後輩の願いとレフラの決意
Dear ハルカパイセン
アチシがパイセンと出会ったのは、アチシが高校に入学してすぐくらいの時でしたね。
アチシは重度のゲームオタクで、生身の人間とコミュニケーションをとることが難しいタイプでした。だから新入生ばかりのクラスの中でも友達が作れず、アチシは浮いていました。
そうなると当然いじめの標的になるわけで、アチシはずっとクラスの意地悪な女子数人から、からかわれたり机を蹴られたりしていました。
つらいっていうか、アチシはずっとこんな感じだったので、ここでもそうなんだなと、人生が嫌になったくらいっす。
ある日いつものように意地悪な女子に罵倒されていると、パイセンがいきなり現れて、アチシに悪口を言っていた女子を吹っ飛ばしました。
人があんな風にぶっ飛んでいくのを見たのは初めてだったので、アチシはなんだかすごく興奮したのを覚えてるっす。
「あんたも言い返しな」
女子数人を一瞬で屍に変えたパイセンが、そんなセリフを言って悠々と去って行く姿は、まるでゲームのヒーローのようでした。
アチシはその時、落とされてしまったんすよ。
パイセンに一生付いていこうと思ったんすよ。
パイセン、何でアチシの部屋で倒れるんすかあー。
救急車を呼んだら、頭に殴られた跡があったとかで、警察まで来たんすよおー。
そんでその後、親に連絡が行って、田舎から両親そろってアチシの部屋に来たんすよおー。
ただでさえ狭い部屋に警察が5人くらい来ているのに、両親まで来て、アチシの部屋はもう足の踏み場も……いや、それはそんなに問題じゃなかったっす。
何が問題って、両親にあのゲーム部屋を見られてしまったことっすよ。
もうメチャクチャ怒られました。
部屋も引き払うって言われたんすよ。
そこまで言われちゃあアチシも本気を出さざるを得なかったっす。
アチシは久しぶりに本気で土下座をして、もしパイセンがこのまま亡くなってしまったら、この部屋を引き払ってゲームをやめると誓ったんす。
だからパイセン、早く目を覚ましてくださいよ。
追伸
パイセンの病院の面会時間に行くと、いつも同じ男子高校生がいるんすけど、あれパイセンの知り合いっすか?
上級高校の制服着てる、目つきの悪い奴っす。
パイセンのことをにらみ殺す勢いで見てたんで、看護師さんに「あいつヤバくないっすか」とか「あいつ出禁にできないっすか」って言ってみたんすけど、看護師さんたちはみんな「まあまあ」しか言わないんすよ。
何なんすかね。アチシ怖いっすよ。
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あたしは薄暗い場所にいた。レフラと向かい合う感じで、やわらかい床に直接座っている。
「え、ここどこ?」
「ハルカさんが来てから、わたしがずっといる場所です。呼んでしまって申し訳ありません」
顔色の悪いレフラは、眉毛を八の字に下げながらうつむいた。
「え、あんた死んだんじゃなかったの?」
死んだレフラの体を乗っ取ってしまったと思ってたのに、生きてたんだ。じゃあどうしてあたしがあたしとして活動できてんだろ。
「わたし、怖くて、薬を全部飲まなかったんです」
レフラはますます深くうつむいて、顔がほとんど見えなくなった。
「死にたくて、死ぬより他に道はなかったのに、それでも怖くて、半分くらい吐き出してしまったんです」
「まあ、それは仕方ないんじゃね?」
なんだかんだ言っても人間も動物なんだから、本能では生きようとするらしいし。飛び降りて死のうと思ってたけど怖くてやめたー、とかよくある話だし。
「わたし、知っていたんです。レダカがジェールを引き込んだことも、ジェールがわたしのことをレダカに言っていることも」
レフラはグズグズと鼻をすする。
「ガビラがあんな感じだから、お父様もお母様も、わたしにはとても冷たかった。皆がわたしのことを監視していて、意地悪をするために報告しているとしか、思えなくて」
お貴族様の子に生まれてもそれなりに嫌なことはあるらしい。金持ちだからいいとは限らないってことか。
「えーとほら、貴族って周りに人いっぱいいるから、どうしてもそうなるんじゃねーの」
「でも、まさか、殺したいとまで思われていたなんて」
あたしはレフラのウジウジさ加減に、だんだん腹が立ってきた。
「死にたいって言って、薬を飲んだのはあんたでしょうが。その時点であんたの負けだよ」
