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追加分② 平民にはわからないことが多すぎて

 

 それから、私はエンリオ様と一緒にいることが増えていったの。

 毎日のように一緒に勉強したり、魔法についてお話をしたわ。


 エンリオ様は私が一生懸命勉強をしているところを見て、努力する姿に魅力を感じたと言ってくださったわ。

 魔法の属性などではなく努力を見てくれていたことが嬉しくて、私はますます彼に惹かれてしまったの。


 でも私はその時、大抵の貴族の子女には婚約者がいるということを知らなかったのよ。





「まあ、あきれたわ。あなた、ご存じではありませんの?」


 その目立つ金髪縦ロールのお嬢様は、扇で口元を隠して笑っておられたわ。


「エンリオ殿は、エル家のご息女と婚約されていましたけれど、あなたのせいでその方は亡くなられたそうですわよ」

「ええっ……」


 婚約者がいたことも、エル家とかいう貴族のことも、誰も教えてはくれないのに、その婚約者が亡くなったことは教えてくれるのね。

 私は金髪縦ロールのお嬢様が悪意を持っているんじゃないかと疑ったわ。

 それでも、私は聞かなければならなかったの。


「私のせいというのは」

「彼女の遺書が残されていたそうよ。エンリオ殿から婚約解消されたから死ぬ、という遺書が」


 まさか、彼がそんなことをしていたなんて。

 私が動揺しているのを縦ロールお嬢様は楽しそうに目を細めてご覧になったわ。


「彼はあなたのことが好きになったから、婚約者を捨てたのでしょう」

「そんな……。私、平民だから、エンリオ様とは、……無理です」

「ふうん」


 縦ロール様は含みのある口調でつぶやかれると、私をジロジロ眺めていらしたの。


「そっちの野心はなかったというわけね」


 そっちってどっち? 貴族の人の言葉はいつも分からないわ。


「あの……?」

「もう話すことはなくてよ」


 彼女はクルリと素早く体の向きを変えて、私の方へ扇をひらひらと振って見せるの。


「せいぜい努力なさって。エンリオ殿にふさわしいように」


 最初から釣り合うなんて思ってもいないのに、なぜ努力をしろと仰るのかしら。

 本当に、貴族の人の言葉は分からないわ……。



「婚約は解消したよ」


 晴れ晴れとした青い瞳をしてエンリオ様が私にそう仰ったのは、それからすぐ後のことだったの。


「これでずっと君と一緒にいられる」

「でもエンリオ様、私はあなたとは身分が違って」

「そんなの関係ないよ。俺は君以外と結婚する気はないから……あ、これは少し早かったかな」


 言ってしまった、と恥ずかしそうにしているエンリオ様はとても可愛らしくて、私の胸はキュンキュンしてしまったのだけれど、婚約者の方が亡くなったことを聞いてしまった後では素直に喜ぶことはできなかったわ。


 エンリオ様の中で、そのご令嬢はどんな存在なの?

 簡単に忘れて、そして笑ってしまうの?


