【地上編】第一話 その4:神託受信のダイヤルアップと忍び寄る刺客の気配
響 駿影の「お二方は何らかの『能力者』ではないかという問い掛けに、七篠 如人と播磨 舞衣は、まるで示し合わせたかのように全力で首を横に振った。
その様子を見て駿影は、納得したように首を縦に振りながら口を開く。
「そうですか、ひょっとすると主と同じなのかと思ったのですが、違いましたか」
「「ん?」」
如人と舞衣はお互いの顔を見合わせると、そのまま視線をパーカーを着た残念探偵の方へと向ける。
一方の残念探偵、加古川 みえは全く話を聞いておらず、うまそうな名前の駄菓子の袋を開けていた。
「主は二年程前に、命にかかわる大怪我を負いましたが、何とか生還いたしました。その後、主は力に目覚め、今の失せ物探し専門の探偵を行っております」
衝撃の事実に如人と舞衣は固まった。百発百中で失せ物を探し当てる探偵は本物の超能力者、いや神候補だったのである。
「お二方どういたしまして? まるでコンドルが飛んで行ったような顔をしていますわ、モグモグ」
「主、それは『コンドル』ではなく『鳩が豆鉄砲』……いえ、今の状況なら『青天の霹靂』が適切です。主の脳内辞書が、またアナログ回線のノイズで文字化けを起こしているようですね」
駿影がみえのお口周りを丁寧に拭きながら言う。
「それぐらい知ってますわ、でも難しい言葉を舞衣ちゃんに使うと可哀想ですわ」
「なるほど、そうでしたか。まあコンドルが飛んで行ったような顔って何だよと少し考えました」
探偵と助手の会話を聞いていた如人と舞衣は、顔を見合わせた。
「なおと君、お姉さんバカにされてる?」
「正解を答えれば良いのでは?」
「鳩が豆ごはんを食ったような顔でしょ?」
「これはみえさんが正しい」
「あら、舞衣ちゃん。鳩が豆ごはんを食べるなんて、そんな平和ボケした光景、わざわざ言葉にするほどのことでもありませんわ。お腹がいっぱいになって幸せなだけでしょう?」
みえは、駿影に口元を拭かれながら、さも当然といった風に人差し指を立てる。
「舞衣ちゃん、貴方、天然ボケにも程がありますわ!」
「みえちゃんに言われたくないわよ!」
どっちも残念な女子大生の会話は、不毛ながらもしばらくの間続いたのであった。
◇◇◇
「さて、情報のパケットが繋がってきましたわ! いよいよ、わたくしの出番ですわね!」
みえは満足げに頷くと、突然事務所の中央で大きく両手を左右に広げた。
「静粛に! 今、わたくしの脳内モデムが……接続中ですわ! ……っ、ぐぬぬ、ノイズが……誰ですの、今この付近でデカい携帯電話を使ったのは! 回線が切れますわー!」
みえは白目を剥きそうになるのを堪え、片耳を強く引っ張りながら首を四十五度傾けた。電波の悪いラジオを直すかのような「アンテナ調整」のポーズである。駿影が無表情で彼女の腰をガシッと支え、転倒を防ぐ。
「……見えましたわ。真実は常に……あ、如人さん、ちょっとこちらへ。受信感度を上げるために、一度貴方に触れる必要がありますの」
みえはアンテナポーズを維持したまま、如人の肩にそっと掌を置いた。その瞬間、パチリ、と弾けるような静電気が走った。空気が、さらに一段階「乾燥」したかのような感触が如人の肌を撫でる。
「ひゃっ!?」
「静かに! 今、データの現像が始まりましたわ……!」
みえの能力『過去視』が、如人の失われた記憶の残響を捉え、脳内に情報のダウンロードを開始した。そこから今日に至るまでの記憶が彼女に情報として送り込まれてくる。
「……あ、白地……。金の縁取り……。これは、招待状ですわね?」
みえがトランス状態で呟いた。
「如人さんの記憶を吸い出したのは、その手紙を媒介にした『情報のインク』……。タイプライターを叩く、瓶底眼鏡の不気味な女性が見えますわ。彼女が、如人さんの『大切な情景』を紙の上に打ち出し、奪い去っていますの……カタカタ、ピーン、と!」
「瓶底眼鏡の女性……それが、僕の記憶を奪った犯人?」
如人は奪われた記憶の「痛み」に顔を歪ませる。
「そこで情報が途切れましたわ、でも……手掛かり、持ってますわよね?」
如人の手元にあるくしゃくしゃの招待状を指差し、みえはそれを手渡すように要求した。如人は戸惑いながらも、その招待状を手渡す。
「さあ、犯人を追いかけますわよ!」
みえは新たなるポーズを決めると、今度は招待状の過去を受信する。
「見えましたわ! その記録員の電波……! 彼女は今、あっちの方角にある、古い『活版印刷所』に潜んでいますわ! そこに、膨大な『過去のインク』の匂いと、不気味なタイプライターの音が反響していますの!」
駿影が無表情で机の上に置いてあった地図を広げ始めた。
「活版印刷所ですか。ここは資料の印刷や管理に使う為の場所ですね。どうやら主のアンテナが、珍しく実用的な方位を捉えたようです」
駿影は既に、戦闘態勢を整えるようにボタンを締め直していた。
「如人君、君の『失せ物』を取り戻すには、そこへ行くしかなさそうです」
