法を極めた者であれば、異界の崩壊を止めることができると言われている。だから奴らが秘宝を探しているということは、まだそこまで使えないのに認定を受けているということだ。身分が欲しいだけの浅ましい行為だよ。おそらく奴らは生きて帰れる保証がなければ、魔神を討ちには行かない。そうしているうちに魔神の封印は解ける」
アルベルトさんは暗い笑みを浮かべていた。この人、なんだろ。魔神が復活してほしいのかな?
さっきと別のオッサンは納得してないみたいだった。
「けど、魔神が復活したら困るのは王家なんだから、聖魔法の乙女を急かしてでも行かせるだろ」
「それはそいつらもわかってるさ。だから悪あがきに、あらゆる秘宝を集めだすと思うぞ。ここの近くのダンジョンで出る秘宝にも、取得に制限をかけるかもしれない」
「なにっ!?」
アルベルトさんの一言で、食堂中の空気が変わった。
「何で俺たちが必死で手に入れたもんに、勝手なことができるんだ?」
「ダンジョンのある場所が王国に属しているからさ。国の土地から出た物は国の物だと言われれば、それまでだろ」
「なんだと……」
オッサンたちはすっかり「聖魔法の乙女許さねえ」という雰囲気になり、後から食堂に入ってきたお客さんがびっくりするくらい殺気立っていた。
お客さんが入りにくいから、殺気出すのはやめてねー……。
*********
あたしはあのレフラの日記を思い出していた。
あれには『聖属性の魔力を持つという平民の女の子』って書いてあった。
そのまんま聖魔法の乙女の説明と一緒だ。平民で魔法が使える子は少ないらしいから、あの日記の子が聖魔法の乙女に認定されたってことだろう。
レフラをフッたエンリオは、その子と結婚するのかな。魔神を倒したら死んじゃうのにね。恋は儚いってやつか。
そういえば『とても綺麗な子』とも書いてあった。
今日殺気立っていたオッサン連中だって、とても綺麗な女の子が瞳を潤ませて「秘宝が必要なんです」なんて頼んできたら、コロッと手のひらを返しそう。心配しなくていいかも。
それにしても、アルベルトさん……。
何か、詳しすぎるというか。ちょっと怖かった。もしかしたら後ろ暗い過去があるのかもしれない。だいたいどこで何をしていた人なのかわからないし。
すごい魔術師らしい、ってのはわかるんだけど。
*********
あれから二日ほどたった頃。
いつも食堂に来てくれている常連のオジサンがヒソヒソ声で話していた。でも地声が大きいから丸聞こえだった。
「変な奴がダンジョンにいた」
それを聞いた別のオジサンが言う。
「かっちりした服着た奴か」
「そうだ。あれは王宮の……なんとか騎士団の制服だ」
「どんな奴だ?」
「剣士ぽい。俺、あいつを街の中で見たような気がするんだが」
「俺も見たかも」
かっちりした服……。たぶんあたしが見た「いい服の人」のことだ。今はダンジョンに行っているのか。
たぶん、指輪を探しているんだ。
あたしは背筋に冷たいものを感じた。
どどどどうしよう。もし流れでこの食堂に来て「あの指輪を持ってる奴はいねがー」なんてことになったら。
「ハルカ」
盗ったんじゃありません、川で拾ったんですうー。そんな言い訳で納得してくれる人だったらいいんだけど。
「ハルカ!」
「うわあ!」
アルベルトさんの顔が急に目の前に現れて、あたしは本気でひっくり返った……はずだったんだけど、アルベルトさんがあたしの手を引いて止めてくれた。
「ああ、ありがとーアルベルトさん」
「ハルカ、すまないが、明日は用事があって来れないんだ。果物は朝市の店の人に頼んであるから」
あたしの感謝も聞いてない感じで、アルベルトさんは早口で言う。
果物は朝市で売ってるらしい。
そういえば、カルロさんも朝市で仕入してるって言ってた。
「そうなんだ。どこかに行くの?」
果物さえあれば何の不満もないあたしは、そんな気分で気軽に聞いた。
アルベルトさんは少し不器用な感じの笑顔を浮かべる。
「いいや、ちょっとその辺で用があるだけさ」
「ふうん? 気を付けてね」
「ああ」
アルベルトさんは片手をあげて食堂を出て行った。
やっぱり。
あたしはどこかで彼を見たことがあるんだ。
背格好が、誰かに似てる。