 そんなことは聞けなかったわ。

 彼が悲しんでいても悲しんでいなくても、私は気になってしまうから。



 あの縦ロールの方のお名前はロザンナ様といって、とても身分の高い貴族のご令嬢だということを私は後になってから知ったわ。



*********



 それはある日のことだった。

 私は王宮から来たというお役人に、いきなりお城まで連れて行かれたの。


 お城に行くことは聞かされていなかったから自分が今どこにいるのかもわからなくて、せっかくのお城を全然見ることができなかったわ。

 普通に招待してくれれば、王様のお城に行ったのよってパパやママに自慢できたのに。


 そしていきなりお風呂に入れられて服を着替えさせられたの。

 私が受け身なのは仕方がないわ。流れ作業のようにあっちへこっちへと連れて行かれて、重たくてきつい衣装を着せられた上にお化粧までされたのよ。

 普通のご令嬢であれば当たり前のことなのかもしれないけれど、何も知らされていない私にとっては本当に不安で不安で仕方がなかったんだから。


 そして見たこともないような大きな広い会場に連れていかれて、真ん中の開いているところに引き出されたの。

 もうこれは絶対ダメだと思ったわ。私はみんなの前でバカにされるんだって。

 会場の人たちがジロジロと刺すような視線で私を見ているんだもの。似合わない服を着てるって言われているんだわ。


 そんなことを考えていたら、いきなりこう言われたのよ。


「国王の名を持って、このレーナに、「聖魔法の乙女」の称号を与える」


 この人(王様)なに言ってるのよぉぉぉぉ。


 ずっと頭を下げているようにと係の人に言われていたから、私は待ったをかけることもできなかったの。


 こんなことってあり得るのかしら。

 いくら聖魔法を持っているからって。

 普通は貴族とかその関係者が、こういう称号を貰っているのでは……。


「魔神の討伐に加わり、立派に役目を果たすことを期待している」


 王様の側にいる人に銀色のロッドを手渡されてその言葉を聞いた時、私はこの称号が自分を死地に向かわせるためのものだということに、ようやく気付いたの。


 たしか聖魔法の乙女の称号を受けた女性は王族と同等に扱われる。そういう特権と引き換えに、王家のために魔神を倒すことを義務付けられるのよ。

 魔神と戦って勝つためには聖魔法が絶対に必要だから。



*********



 非公式の「聖魔法の乙女認定式」が慌ただしく終わり、用済みとばかりに学院に戻されてから私は図書室にこもったわ。

 公的な記録が収めてある棚を探し、魔神や聖魔法の乙女の記録を読み漁ったの。


 私の前にこの称号を得た女性は三人いたらしいのよ。調べてみたら全員貴族の令嬢なのね。

 でもその全員が魔神を倒せずに逃げ帰ってきたみたい。

 そして帰ってきた令嬢は全員気が触れて死んでしまったと。


 全員死んでいるなんて……。

 ちょっと怖いわ。


 ――もしかしたら。

 例えば、現在聖魔法を持っている貴族の令嬢がどこかにいて、その人が聖魔法の乙女にふさわしいとするでしょ。

 でもその令嬢、もしくはその親が「死ぬのは嫌だから聖魔法の乙女にはなりたくない」と、思ったとしたら?

 その人自身が今より権力を持つ必要がないなら、称号をもらっても得することはないわ。

 それくらいのいい家のお嬢さんであれば、その親だって王様を動かすくらいの力を持っているはずだし。


 ……だから私のような平民の娘が、その身代わりに称号を受けることになったんじゃないの?

 王族の権力なんて私がいきなり使えるわけがないもの。

 後ろ盾とか、功績とか、カリスマとか、そういうものがないと他人が従ってくれるわけがないんだから。

 王族にとっては逆に安心というものだわ。



 魔神を倒せなければ魔神に殺される。

 魔神を倒したとしても異界の崩壊に巻き込まれる。

 倒さずに帰ってきても気が触れて死ぬ。



 どぅおーすればいいのよぉー!

 王家のために死ねというの、この罪なき平民に!

 そんなことが、そんなことがッ!



「レーナ」


 心の中で大暴れしていた私を呼んだのはエンリオ様だった。


「エンリオ様」

「レーナ、聞きたいことがあるんだ。君はあの称号を得ることを事前に知っていたのか」


 どことなく固い口調のエンリオ様に違和感を覚えながら、私は首を横に振ったわ。


「知っていたなら、お城には行きませんでした」

「そう……か。やっぱりな」


 エンリオ様は悔しそうに唇を噛みしめる。あんまり噛むと唇が赤くなって女の子みたいになるのに……。


「イズーンの奴が……君の名を騙って、公爵令嬢フローリア様に毒をかけたらしい」

「え? えええ?」


 私はパニックを起こしそうになったわ。

 公爵? 公爵って王様と親戚みたいな人達よね? 雲の上過ぎてよくわからないわ。

 でももし私が公爵令嬢にそんなことをしたら、しがないうちのパン屋は間違いなく潰されるじゃない。


 ああ、私の夢が。パパのお店を継ぐというごく普通の夢が、こんなに儚いなんて――。


「……どうしてそんなことに? 何かご存知なのですか、エンリオ様」


 血の気を失った私に、エンリオ様は気の毒そうな顔をされるの。

 気の毒というか客観的に見たら私本当にかわいそうな人なのよ。

 何で私の名前がそこに出てくるのか全く分からないわ。

 これはもしかしてイジメなの? 嫌がらせが新たな段階に入ったと見るべきなの?


