情けは人の為ならず
あのクソ鳥め、やったろーじゃねーか……。
あたしはその辺に落ちていた、腕くらいの太さの木の枝を持って集中する。
「“風よ”」
ボンヤリした光の玉が出てきたのを確認してあたしは「浮かせて」と強く思った。
最近気が付いたんだけど、最初の呼びかけみたいな呪文以外は心の中で思うと光の玉に通じることがある。これは、もしかして魔法が上手くなってるってことなのか。
そうだったらかなり嬉しい。
だって呪文を口に出さないと魔法が使えないんなら口をふさがれたら負けるってことじゃん。
そんな理由で負けるなんて耐えられんわ。
呪文なしで魔法が使えたらあたし最強じゃね? 考えただけでニヤニヤしちゃう。
あたしの気分が高揚しているのが伝わったのか、木の枝は風をまとってフワリと浮いた。
「よしっ」
あたしはその枝に腰かけて近くの高い樹に沿って少しずつ上昇していく。ゆっくりやれば、必ずこの樹の上まで上がれるはずだ。
もし途中で無理になったら樹にしがみついて休めばいいんだし。
時間をかけて上がっていくと樹のてっぺんに何か実が生っているのが見えてきた。
でも、あれは食べられるもんなのかな……?
あたしはドキドキしすぎて集中を切らさないように気を付けながら、その実が何なのか目を凝らした。
なんとなくさっきのでかい鳥が運んでいたマンゴーみたいな果物に似てる。
あたしにも同じ実が採れるんだ! あの鳥に自慢できる! って思ってたら、どうもさっきの実とは微妙に違うような感じがしてきた。
何かキラキラしたものが表面についてる?
ようやく目の前に現れたその果物は、思ってたよりも柔らかかった。あたしは傷つけないようにくっついている枝ごと折って収穫する。
樹の枝が密集しているところに生っていたから飛んでいる鳥には手が出せなかったんだ。あたしは嬉しさのあまり「イエェェェーイ」って叫びたい気分になった。
危ないからやらないけど。
さあ、あとは降りるだけ……。
と、下の方に目をやってしまい、あたしは本当に叫んでしまった。
「ぎゃぁぁぁ―!」
思っていたよりもすごい高さに上がっていたのだ。
あたしは何度も樹にしがみついて、その度に深呼吸をしながら降りる羽目になった。
「うへへへ……」
無事に地面に降りられたあたしは果物が手に入った喜びに浮かれまくった。
表面についている粒々は何かの結晶みたいに見える。食べられるのか気になったあたしはとりあえず粒を一個はがして口に入れた。
「あっっま」
粒は砂糖のように甘かった。果物っぽい匂いが付いているけど味は固い金平糖に似ている。
久々に甘いものを食べたあたしはテンションMAX状態で帰路についた。
暗くなる前に帰れて良かった。
行った時の半分の時間で帰れたのは、砂糖パワーのおかげかな。不思議だ。
*********
「ハ、ハルカ、これは……」
せっかく薬草を採ってきたのに、カルロさんもサニアさんも果物の方にしか目を向けてない。
何でかわかんないけどその実はあげないぞ。
「これはあたしが食べるやつ」
「えっ」
「えっ」
コントみたいにピタッと揃って固まる二人。
「……ど、どこで見つけたの? これ、すごく貴重なものだったと思うのだけど」
サニアさんが声を震わせて果物を指さした。
え、そうなん? 変な鳥が食べてるくらいだから大したことないのかと思ってた。
「薬草を採ってたら、ギャーギャー鳴く、茶色と黄色の大きい鳥が飛んできて」
「まあ、大変。それは魔鳥よ。危なかったわね」
サニアさんが怯えるようにぽっちゃりした身を縮こまらせている。
ええ? あの鳥が? あたしはちょっとわからなくて首をかしげた。
「なんか、その鳥に自慢されて」
「?」
今度はサニアさんが首をかしげている。あれ、何で伝わんないんだろ。
「悔しかったんで、本気出して採った」
「ええっ!? 魔鳥の持ってる実を取ったの?」
サニアさんの顔は青くなり、眉毛がピクピク痙攣していた。
いや「とった」の意味が違うから。「採った」だから。いくらあたしだって野生生物の持ってるものなんて汚いから取らないよ。どんな菌が付いてるのかわかんないのに。
