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追加分③ 黒幕はたいてい上にいる

※ハッピーエンド予定です。

 

「失礼いたしますわ、ロザンナ様、レーナ様」


 柔らかい声が聞こえて顔を上げると、ロザンナ様の取り巻きの一人であるエリジーラ様が、ロザンナ様の隣の席に音もなく座られていたの。


「ことの発端は、帰還の指輪のことをロザンナ様とわたくしが話しておりましたのを、ポー様に聞かれてしまったことですわ」

「帰還の指輪?」


 そういえば、イズさんやエンリオ様も同じことを仰っていたわ。

 ロザンナ様は一瞬、厳しい顔をなさったの。


「魔神を倒した後は、その秘宝を使わなければこちらへ帰ってこられないの」


 ……なんてことなの。

 帰れないものだと思っていたのに、そんな裏技があったのね。

 そういう重要な情報って本当に平民には知らされないのね。


 そんな私の心の内を知らないロザンナ様は、扇をパタパタと動かしながら遠くを見ておられたわ。


「フローリアだって、きちんと頼まれていれば断らなかったはずよ。あの家は欲がないのが美徳だと考えている節があるもの。それをあの愚か者が、自分の取り巻きを引き連れて断罪だなんて」

「ええ、あのような方が毒魔法を専門にしているというのは、女性として恐ろしいことですわ。何しろ彼が使ったのは腐食毒という、付いた傷が決して消えないほどの強力なものだったそうですから」


 名前を聞いただけでも恐ろしい毒だわ。

 そんな物をかけられた人はどうなってしまうの。


「その腐食毒のせいで、フローリア様もその指輪も行方知れずになってしまったのですわ」


 エリジーナ様のお優しい声が、私の胸の動悸を不穏に激しくさせたの。

 あの人、こうなることがわかっていて私の名前を騙ったのではないかしら。

 やっぱり彼は疫病神だったんだわ。


「おかげでフローリアのお父様は、大層お怒りのご様子よ。フローリアを探すために懸賞金までかけたんですって。聖魔法の乙女を名指しして、今すぐにでも魔神の住処へ行けと大騒ぎされているそうよ」