「詳しいことはわからないが、イズーンは君のためにやったと言っている」

「そう、ですか……」


 全然私のためになっていないのがあの人らしいわ。


 イズさん……イズーン・ポー様は毒魔法を持っていて、女子生徒の間では毒魔の君と呼ばれて大変な人気があるの。

 毒魔法というのは非常に珍しい魔法で、魔力で毒を生成するというものなんですって。

 痺れるだけのものや確実に命を奪うもの、中には惚れさせる毒というのもあるらしいの。でもそれって毒と言えるのかしら?


 いずれにしてもそんなものが出回ったら大変なことになるはずなのに、彼はお咎めを受けていないの。

 それは家柄がいいという理由もあるけれど、滅多に人に渡すことがないからだそうよ。

 噂では一緒にベッドに入った女性にしか売らないとか。

 ちなみに彼の作る毒は自分自身には効かないの。腹が立つわね。


 そんな人が作った毒を公爵令嬢にかけるなんて。

 そしてそれを私のせいにするなんて。

 私はうつむいてゴリゴリ歯ぎしりし、イズさんを問い詰めなければならないと心に決めたの。


「……あのスケベシラガ……」

「レーナ?」

「いいえ、エンリオ様、何でもありません」


 心配そうに私を見つめるエンリオ様にぎこちなく笑ってみせて、私は図書室を出て行こうとしたわ。

 でも、出ていけなかった。

 そこにはスケ……じゃなかった、当のイズさんがいたから。


「やあ、子猫ちゃん。聖魔法の乙女になったんだって? おめでとう」


 あまりおめでたく思っていない口調で言われて、私は思わず後ずさったの。なんだか殺気のようなものを感じて。


「そんなに怖がらなくていいよ。そこのエンリオから何か聞いたんだろ? 誤解だよ、ボクほど君のことを心配している人間はいないのに」


 それが嘘だとわかっているのに、ギラギラ光る目や笑うように横に伸びた唇が怖くて、私は動けなくなってしまった。

 美形な顔ほど歪んだら怖いんだわ。


「フローリアは指輪を渡さなかったよ。あの指輪は本人が外そうと思わなければ外れないんだそうだ。強情な女だったな」

「お前は昔、フローリア様に振られたことを根に持っているだけだろう」


 エンリオ様が蔑むようにイズさんをご覧になると、イズさんは恐ろしい形相になったの。


「振られてなどいない! あんな家柄を鼻にかける傲慢な女、こっちから願い下げだ。今回のことは当然の報いだろ」


 家柄を鼻にかけているのは、あなたなのでは……。

 食ってかかるイズさんの様子を見て、私は却って彼が振られたのを確信したわ。


『はっきり嫌だと返事をしたら、ムキになる』


 私はママがいつか言っていたことを思い出していたの。

 あれは本当だったのね。


 それにしても、指輪って何のことかしら。


「あんな指輪より、もっといい指輪があるんだ。レーナ、こっちに来てくれたら君にあげるよ」


 イズさんは前にも見たような、歪んだ笑顔をしていたわ。


「え、えっと、私……」

「レーナ、聞いたらダメだ。こいつが持っている指輪なんてろくなものじゃない」


 エンリオ様が私の腕を強くつかんで仰るの。

 それは私もそう思っているけれど。

 口に出したらめんどくさいことになってしまうから、気を使っているのに。


「ほら、これだよ」


 イズさんが差し出した指輪には、大きな黄色い石がはめ込まれている。


「これは帰還の指輪って言う」

「嘘をつけ。帰還の指輪は赤い石だろう」


 食い気味に否定するエンリオ様を、イズさんはバカにするように鼻で笑ったの。


「それは魔神の作った秘宝のほうだろ。これは王宮の魔術師たちが作った新しいものだ」