「決まりね! なおと君、その手紙がアンタの頭の穴を埋める鍵よ!」
舞衣が如人の背中を勢いよく叩いた。首を縦に振った如人に対し、その様子を見ていたみえが声を掛ける。
「如人さん、手を出してくださいな」
「はい?」
何だかよくわからないまま如人は右手を差し出した。その手をみえが握手する形でそっと握る。
「うまく接続できると良いですけど……」
そうみえが呟いた瞬間だった。如人の頭の中に、見たことのない景色がフラッシュバックし始めたのだ。
「え!? なにこれ!」
みえの手がそっと離れる。
「今のが、如人さんが失った記憶の断片ですわ。そしてやはり、あなたは私と同じ能力者で間違いありませんわ」
「僕が……能力者……」
全く覚えのない場面。しかしそこでは確かに自身の身体が異様な変化を遂げている。
「あなたが能力者だから、こんなにはっきりと接続できたんですわ」
「そうですか」
「ん? 記憶取り戻せそうなのに、嬉しくないんですの?」
「いや、なんていうか。どうにも呑み込めなくて」
如人は困惑を隠せない。
「そうですか。まあ、完全に記憶を取り戻す手掛かりは確かに掴みましたの。駿影さん、依頼達成の為に、しっかりとお手伝いしてあげてくださいですわ!」
「え!? 響さんにも手伝ってもらえるんですか?」
「もちろんですわ。失せ物探偵は、依頼達成の為に手間は惜しみませんわ!」
「ありがとうございます」
「それと、このカメラを持って行ってくださいですわ」
みえは、先ほど手にしていた使い捨てカメラを、如人に向け、不意にシャッターを押した。カリカリとフィルムを進ませると、如人のその手に無理やり握らせた。
「えっと……? これ記憶を取り戻すのに必要な物なんですか?」
「それは分かりませんわ。でも、わたくしの直感が告げています……このカメラには、いつか貴方が直面する『困難を乗り越える為の真実』を焼き付ける必要がある、と!」
みえの言葉は予言のように重く響いたが、直後に彼女は「お腹が空きすぎて、脳内回線が切断されますわー!」と椅子から転げ落ち、駿影に「猫の持ち運び状態」で回収された。
◇◇◇
「それじゃ、行くわよ、なおと君、駿影さん!」
舞衣が事務所の扉へ手をかけ、勢いよく開けようとした、その時だ。
――ガチリ。
突然、駿影の大きな手が、舞衣の手を上から抑え込んだのである。
「……待ってください」
駿影の声は、これまでにないほど低く、鋭い。
「何よ駿影さん、急がないと――」
「シッ! 静かに、そのまま、主の傍までゆっくりと移動してください」
駿影の視線は、事務所の重い木製の扉をじっと見つめている。舞衣は不承不承ながらも、駿影の指示に従ってみえの傍へと移動した。如人もまた、これまで以上に室内の異変を感じ取っていた。
(……やっぱりおかしいぞ。さっきよりもさらに、空気が乾いている?)
如人が目をやるとパキラの葉は、今や完全に茶色く枯れており、触れれば粉々に砕け散りそうなほどにまで乾燥していた。
乾燥に強いはずの観葉植物パキラがこんな短時間で死に絶えかかっているのは明らかに異常である。
ふとデスクの上のコーヒーカップに目をやると、カップからは、水分そのものが消え失せ、底には黒い染みがこびり付いているだけだ。そして何より、扉の向こう側から聞こえてくる音が異常であった。
――ミシミシ、ピキピキ。
外廊下の壁や床が、極度の乾燥によって収縮し、音を立てている。それは、まるで断末魔を上げているかのようだった。
扉の向こう側。そこには、夏の熱気とは次元の違う、あらゆる生命から潤いを奪い去るような「不気味な気配」が立ち込めているのだ。
教団の「儀式」を拒みながらも、その正体を探り続けていた加古川みえ。
駿影が「質の悪い勧誘」として捨てていた招待状は、彼女が教団にマークされるには十分な理由だった。自分たちの調査を続ける「迷探偵」を排除するためか、それとも儀式に強制参加させるためか、それはまだわからない。
だが、もう既に攻撃は始まっている。白神救世教は恐るべき刺客を、送り込んできていたのである。
「誰か、いる……?」
如人が呟いた瞬間、扉の枠に沿って、薄く白い霧が室内へと流れ込んできた。まるで世界の理がすべて変わってしまったかのように、霧に触れた箇所が急激に乾燥し始めた。
「主、下がっていてください」
あまりにも異常な光景に、駿影がみえを背後に隠し、衣服のポケットに手を伸ばす。事務所の扉が、ゆっくりと、しかし抗いようのない力で内側へと押し込まれ始めた。乾燥によって木材が縮み、鍵そのものが機能しなくなっているのだ。
如人は、右手に持った使い捨てカメラをリュックの奥深くへと仕舞い込んだ。彼自身のポンコツな認識とは裏腹に、運命の歯車は、事務所内に充満する「霧の乾燥」と共に、最悪の形で噛み合い始めていた。
扉の向こうにあるのは、いつもの街の景色ではない。すべてを枯らし、砂漠へと変える「乾燥の異能者」の吐息だった。
その4 終わり




