既視感は大事
あたしの採ってきた薬草によって、カルロさん夫妻の下の子の熱は下がったらしい。
あたしは甘い果物があるっていう幸せを噛みしめていた。
そしてカルロさんが作ってくれた甘いおやつ、あれはかなりの幸せポイントだった。
それと、ダンジョン探索のオッサン連中に顔を覚えられてしまった。
でかい声で挨拶されるから恥ずかしい。
一攫千金のチャンスだったあの果物を、魔術師のオジサンにあげたのが好印象だったみたい。
人情ってのが大事なのかな。こないだ聞いた貴族のお嬢どもの会話はそんなことなかったけど、庶民の心はあいつらほど乾いてないんだろう。
そうじゃなかったらあたしもここで働けてないし。
あの魔術師のオジサンはアルベルトと名乗っていた。彼は最近この街にふらりとやって来たらしい。前は何の仕事をしていたのか誰も知らない。でもけっこう「できる」魔術師だとオッサン連中が言っていた。
そのアルベルトさんが作るって言ってた薬はできたのかなって、賄いのお昼を食べた後にボーっと思ってたら、いきなりサニアさんが産気づいてしまった。
あたしとカルロさんは店中をひっくり返す勢いで大騒ぎして、近くにあるカルロさんの家にサニアさんを連れて帰ることになった。
「ちょっと早いかもしれないわ」
サニアさんの言葉通り、駆けつけてきた産婆さんは、まだ十分に子供が育ってない可能性があるって言う。しかしお産は途中で止めることができないので、運を天に任せるしかないらしい。なんて世界なんだ。
「そこの娘、この薬草を採っておいで」
産婆さんはあたしに赤い草を見せる。
「川のそばに生えているよ。生命力が上がると言われていて、出産の時にはこれを煮出した汁を飲むんだ。採ってすぐに使わないと効果がないがね」
「え、すごいじゃん。生命力が上がるんなら、病人に飲ませても効くんじゃない?」
あたしが聞いたら、産婆さんは首を横に振った。
病人にこの草の汁を飲ませると、病気の原因の方が元気になってしまうことがあるんだって。それで病人は余計に体力を消耗して死んでしまうらしい。
ちなみに栄養失調や虚弱の人に飲ませると、急にたくさん物を食べようとするから逆に危ないんだって。
それから、普通の状態の人に飲ませても効果はないそうだ。
栄養ドリンクみたいにはいかないのか……。
「これは妊婦専用だよ。母親が疲れなくて済むし、お腹の子にもいいから、カゴいっぱい採ってきておくれ」
「……うぃっす」
サニアさんが脂汗を流してうなっているのが見える。
あたしは焦る気持ちに押されながら、見本の赤い草を持って、街の近くの川へと向かった。
*********
妊婦さん以外には必要ないからあんまり採る人はいない、という産婆さんの話の通り、川のそばの群生地には赤い草がこれでもかってくらい生えていた。
なんと川の中にまで生えている。
強い草なのかな。ミントみたいに下手に植えたりしたらダメなやつだ。
この草は根っこまで採る必要はないから、あたしは少しよそ見をしながら採っていた。
そばにある川はわりと幅のある大きな川だった。
石畳の広い街道が近くにある。街道にはひっきりなしに馬車の往来があって、ガラガラと車輪が回る音が響いていた。
あの街道って、乗合馬車で通った道だったかも。
なんか見覚えがあるような……。
街道を見ていると、どこかで見た「いい服の人」が歩いているのが見えた。
あ、あのオシャレ服は、いつだったか露店で見た人が着ていた服だ。顔はよく見えないけど、あんな服の人がそんなにいるとは思えないから、たぶん同じ人だ。
あの人、指輪を探してて屋台の人に怒られてなかったっけ? 見つかったのかな?
