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水脈

集落の人たちと一緒に水場に向かいながら、わたしの脳裏には、あの呪われた土塁の影が浮かんでいた。


イッシキは、考えを巡らせる。


拠点の中を整えていくのは、外からは分からない。

洞窟や大渓谷の探索も、問題ない。

集めた素材で道具を作るってのも、秘密のうちに進められる。


ただ、問題は農地。それに木材。

畑にしても、木を育てるにしても、この辺りの地形は基本的にフラットな荒れ地。ちょっとした丘や崖に上がるだけで、相当遠くまで見渡せてしまう。

雑草さえほとんど生えていないから、広い畑や大きな樹木の緑は、かなり目立つはず。


魔獣や怪物相手なら、集落の周囲を土や石の壁で囲ってしまってもいい。

どちらにしろ、農地が増えたら、獣除けの意味でも作ることになっちゃうか。


ただ、いくら頑丈な防壁を作っても、戦いに慣れた人間を敵に回して守備をするには、かなりの準備が必要ってのは思い知らされてる。

集落の外での生活もあるからあまり出入りは不便にできないし、建物自体で目立ってしまっては、過去の失敗の二の舞。


やっぱり、盗賊団を相手に、集落を守りながら戦うなんて策は取れない。城壁都市みたいなのは、中には生産拠点がなくて、外から物資の供給があるような条件じゃないと成り立たない。


まずは、情報がいる。

この集落とあの連中との、距離。

こちらに気づく可能性。

途中の地形。


わたしたちが時間をかけて作業をすれば、地形を変えるレベルのことだってできる。

大渓谷の話をアインは冗談だと思ったかもしれないけど、ほかに方法がなかったら、こちら側に来る気が失せるような崖や裂け目を作り出したっていいのだ。


なにしろ、偵察に行く必要があるってこと。


◇◇◇◇◇



アインとイッシキは、集落の人間を連れて、洞窟を抜けていく。


最初にアインが洞窟の探索をしたときにも同行してもらったメンバーで、背の高い方から、エイグ、ビータ、シームルグの三人だ。

夜の見回りなんかをしている、氏族の中では力自慢の面子。十代の後半で、全員妻子持ちだ。

ゾンビなら怪我無く倒せるし、スケルトンも投石でけん制して逃げるくらいはできる。


前に探索に来た時には、枝分かれが無数にあって、松明の光もなかなか届かない複雑な地形だったのを、今は遊歩道のように整備してある。水場まで道に迷う心配はない。

魔物が潜みそうな暗がりもできるだけ埋めてあり、不意打ちさえ食らわなければ危険も少ないはずだ。


エイグ達は、洞窟に入ったところから感嘆の声を幾度となく上げている。


このような道を、2人だけで…


大渓谷の水場まで一時間ほどでたどり着き、目の前の水がどれだけでも汲み上げられると分かった時には、夢でも見ているような顔になっていた。


彼らは、魔獣の内臓から作った水袋を幾つか用意してきている。

今までならば、時折降る雨を、穴を掘って粘土で固めた貯水池に集め、それを少しずつ使っていた。

しばらく雨が降らずに貯水池が枯れると、サボテンを収穫してきて絞ったり、わずかに湿り気のある低地まで行って、わずかだが水を集められる仕掛けを置いたりしていた。

日常的に豊富な清水が得られるとなれば、どれほど渇きから救われるか。


ビータが、流れに手を浸したまましゃがみ込んで動かない。

シームルグも、手ですくって水を飲んだ後、黙ったまま上を見ている。いや、目を閉じているようだ。

エイグが、アインの前にひざまずく。


「アイン…… いや、アイン殿。

この場に導いてくださったこと、何と言葉にしてよいかも分からぬ。我が父母、我が妻、我が子、集落の者の顔が浮かんで消えぬ。

アイン殿のもたらした水の恵みは、7年の雨にも匹敵するものだ。

そして、この場を我々全員に開放していただけるというのか…

只々、感謝のほかはない。」


いや、大変に感謝されてしまった。

偶然たどり着いたとか言えねぇ。

いや、ここまでの道は俺が整えたんだ。

結構大変だったんだし、本気で喜んでもらってるんだから、あんまり謙遜してもいかんな。


さっきまでずっと考え事をしている風だったイッシキが、後ろからつついてくる。

ああ、分かってるよ。

俺たちが力を使うってことは、やっぱりこういうことなんだろ。


エイグさん、立ってください。

俺たちは、確かに皆のために動いているけれど、それは俺たちのためでもあるんだ。

俺たちがやりたいことと重なってるからやってるってことでもある。


ここまでの道は俺たちが作ったけれど、この水場を守っていくことや、この水を使ってやっていく仕事のほとんどは、エイグさんや集落の皆にお願いしていくことになると思う。

これから、俺たちはこの土地を開拓していく。


でも、開拓した後にこの土地をうまく運営していけるかどうかは、皆にかかってるんだ。

俺たちがこの土地を離れた後に、この土地が荒れ果てるなんてことには決してなって欲しくない。

だから、俺たちは、この土地の共同経営者、運命共同体ってやつなんだよ。


たどたどしかったが、必要なことは大体伝えられただろう。

イッシキ先生も、うなづいてくれた。


◇◇◇◇◇



エイグは、胸の内から溢れ出る想いを表現する言葉が浮かばなかった。


精霊の守人は、我々を大地の裂け目の中央、最奥の清浄の水脈へと導いた。

荒れ野では見たことの無い澄んだ水が、絶えることなく暗がりから流れ出していた。

水脈に沿って白く輝く石が地を覆い、神秘の水蛇が這うかのようであった。


ビータもシームルグも、そのひんやりとした水の感触に、透き通る味に、言葉を発せずにいた。

このような恵みに、どう感謝を表せばよいか。古い詩歌を思い返しても、言葉が見つからぬ。


我が稚拙な感謝の辞に対し、アイン殿は我らを、守人の後に従い後を守る者と呼び称してくれた。


アイン殿は道を拓く。

我々は、その道を辿ってアイン殿の築くものを護り、保つ。

我々は、アイン殿の後ろを守る、運命の仲間なのだ。


持参した水袋を満たすと、ビータとシームルグと目を合わせる。

この水は最初の一杯だ。

我ら三人、生まれし日、時は違えども、上はアイン殿のために報い、下は氏族の者を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん…


それぞれの思いはそれぞれに、次へと進む新たな意志が生まれたのであった。



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