「ちが……」
「よく無事に戻って来たわ、そんなことをしたら魔鳥に襲われてもおかしくないのに」
「本当だよ。もうそんな無茶なことはしちゃダメだぞ」
サニアさんとカルロさんに詰め寄られ、あたしはその迫力に押されて何も言えなくなった。
何であたしの話を聞かねーんだこの人たちは。
二人が結構大きな声を出したせいか、食堂にいた他の人にも話を聞かれてたみたいだ。
あたしの果物が入ったカゴをむさくるしいオッサンどもが取り囲んでいる。
「スゲェじゃねーか。この金色の実って、王宮の魔術師がいつも依頼出してるやつだろ」
「俺も聞いたことある。なんか、すごい回復薬を作るのにいるんだってな」
「死んだ奴も生き返るらしいぞ」
「それはものの例えだろ」
どうでもいいけど、あたしの果物を前にしてツバを飛ばすのはやめろ。あたしが食べるんだから。ぜってぇー誰にもやらねぇーから。
「おいオッサン、どうなんだよ。あんた魔術師なんだろ」
一番筋肉ムキムキのオッサンが「オッサン」と呼んだその先には、茶色い髪がボッサボサで黒いレインコートみたいな服を着た、無精髭が汚い感じのヒョロいオジサンがいた。
その汚い感じのオジサンは目をカッと見開いて、あたしの果物を見つめている。
あたしも絶対にあげないという決意を込めて、オジサンをにらんだ。
「完熟して、漏れた果汁が結晶になったものは、最高級品だ」
オジサンがボソッと出した鑑定にオッサンどもから「おお~」というどよめきの渦が発生する。
「王宮に売れば、かなりの額になるだろう」
あたしの「あげない」という決意は揺らいだ。いとも簡単に揺らいだ。
か、かなりの額って、どんくらい? って聞こうとしたら、オジサンは急にあたしに向かって頭を下げた。
「……頼む。これは俺に売ってもらえないか」
「な、ななな、何で?」
予想外のことを言われてあたしは動揺した。
売るっていくらで? 相場なんてあたしわからないし。
オジサンのボサボサ頭のてっぺんを見ながら、あたしは早く食べとけばよかったと後悔しまくった。
「娘の、目が……見えなくて、これで薬を作れば治るはずなんだ。頼む、売ってくれ」
オジサンは頭を下げたまま動かない。
目の見えない娘……。あれか、「お父ちゃんの顔が見たいよう」っていう、あのパターンか……。
くそっ、そんなお涙ちょうだい路線に騙されるわけが……。
「あいつ、娘がいたのか」
「そういえば何日か前から、凄い形相でダンジョンに入ってたな」
「金を稼ごうとしてたんだな」
「泣かせるじゃねーか」
周囲のオッサン連中のささやきがうるさい。そんな情報はいらない。
「ハルカ、私からもお願いするわ。売ってあげましょう」
「そうだなあ、娘さんが治ったら、ハルカに挨拶に来るぞ、きっと」
サニアさんとカルロさんは速攻で寝返ってしまった。あと挨拶はいらない。
オッサン連中の雰囲気も完全に魔術師オジサン側とみて間違いない。
なんてこった。
「……あたし、果物が食べたくて頑張ったのに」
心の声がポロっと口から出てしまった。
それを聞いた魔術師のオジサンは、「え」という声と共に顔を上げる。
「ああ、……じゃあ俺が、これから毎日、果物をたくさん買ってくる、というのは?」
「え、ほんと?」
オジサンの提案にあたしの気持ちは飛び上がった。
てか果物って売ってんの? この街で? それ早く言ってよ。
無理して採ってきたあたしがバカみたいじゃん。
「たくさんはいらないから、ほどほどでお願い。甘いやつがいい。柑橘系よりもリンゴみたいなのが好き、リンゴでも酸っぱいのや甘くないのは嫌い。どんな果物でもだいたい固めが好き。変なにおいがするのはダメ」
怒涛の勢いで注文を付けたあたしはオジサンに押し付けるように金色のマンゴーを手渡す。
「そんじゃーヨロシクね!」
急いで帰っていく魔術師のオジサンを、満面の笑みで見送ったあたしの背中に、
「ハルカは甘いものが食べたかったんだなあ、何か作ってやろうかな」
っていうカルロさんのつぶやきが聞こえた。
う~ん、やっぱ人のために何かするって、気分がいいな!