そんな余計なこと考えていたからか、強い川風が吹いてきて、赤い草を入れたカゴが飛ばされてしまった。あたしは慌ててカゴを追いかけて、川の手前で捕まえたと思ったら、カゴは手をすり抜けて川に落ちて行った。
「ええぇぇぇぇ~、“風よ”!」
あたしはせめてカゴが流されるのだけは阻止しようと、ボンヤリの光の玉を出してカゴの動きを止めた。我ながら良くやった……と自分を褒めながら川からカゴを引き上げると、その下の川の中に生えた赤い草の中に、何かが絡まっているのが見えた。
川の中の赤い草は成長が早いみたいで、地上に生えているのよりも長く伸びている。
その長く伸びた草同士が複雑に絡み合った中に、チカッと光る何かが引っかかっていた。
「…………?」
あたしは草ごと引っ張り上げて、それを川から出してみる。
そこには直径2センチくらいの、丸い大きな赤い宝石の填まった指輪があった。
『指輪』
『赤い宝石が付いている』
『黒っぽい台座』
あたしは二度見した。いや三度見くらいした。
あの人はこんな感じの指輪を探していたみたいだけど。
確かに黒っぽい金属の指輪だ。赤い宝石はよく見ると、内部から白か黄色の光がチカチカ出ている。
不気味なんてもんじゃなかった。
これはヤバい。
なんか超ヤバいもんを拾ってしまった。
川の近くだし、拾ったところは誰にも見られてないはず。
捨てちゃっても絶対にバレない……。
でも、探していたってことは、あの人にとってはそれなりに大事なもののはずだから、捨てるわけにもいかない。
何とか、これを、さり気なく、あの「いい服の人」に、渡す方法は……。
「…………」
まったくいいアイデアが浮かばない。
面倒くせー。
ああもうめんどくせえええええ。
無理に決まってんじゃん。
あたしは考えるのをやめて、指輪をエプロンのポケットに突っ込み、赤い草を入れたカゴをひっつかむと、ダッシュで街へ戻った。
*********
「ほぎゃああー――――」
カルロさんの小さな家に、赤ん坊の大きな産声が響く。すごい近所迷惑なのに、誰も文句言ってこないのはなぜなんだ。
あたしが採ってきた赤い草の効果があったのか、サニアさんのお産は無事に終わった。
試しにちょっと飲んでみた赤い草の汁はすごくまずかった。妊婦でも飲みたくないって人はいるんじゃないかな。サニアさんが言うには「三人目ともなれば慣れるのは当り前よ」だそうだ。
ちなみに一人目と二人目は男の子で、今回初めて女の子が生まれたから、カルロさん的には小躍りするくらい嬉しかったらしい。
「ハルカみたいに素直な子に育ってくれたらいいな」
って、カルロさんは言ってくれた。お世辞なのはわかってる。でもあたし別に素直じゃないし、あたしみたいになったらダメだと思うよ。
「ハルカー、もっとあそぼー」
「こんどはつかまらないぜー」
なんか知らんが、その一人目と二人目のジャリガキ男子に絡まれてしまった。
奴らから変則的に繰り出される、手加減を知らないパンチやキックを、あたしは華麗に避けて捕らえてドヤ顔する。
そんな「ジャリガキ二匹を追い回すお仕事」を、サニアさんのお産の間中ずっとしていた。
正直言って食堂の仕事よりも疲れた。
でも、指輪を拾ってしまった時のモヤモヤした気持ちが少しは晴れたから、まあいっか。
お産が一段落したから、あたしはカルロさんと一緒に食堂の仕事に戻ることになった。
まだしばらく産婆さんも残ってくれるし、サニアさんの両親も孫を見に来るし、まあ大丈夫だろうとカルロさんは言っていた。
*********
店に戻ると、扉の前にアルベルトさんが立っていた。
食堂は開いてないのにどうしたんだろ。
「薬が完成して、娘の目が見えるようになったんだ。まだしばらく安静が必要だが、とりあえず報告に来たよ」
アルベルトさんの顔は喜びにあふれていて、いつもの顔色の悪いしょぼくれたオジサンとは、全然違う人みたいに見えた。
……あっ、わかった。
「アルベルトさん、ヒゲ剃ったんだ」
アルベルトさんの汚い感じの無精ヒゲがきれいに無くなっている。印象が違ったのはそのせいだ。
「いやあ、俺を見た最初の感想が「不潔」だったら、やっぱり嫌だからね」
アルベルトさんは照れてるみたいに頭をかいた。
見えなければ汚くてもいいという考えにはとっても同意できないけど、アルベルトさんの娘さんを想う気持ちは、あたしを少しだけ寂しくさせた。
中学の頃あんなに反発しちゃって、悪かったな。親父は今何してんのかな。
あれでも小さい頃はけっこう可愛がってくれたような気もする。
あたしがここに来てしまったのを悲しんでるかな。たぶん、妹がいるから大丈夫とは思うけど……。
あたしはちょっとだけ落ち込んで、再度アルベルトさんを見た時、何か一瞬、あれっ? って思った。
誰かに似ている。
誰に?
有名人……じゃない。これはあたしの記憶? それともレフラの記憶なのかな。わかんなくなってきた。
今日は悩むことが多くて脳みそが疲れているのかも。
だからあたしは、今日はあんまり難しいことを考えないようにしようと思っていた。
それなのに、
「ハルカのおかげだよ。お礼に何かしたいんだが、何か俺に頼みたいことはないか? 何でもいいから」
なんて、答えに悩むようなことをアルベルトさんが聞いてくるのだ。
あたしは5秒くらいフリーズしたままあれこれ考えたけど、結局一番シンプルなのにした。
魔法について教えてもらいたいって。
アルベルトさんは「できる」魔術師だと言われているんだから、あたしが魔法について知りたかったことを教えてくれるに違いない。
そう答えると、アルベルトさんは「いいよ」って二つ返事で受けてくれた。




