収穫
あれから一週間。今、俺達は、実験農場に来ている。
まだ畑を大規模に展開するのは不味いってのは変わっていないが、外部から見えにくい場所に作る分には問題なかろう? と気づいたのだ。
ここは、拠点の近くの小さな岩山の上である。
岩山の上部を、縁を残して削って器のようにして、そこに土を満たして耕してある。
5メートル四方の、大きなプランターだ。
近くにはこれより高い場所はないので、空を飛ばない限り、このプチ農場が目に入ることはない。
下から登ってくるためのらせん階段は、岩山の内部をくり貫いた縦のトンネルに隠して設置してあり、出入り口には、例によって土壁の蓋である。
プチ農場はいくつかに区画してあり、まだ芽が出てまもない、例の麦が生えている。
単なる土と俺が耕した土、種として蒔くか小精霊化して蒔くか、俺が収穫するかイッシキが収穫するかなど、条件を変えて何パターンか試す予定だ。
結果によって、俺達がどのくらいの頻度で農業に関わるか、他の皆が何処まで作業できるかが決まってくる。
もし、俺達しか面倒を見られないとなると、耕せる面積は限られるが、一方でこの実験農場のような極端な形で農地を作っていくことも出来る。
逆に、俺達が関わるのが最小限で済むのなら、地上に農地を広げる方法が重要になる。
この実験農場の結果は、今後の集落設計のコンセプトに大きな影響があると言える。
実験農場を用意する前に、イッシキと水について試行錯誤していた。
大渓谷の水は豊富だが、地上まで水道を引こうと思うと、地下深くからになるので汲み上げる手段が問題となる。
俺達は、大雑把な土木工事は割と得意だが、歯車やプロペラのような部品は精霊術では作れない。
手作業が出来ないわけではないが、俺の能力ではノコギリやカンナのような道具を作れないし、材料や設計能力の問題もある。
結局、水車や風車も作れそうもなく、ポンプのような仕組みは諦めた。
農地の拡大は先のことだし、エイグ達も、尽きない水が半日で汲みに来れるというだけで感動していたので、本格的な水道が必要になるのは当分先という判断だ。
次に、運ぶ作業を効率化できないかを考えた。
原始文明からの脱却といえば車輪の発明だが、木材もないし、加工しやすく丈夫な材料が浮かばない。
石の車輪と籠で小さな荷車を試作してみたものの、車輪自体の重さと加工の荒さ、上り坂のせいであまり恩恵が感じられなかった。いや、正直に言えば、担いで歩いた方がマシだった。
こんな試行錯誤が発生しているのは、水を小精霊化することが出来ないからだ。
イッシキは、一人で既に色々と試していて、ある程度の推論を持っていた。
「水や空気、煙みたいなものは小精霊化出来ないんですよ」
「確かに、ふわふわしたものやどろどろしたものは、固めるのが難しそうですね」
「解除するときに一個一個視線を送らないといけないことと合わせて考えると、小精霊にも個体の単位みたいなものがあって、流動性の高い物質は、どの個体に働きかけているかが曖昧になってしまうんじゃないかって思うんです」
「いつもの謎理論ですね。俺には良く分からなくて戸惑うことが多いんですけど、イッシキ先生は割と納得してる感がありますよね」
「そうですね。何でしょう。自分のなかにあるルールと、あんまり矛盾を感じないというか、そういうもんだと思ってやってきたというか。
ちなみに、食べ物で言うと、水分を多く含んでいても果実や野菜は小精霊化出来て、スープみたいなものは精霊化が出来なかったですね。
まだ冬を経験していないのであれですが、ひょっとすると、雪や氷は小精霊化出来るかもしれません」
あいにく、今は春の終わりだ。大渓谷の水はひんやりとしているもののそれほど冷たくはなく、渓谷全体も季節を通じて温度変化が少なそうだ。
どうにもならないな、という結論に達して、取り敢えず人力で運ぶことにする。集落の方は彼らにお任せ、俺達の方は実験をするだけなので、農地は小さくしておけばよいだろう。
石の貯水槽は簡単に作れるので、毎日訓練の帰りに水を運べばいい。
しかし、転生して戦闘力もないってのに、生活系チートもないとは…
リアルスローライフすぎやしませんかねぇ。
毎日水袋を使って麦の芽に水をやりながら、アインはため息をつくのであった。
◇◇◇◇◇
イッシキは、手元の小精霊を掌で転がしながら、ひんやりとした硬質な感触を楽しんでいた。
アインの訓練は、自習の割合が増えている。
わたしがミッションを設定し、何をテーマにした訓練かを説明し、一度やって見せる。
そして、「じゃ、これをできるようになるまでやってくださいね」というやつだ。
アインは、どちらかと言えば自分で納得したいタイプみたいで、細かく質問してからやるよりも、まずは自分で試行錯誤する方が好きらしい。
というわけで、わたしは割と暇な時間があったりする。
愛しのスローライフという意味で言えば、昼寝をして過ごしていてもいいのだが、殺風景で薄暗い訓練場の片隅で、おいしいお菓子もないのに寝転がるのは、優雅とは言えない。
昼寝の代わりに、訓練場の周りで採掘をしている。
狙いは主に、鉄鉱石。
今日の収穫を懐に、横穴から出て行く。
アインが近づいてきて、声をかけてきた。
「最近、熱心に採掘してますね」
「鉄鉱石ですよ。アイン、作って欲しいものがあるのです」