「そんなものがあるなんて聞いてないぞ」

「君んとこは情報が古いんじゃないのかな」


 彼らが収拾がつかなくなりそうな言い合いを始めた時、意外な人がイズさんの後ろから現れたのよ。

 それは金髪縦ロールのロザンナ様だったの。


「おやめなさい。イズーン殿、わたくしたちの話を盗み聞きしていたそうね」


 ロザンナ様は怒っておられるように見えたわ。

 イズさんはそんなロザンナ様を、どこか斜めに見ているようだった。


「へえ……君とフローリアは同じ公爵家同士でいがみ合ってるんじゃなかったのかい。感謝してくれてもいいくらいなんだけど」

「まあ、あなた方と一緒にしないでくださる?」


 ロザンナ様は扇を出して口元を隠されたの。でもその眉毛が跳ね上がっていて、怒っておられるのは隠しようがなかったわ。


「まったく、あなたも男運のない人ですこと」


 なぜかロザンナ様の視線が突然私に向けられて、私は驚いてしまったの。


「あの黄色い石の指輪は、危険なものだと聞いたことがありますわ。一定時間、他人を言いなりにできるとか」

「えっ……」


 私はザワッと鳥肌が立つのを感じたの。

 なんて恐ろしいものをさりげなく持っているのよ!!


「魔神の遺物の一つですわ。どうやって手に入れたのか知りませんけれど、使用は禁止されていたはず。あなた一人の責任では済まないのではなくて?」

「いちいちうるさいな」


 イズさんはロザンナ様をにらみ付けたまま、前髪をかき上げる。


「どうせ彼女はすぐに魔神の元へ送られるんだ、その前に少しくらい楽しんだっていいじゃないか。ボクがずっと目を付けていたのに」

「バカなことを言うな」


 エンリオ様がイズさんの胸ぐらをつかんでおられたわ。


「さっきから聞いていれば、君は女性を物か何かとでも」

「あなたも大概でしてよ、エンリオ殿」


 ロザンナ様は深いため息をつかれて、私の肩に扇をお乗せになったの。

 扇の重さだけではない圧力のようなものを感じたわ。


「ちょっとよろしいかしら、レーナ」


 その一言だけで、なぜか私は拒否することができなくなってしまったの。この人も何か不思議な道具を持っているのかと思ったくらいよ。


 図書室から連れ出された私は、学院の応接間のようなところに移動していたの。

 ロザンナ様はお一人でいらしたのかと思っていたけれど、移動中にチラチラと別の女性が見えていたから、そばに誰かが控えているのが私にもわかったわ。

 お嬢様というのは一人でウロウロしないものなのね。




「あなた、気付いていらっしゃる?」


 席についてすぐ、時間を計ったように出されるお茶。

 それを流れるような動きで一口召し上がると、ロザンナ様は物憂げにカップを置かれたの。


「あの二人はあなたを取り合っているのではないわ。二人の親は侯爵家同士で役職を争ったり、権益を奪い合ったりしている犬猿の仲なのよ。だからその息子も何かにつけてお互いに張り合おうとするの。今はその対象があなただというだけ。思い上がったりしないことね」


 そうだったの……。

 エンリオ様のお心は、私にはなかったのね。

 なんだか少し寂しいわ。


「まああなたがそれでいい気になっているようなら、黙っていましたけれど。でも何もわかっていない田舎者を口実に使うやり方は、見ていられませんわ」


 私の街は王都から馬車で半日くらいだから田舎じゃないわ。

 でもロザンナ様の仰りたいことはたぶんそういうことではなくて。


 私が何にもわかっていないと、仰りたいのね。




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