 ロザンナ様からの優しくない情報に私の胃はキリキリと痛んだの。


「毒魔の君は王様が庇うでしょうから、どうしてもしわ寄せがレーナ様に行ってしまいますわね」


 エリジーナ様は気遣うような視線を私にくださるの。

 私はその言葉に食らいつくように聞いたわ。


「どうしてイズ……ポー様を王様が庇うんですか?」

「あの方が王様に惚れ薬を提供しているのは周知の事実ですのよ」


 エリジーナ様は小声でつぶやいてうつむかれたの。

 惚れ薬って……。なぜ王様にそんなものが必要なのかしら。王様にはすでにたくさん奥さんがいるのに。

 私が首をかしげていると、ロザンナ様は扇をパチッと閉じて私を指されるの。


「とにかく心づもりはしておいた方が良くってよ。父の見立てでは、おそらく明日か明後日には呼ばれるだろうということですわ」


 その言葉で死刑宣告を受けたような気分になって、私は動揺してしまったわ。

 ロザンナ様はそんな私をチラリとご覧になり、長いため息をつかれたの。


「まったく、わたくしは魔法学院の成績優秀者ですのに、なぜあんな下らない男に振り回されなければならないのかしら」

「ロザンナ様は、今回のフローリア様に対する王族のなさりようを気にしておられるのでしょう」

「わかっているわよ、そんなこと」


 エリジーラ様の言葉にロザンナ様は目を伏せられて、頬を少し膨らませたの。

 それは私が自分の境遇も忘れて、かわいいなあって見とれてしまったくらいだったのよ。


 こんな時でなかったら、きっと私はお友達になれたような気分になってしまっていたのでしょうね。



 *********



 ロザンナ様のお迎えが来たことによって話し合いはお開きになり、私は一人学食へ向かったの。

 夜は他の学生がいなくていいわ。職員の方や先生方と出会ってしまうという気まずさはあるけれど。


 何も考えずに無心で食べていたら、私の目の前に追加のパンが差し出されていたのよ。

 顔を上げるといつも食堂にいるパン職人の方が立っていたわ。


「元気がないみたいだったので……」


 いつも美味しそうに食べているのに、今日は私の目が死んでいるから心配になった、とその人は言ったの。

 素直に嬉しかったわ。


 性格が良くて思いやりもあって。

 パン職人としての腕もいい。

 独身なら言うことなしだわ。


 私が()()()帰って来られるのなら彼にプロポーズでもしているところよ。



 言い寄って来たイズさんは変態で性格が最悪。

 素敵だと思っていたエンリオ様は私のことが好きなわけじゃなかった。


 明日か明後日には死ぬんだと思ったら運命に文句を言う気にもなれないわ。

 食欲はそれなりにあるけれど。


 私は眉根を寄せて無言でパンを食べ続けたの。



 *********



「お迎えに参りました」


 その翌朝、甲冑の兵士が10人くらいで私の部屋の扉を囲んでいたわ。

 思っていたよりも早かったけれど、覚悟は決めているからもういいの。


 逃げたりはしない。

 私には大切に育ててくれたパパやママがいるもの。逃げられないわよ。

 だから黙って言うとおりにするの。


 前に呼ばれた時と同じようにお風呂に入って、服を着替えたわ。

 これから王様にありがたいお言葉を貰って異界へ送られるんですって。


 見張りのようなお付きの人数人を従えて廊下を歩いていると、列の後ろの方から話し声が聞こえてきたの。


「僕、この仕事が終わったら告白しようかなって」

「おいおい、そんなにあの娘が気に入ったのか? 普通じゃねーか」

「控え目なところがいいんですよ」

「まー騎士団とか入ってると、すげぇガンガン来る娘がいるからな」

「そういうのが苦手なんです」

「わからんでもないなあ」


 そう、恋をするっていいわね。

 この仕事が早く終わるといいわね。


 そんなヒソヒソ話が聞こえる状態で廊下を歩いて、ようやく王様に会うための広間に着いたの。


「皆の健闘を祈る」


 要約するとそんな感じの薄っぺらいお言葉をいただいたわ。


 私は跪いた格好をしながらこっそり王様の顔を見たの。

 王様の顔は何というか、笑っているのか機嫌がいいのか、緊張感のない表情をしていたわ。


「そこそこ聖女らしくなったではないか」

「御冗談を。本物である姫様の足元にも及びますまい」


 王様とその隣に立っている人が話しているのが聞こえたの。


 その時、頭の中に突然降りてきたのよ。

「王様は我が娘可愛さに身代わりを立てたのでは?」という声が。


「…………」


 息が詰まるようにのどが締め付けられたわ。

 この場で叫んでやりたくなったくらいに。


 本当の聖魔法の乙女は王女様だったのね。

 子を思う親の心って尊いわね。

 代わりに誰かを殺しても許されるのね、って。



 *********



 私たちはお城の地下にある「転移の間」へ歩いて行ったわ。

 その部屋の中央にある色の違う床に魔力を込めると、魔神のいる異界へ送られるんですって。


「転移の間」の大きくて豪華な扉の前には係の人が何人もいたの。


「一度転移しますと、次に使えるまでしばらくかかりますので、一度に全員乗っていただきます」


 命がかかっているとはとても思えないほどの軽い口調で、係の人は説明したわ。

 そして儀式のように恭しく鍵を開けてゆっくりと扉を開き始めたの。


 こんな部屋になぜ鍵や見張りがいるのかしら。

 誰も好んでここに入る人なんていないはずなのに。


 そんな細かい疑問はいろいろあったのだけど。


 ――ここしかないわ!