けっこう強めに言ってから、あたしはやってしまったと反省した。でもレフラはぽかんとした顔をしている。
聞こえてなかったんだな。ヨシ無問題。
「わたしはずっと負けています」
レフラは小さな声でつぶやいた。
あ、やっぱ聞こえてたか……。
「他人に勝ったことがありません。というよりも、負けを期待されていると感じてしまいます。わたしは、そのための存在なんです」
少しだけ見えたレフラの顔は無表情というか、それ以上彼女が何か言うのは危険な感じの、抑えに抑えた表情になっていた。
あたしはなんとなく背筋が寒くなるのを感じて、彼女が発言するのを止めようとした。
でも遅かった。
「わたし、一生懸命慣れないお茶会に出たり、話を合わせようとして演劇を見に行ったりしました。でも、それなりにお付き合いしてきたお友達にすら、悲しんでもらえないんです。それはつまり、わたしが一生懸命やってきたことは、意味がなかったばかりか、彼女たちには滑稽に見えていたということですよね」
「考えすぎだって」
どんどん思考のどん底に落ちていく勢いのレフラを止めようとしたけど、あたしの口先だけの言葉では無理だった。
彼女はうつむいたまま首を横に振る。
「でも、私も悪かったんです。わたしは負けることに慣れて、自分にとってより安全に負ける方を選ぶようになりました。他人から見て少しはマシな負け方を選ぶようになっていきました。……負けることに、変わりはないのに」
何かわけのわからんことを言い出したぞ。メンヘラはこれだから怖いんだよ。
レフラが息継ぎするたびにヒューって音がするから、あたしはいつ彼女が過呼吸を起こすのかと、気が気じゃなかった。
「だから、今のこの判断も、安全な負けを選んでいるのかもしれません。……それでも」
レフラは顔を上げた。
目が血走っている。
あたしは鳥肌が立つくらい怖かった。
この距離で刺されたら確実に死ぬ……。
「ハルカさん、あなたの代わりに、わたしが食堂で働きます」
「は?」
凄い顔をして何でもないようなことを言われた。
お嬢様にとって働くってのは、そんなに悲壮感漂うもんなのか。
ちょっと下ごしらえしたり料理運ぶだけじゃん。メニューは日替わりしかないから、注文取らなくていいし。あ、あとは皿洗いとかあるけど、そんな大変じゃないし……。
「だからあなたは、帰っても大丈夫です」
「……えっ」
レフラはあたしの指にいつの間にかはまっていた指輪に手を添える。
「ハルカさんは、聞いていたじゃないですか。この指輪は別の世界にも帰れるって」
「あ、うん」
「ハルカさんが喜んでいたのは、ハルカさんが、別の世界から、来たからですよね」
「ああ……そう、そうだけど」
改めて言われると、なんか小っ恥ずかしい。「別の世界」だって。あたしが聞く方の立場だったら「うわあ」って言っちゃうやつだよ。
「わたし、変わりたいんです。でも、全部変わるのは、たぶん無理です。だから、あなたを利用するようで申し訳ないのですけど、わたしが、ハルカさんとして、生きていっても……」
レフラは眉毛を下げたまま、いつの間にか涙を流していた。流れ落ちた涙があごを伝って、何粒も床に落ちていく。
「……生きても、いいでしょうか」
「そりゃ別にいいけど」
あたしとしてもいきなり消えるのは、カルロさんたちに対する不義理だと思っていた。その点だけは気になってたから、レフラの申し出は正直ありがたい。
ただ問題は、レフラの姿のまま向こうに帰ってしまうかもとか、あたしの体はどうなってるんだろうとか……。
「じゃあ、指輪使いますね」
油断してたわけじゃないけど、あたしの心の準備がまだだってのに、レフラは指輪を触ったままいきなり魔力を出し始めたのだ。
「えっ、ちょ、ま、あんた何してんだ、ええー?」
「わたし、頑張りますから。安心してください」
「ちげーよ!」
レフラの手を振り払って、あたしは立ち上がった。
「そんな顔して頑張りますとか言われても、安心なんかできるか! 全力で笑ってみせろ!!」
怒鳴りつけてしまってから、あたしはすぐに後悔した。でもレフラは言われたことが分かったみたいで、口角だけを少し上げて、中途半端に笑った。
全力でこれかあ……。
「笑顔、練習しなよ。眉毛下がってるから」
「はい、ハ……、……で……」
急に声が遠くなって、レフラの姿が霧の中にいるみたいにぼやけていく。
向こうで意識を失った時と同じ感覚だった。




