表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の記憶  作者: しまゆり
第二章 月の姫と賢木の出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第8話 秋 -初めての地上-

初めて降り立った地上で、姫は“月にはないもの”に目を輝かせた。

甘い団子の味も、人々のざわめきも、すべてが新鮮だった。

そして賢木は、そんな姫を守りたいと、静かに誓う。

 地上へ降りる日は、朝から慌ただしかった。

 現地の土壌確認、生育記録との差異調査。

 名目上は視察だったが、姫にとっては初めて触れる“外の世界”でもある。


 町へ降り立った瞬間、姫は目を輝かせた。


「兄様、あれは?」


「あれは屋台だ」


「いい匂いがするわ」


 手を引く力が、いつもより強い。

 賢木はそんな様子を横目で見ながら、ため息をつく。


「はしゃぐなよ」


「……努力します」


 口ではそう答えるものの、視線と身体は完全に町へ向いている。


 焼き菓子

 色鮮やかな反物

 行き交う人々の笑い声


 見るものすべてが珍しいのだろう。

 その様子があまりにも年相応で、賢木の口元は自然と緩んだ。


 団子を食べた瞬間、姫は目をまん丸にした。


「……なにこれ、おいしい」


 みたらしの甘辛さ、焼いた醤油の香ばしさ、もちりとした食感は、月にはない味だった。


 月の食文化は淡白だ。

 豊穣を司る一族でありながら、“育てること”そのものに重きを置き、味への執着は薄い。


 食べられればそれでいい。


 そんな合理性の果てに、甘味という概念すら希薄になっていた。

 姫は夢中で団子を見つめていた。


「地上は、興味深いところね」


 頬がゆるむ姫を見て、賢木は提案する。


「……そんなに気に入ったなら、もう一本食べるか?」


「いいの?」


「視察中に倒れられても困る」


 素直じゃない言い方だったが、姫には賢木の気持ちが分かる。


「兄様は優しいわ」


「気のせいだ」


 そう返しながらも、賢木はどこかいつもの調子ではなかった。

 自分の言葉ひとつで、こんなにも嬉しそうにされることに慣れていない。


 ◇


 ふと、町人たちの声が耳に入った。


「おや、月の一族がいるぞ。地上に降りられるとは珍しい」


「まだ二人とも幼い。次代様だろうな」


 その瞬間、姫の指先がわずかに強張った。


 視線

 期待

 評価


 それがいずれ、自分へ向く。


 姫はまだ幼い。

 その重さはまだ分からなくても、自分が特別な立場にいることくらいは理解していた。


 賢木は、握った手に力が入ったことに気づく。

 だから何も言わず、そっと握り返した。

 姫の肩から緊張が抜けていく。


 姫はこれから、多くのものを背負う。


 重圧も

 孤独も


 きっと想像以上のものになる。


 ◇


 姫は露店を見るたびに足を止めた。


「兄様、見て。あのお菓子、花の形をしているわ」


「細工菓子だな」


「こちらの布も綺麗……地上は色が多いのね」


 月の宮は白銀と淡色を基調としている。

 静謐で美しい反面、こうした鮮やかな色彩とは縁遠い。

 姫は反物へ手を伸ばしかけて、そっと引っ込めた。


「欲しいのか」


「……見るだけで十分よ」


 そう答える声は控えめだった。

 賢木は小さく息を吐く。


「遠慮する必要はないだろ」


「でも、視察中だもの」


「お前は真面目だな」


 そう言うと、姫は少しだけ嬉しそうに笑った。

 その時。

 どん、と肩がぶつかる。


 人混みの中を急いでいた男が、軽く姫へ触れて通り過ぎたのだ。


「……っ」


 姫の身体が小さく揺れる。

 賢木は反射的に姫の腕を引き寄せた。


「だから言っただろ。離れるな」


「ご、ごめんなさい」


 人の多さに慣れていないのだろう。

 姫は少し不安そうに賢木の袖を握る。

 賢木はその小さな手を見下ろし、やがて諦めたような表情を浮かべた。


「……ほら」


 そう言って、今度は自分から姫の手を握る。


「迷子になられる方が面倒だ」


「……はい」


 姫は嬉しそうに頷いた。

 そのまま歩いていくと、通りの先に小さな簪屋が見えてくる。

 硝子細工の花簪が、陽を受けてきらきらと輝いていた。


「兄様、あちらに簪の出店があるの。行ってもいい?」


「……手を離すなよ。迷子になられたら敵わん」


「はい。離しません」


 姫は素直に頷いて、それから小さく首を傾げた。


「……ずっと?」


 賢木はぴたりと足を止める。


 不意打ちとは、生意気な。


 心の中でそう思った。

 意味なんて分かっていない顔で、そんなことを言う。


「……そういうことを軽々しく言うな」


「?」


 姫はきょとんとしている。

 本当に分かっていないのだろう。

 だから余計に質が悪い。


 耳の奥が熱い。


 そんな自分に気づいて、さらに眉をしかめる。

 一方の姫は、何も知らないまま楽しそうに簪を眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