 私は扉を開けている人を思いっきり突き飛ばし、持っていた銀のロッドをお付きの人たちに向かって放り投げる。

 そして誰かに止められる前に、真っ先に部屋の中に転がり込んだの。


 さすがに騎士団の人達はこんなことでは驚かなかったようで、もう少しで追いつかれてしまいそうになったわ。


「近寄らないで!」


 私はつかまれないように手をブンブン振り回して叫んだの。

 ヒステリックな女だと思われたのか、彼らは一瞬戸惑ったように動きを止めたわ。

 その隙に私は中央の床に乗ったの。


 一人で行かなきゃいけないのよ。

 他の誰にも付いてこさせるわけにはいかないの。


 だって死ぬのはあなたたちじゃないから。



 *********



 特に何の感覚もなく、気が付いたら真っ暗な場所に立っていたわ。


 暑くも寒くもなくて。

 たまにピチャン、と水が落ちるような音がするの。

 うっすら目が慣れてきて、そっと手を伸ばすとゴツゴツした石の感触がしたわ。


「洞窟……?」


 石の壁を触って、これに沿って歩こうかと思っていた時、低い声が空気を震わせたの。


「一人か」


 威厳を感じる渋くて低い声。


「もうじき誰かが来るとは思っていたが」


 ピチャン、という音が響く。

 私は魔神がそこにいるのだと確信したわ。


「“聖なる明かりよ”」


 青みがかった白い光が指先から生まれて、私の近くにフワフワと浮いたの。

 私にとってはあまり使うことのない魔法だったけれど、こういう時は便利ね。

 そして私は魔神のいる方を向いたの。


「眩しいな」


 そこには嫌そうに顔をしかめる、赤黒い髪を長く伸ばした男の姿があったわ。

 顔立ちは整っているけれど、虚ろな瞳がどこか人間離れしたものを感じさせるの。


「……人間?」

「この体はそうだな」


 岩壁を背にして立っている男は、その真っ赤な瞳を私に向けている。


「一人で来たのは正解だ。殺す手間が省ける」


 そう言われただけなのに強い圧力が全身を押し潰してきて、私はたまらず膝をついたの。


 想像以上の圧迫感と恐怖を感じる。

 たぶん一緒に行く予定だった全員がここにいたとしても勝てないわ。


 私は平民だからダンジョン実習に行かなくていいと言われて、実戦を一度も経験していないの。

 それにこの魔法は戦闘向きじゃないから。


 でも、そんなの全部言い訳よ。


 勉強も魔法も、卒業するために頑張っただけ。

 それで身を立てようと思えばいくらでも努力できるところはあったの。


 パン屋の夢だって、パパとママが女の子には無理だと反対するのを鵜呑みにして、自分でパンを作ったことがなかったわ。

 パパのお店を継ぎたいと言うのなら、自分で作れなきゃいけなかったのに。


 私には何もないけれど。

 でも、こんな命でも懸けないといけないのよ。

 どうせ死んでしまうのなら、最後に一つだけ。


「お願いがあります!」


 声が裏返ってしまったけれど、私は思いっきり叫んだの。


「…………」


 魔神の人は赤く濁った目で私を見下ろしていたわ。


「命乞いなら」

「この命と引き換えに、お願いがあります!」


 私は焦りすぎて、魔神の人が何か言いかけていたのに被せるようにもう一度叫んでしまったの。


「…………」


 変な感じの沈黙が場に漂うのを感じるわ。


「余も神の端くれである。聞くだけ聞こう」


 私は背筋を伸ばして、魔神の人のどんよりした目を見つめたの。


「この国の王様を殺してほしいのです」


 私が聖魔法を持って生まれたのは偶然だわ。そして王様の都合でそれが必要になったのもたぶん偶然なのよ。


 それでも私にとってすべての元凶は王様なの。


 私が王様の希望通りに死ぬのなら、王様がその報いを受けて死ぬことだってあってもいいじゃない。

 自分の敵討ちまで他人の力を借りなければいけないのは情けないけれど、私にはもうこれくらいしかできないの。


「…………」


 また変な沈黙が漂っているわ。

 私何か変なことを言ったのかしら。


「それは余の目的の一つでもあるのだが」

「あ」


 そういえば、王家は魔神の怒りを買ったとか昔聞いたような気がするわ。

 うわっ私恥ずかしい人になっているじゃない。


「……余もそうだが、この体もな」


 恐る恐る魔神の人の様子を見ると、特に私を馬鹿にする様子はなくて、どことなく暗い顔をしているの。

 さっきからやたらと「この体」と言っているけれど、魔神は誰かの体に入っているという意味なのかしら。


「何も知らずに死ぬのも業腹であろう」


 魔神の人は無表情のまま昔話をしてくれたの。



 =========

 この国の王家がこの地に城を築いたのは100年以上前のことだ。

 元々この国の王城は違う場所にあった。

 この地に城を建てることになった経緯は知らぬ。


 神は肉体を持たぬ存在である。

 神の住処は異界にあり、基本的にそこから出ることはない。


 だが余が魔王と呼ばれていた頃はまだ肉体があり、そしてこの地に住んでいた。

 500年ほど前に余が神となってからも、この地は余の異界とつながっていたのだ。

 そのつながりのある地の上に目障りな建物があることを知って、余は警告のために降臨したのである。


 肉体を持たぬゆえ、余はこの城に住む者の体を借りた。

 王子と呼ばれる国王の子であった。


 それを知って、この体の姉と名乗る女が余をこの体から追い出そうとしてきたが、神たる力を持つ余の敵ではなかった。

 次にその女は余に対して封印術をかけた。


 聖魔法の封印術には余にも抗えぬ部分がある。


 その結果、余はこの「人間の体」に封印されることとなった。

 そしてこの「人間の体」には、余の持つ異界から出ることができぬという制約が付与されたのだ。


 おそらく女は余を異界に封じようとしたのであろう。

 だがあの女の意図せぬ形で封印術は成った。

 この体はあの女の封印術が失敗したという証明だ。


 あの女は後悔しているようだったな。

 必ずこの体を取り戻すと何度も言っていた。


 無駄なことを。

 たとえ取り戻せたとしても、この体の中には国王とその周囲に対する恨みしか残っていないのだから。


 余も暇に飽かせてこの男の恨み言を聞いた。

 この男は国王とその妻子から迫害を受けていたらしい。

 国王の子ではあったが妻の子ではなかったゆえ、その者らから命を狙われていたそうだ。


 人の国の玉座に命を懸けるほどの価値があるのかは別として、魔物よりも愚かな連中だと余は感じ入ったぞ。


 当時の国王はこの男が力を得たと思ったのであろう。何度もここへ討伐隊を送ってきた。死体が増えるばかりだったが。


 そのうちに聖女なるものがここへ来るようになった。

 余に封印術を使った忌々しいあの女と同じ魔法を使う者だ。


 そういえば、ここへ来た者共は余を見ると皆同じ名を口にしていたな。

「建国王」と。

 =========



 建国王……小さい頃、街の学校でそんなことを習ったかもしれない。

 魔法学院にも肖像画があったような気がするわ。試験や勉強に必死で全然覚えていないけど。


 この魔神を体に封印された人は、建国王にそっくりだったっていうことかしら。

 それなら玉座をめぐる陰謀に巻き込まれるのも当然だわ。

 腹違いの兄弟から見ればこれほど邪魔になる人はいない。なにしろ外見だけで正統性を主張できるもの。


 それから、さっきこの人『聖女』と言っていたわ。

 読んだ資料の聖魔法の乙女のことよね。


「ここに来た聖女様とは戦わなかったのですか?」

「戦いにならぬ。余が殺すだけよ」


 魔神の人は気だるげに私を見ると、人差し指を少し動かしたの。


「!」


 空気がピリッとして、私の手の甲にはパックリと傷が口を開けていたわ。

 あんなちょっとの動作だけでこんな攻撃ができるなんて、そんなの卑怯よ!


「いたっ、痛い痛い! “聖なる浄化を”」


 私は慌てて呪文を唱えたわ。

 傷が消えていくのを確認して、心からホッとしたの。


「やはりお前たちには効きが悪いな」


 魔神の人はすごく嫌そうな顔をしていたわ。


「それゆえ、まず周りにいる武器を持った連中を一番に殺す。そうすれば残った聖女は勝手に帰っていく。帰る道を残してやっているのだから文句を言われる筋合いはないぞ」

「帰る道……」


 魔神の人が指さした先には転移の間と同じ床ががあったの。あれを使えば戻れるみたい。

 でも帰ってきた聖魔法の乙女はみんな気が触れて死んだのよね。


「帰る前に気が狂う魔法をかけるんでしょう?」

「そんなことをする必要がどこにある。それに余とお前たちの相性は悪い。かけたとしても効果は五分五分だ」


 では周りの人が殺されてしまったのがショックで気が触れたのかしら。

 自分だけ助かるのは寝覚めが悪いもの。


 ……もしくは、建国王にそっくりな男を見たと言って王様に殺された。

 それが一番ありそうで、嫌だわ。


「どうであろうとこれで最後だ」


 魔神の人は地の底から聞こえてきそうな不気味な笑い声を出したの。


「この人間の体はもう保たぬ。その前に必ずお前たちが来るだろうと思っていた。これほど都合のいい人間が来るとは余も想定していなかったが」


 その赤い瞳を大きく見開いて、魔神の人は蔑むような冷たい笑みを浮かべる。


「命と引き換えにと言ったな、娘。今すぐこの身の制約を解いてみせよ。望み通り国王を殺してやろう」


 封印に付与された制約だけを解く。それなら私でもできるわ。

 そうすれば魔神はここから出て行けるのね。

 

 それが私の、最後にやること……。


 魔神の人に向けて手をかざす。

 かすかに古い聖魔法の気配がしている。

 私は自分の魔力がそこへ届くように集中したの。


「“聖なる……力よ”」


 小さな呪文の声に反応するように、聖魔法の制約が霧となって魔神の人の体から出ていくのが見えたわ。


 その霧が晴れ切らないうちに、圧倒的な魔力を放つ魔神の人が私に向かって指を弾いたの。


「余は魔に属するものの神である。人を憎んでいるわけではない。だが余の地に城を建て、余に不自由を強いた者共に情けをかける理由もないのだ」


 その言葉が終わる瞬間に。

 私の胸には大きな黒い穴が開いていたのよ。


 何も考えることはできなかったわ。


「……やはりお前には効きが悪い」


 暗転した世界の中で低い声が響いていたの。












ゲーム的にはキーキャラの好感度を上げておくと魔神が倒せるようになる……

って感じの設定じゃないとおかしい強さになってしまいました。

レーナは何のイベントもこなしてないからこうなったということで。

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