第七話 飛鳥のゆくえ
みなが自宅に着いたのは午後4時を回った頃だった。
なんだか、いろんな出来事が矢継ぎ早に起きて、どっと疲れてしまった。ペンダントを外し、シャワーを浴び、部屋着に着替えてソファーでゴロゴロしていると、チャイムが鳴った。
インターフォンのモニターには飛鳥のお母さんが映っていた。みなは慌てて最低限の身だしなみを整え、玄関を開けた。
「こんにちは、珍しいですね〜」
挨拶すると、憔悴気味の表情でみなを見つめながら、飛鳥の母——咲子は言った。
「みなちゃん、うちの子……来てないかな?」
「来ていませんけど……え?」
「そうなの……そう」
「飛鳥、どうかしたんですか?」
「実はね、昨日の夕方から帰ってなくて……アルバイトも無断で欠勤していて」
「昨日は私、一緒に居たんです。バイトに行くって言って別れて……」
みなは体から血の気が引いていくのを感じた。リビングに上がってもらい、お茶を淹れて、改めて聞いてみたが、みなと別れた直後から飛鳥の足取りが掴めないらしい。
警察にも届けは出しているが、もしかして、と思い交友関係を調べていたのだという。
「アルバイト先の店長が私の義理の弟で。その縁で働いていたんだけど、時間になっても現れないので。みなちゃん、あの子と仲がいいでしょ?」
「ええ」
「何か心当たりがあったら、教えて欲しいんだ。素行の良くない人たちと付き合いがあったとか」
みなは考えてみた。しかし記憶を辿ってもそんな人物たちは浮かんでこない。そもそも一緒に過ごしている時間が一番長いのは自分だ。
「そういう人たちと付き合いがあるというのは、百パーセントないです。バイト先での交友関係はわかりませんけど……でもペットショップですし」
「そうだよね……じゃあ何かの事件か事故に巻き込まれて……」
みなはスマートフォンを確認したが、LINEはやはり未読のままだ。女子グループのトークルームに飛鳥と一緒にいる人がいないか確認してみたが、数人のレスを見ても皆知らないようだった。
「おばさん、うち父が刑事なんです。もうすぐ帰る筈なんで、飛鳥のことを知っているか聞いてみます。それから、私、これから駅前に行って、探してみます」
咲子はみなの手を握って、顔を左右に振って、こう言った。
「みなちゃん。訪ねたのはね、手がかりがないことを受け入れるためなの」
咲子は嘆息して、続けた。
「担当の刑事さん、高原さんという名前だったから、ひょっとしてと思ったけど、きっとあなたのお父さんだと思う。とても親身になって下さってね。近くの交番の女性警官の方に、うちを巡回するように手配もしてくれたのね」
「……そうでしたか」
「それで、その高原さんが言うのには、神奈川県内で行方不明になっている女子高生がこの二ヶ月ばかりで八人くらい居るんだって。東京にも何人かいるらしいけれど。でもその子たち、みんな帰ってきたんだって」
「誘拐ですか?」
「どの子の場合も犯人らしい人から電話も何もないまま、家の近くまで戻って来たんだそうよ。でも、どこにいたのか、何をしていたのか、誰も覚えていないんだって」
確かに最近ネットニュースで読んだ記憶がある。見かけた記事では、確か、東京の女の子。失踪してから一週間ほどで帰ってきたというのが、不幸中の幸いで、コメント欄では『現代の神隠し』として騒がれていた。
性的な犯罪に巻き込まれたのではないかと論評したメディアもあった。しかし、少女たちは着装に乱れはなく、所持品も、失踪時のまま帰ってきたという。
「高原さんから話を伺っていると、飛鳥もひょっとしたら、それなんじゃないかって思ったのね。警察が引き続き捜査をして進展がなくとも、そのうちに帰ってきてくれるかもしれない。みなちゃんが知らないなら、その、神隠しなら、まだ耐えられると思って……」
そういうと、咲子はハンカチで目頭を押さえた。
みなは何も言えなかった。あの時はバイトに行くのを見送るしかできなかった。状況的にはそれしか選択肢がなかったけれど、自分に落ち度はなかっただろうか。LINEだってそうだ。返信が来ない時点でもっと真剣に考えるべきだった。
何かあったらお互いに連絡を取り合おうと、みなと咲子は連絡先を交換した。
咲子が帰った後、みなはいてもたってもいられず、自転車に乗って走り出した。
「飛鳥……飛鳥……」
藤沢駅への道すがら、通りすがる人々全てを観察した。居るはずがないのはわかっているけれど、もしかしたら。そんな願いを込めて、見かける人々すべての顔を見た。
藤沢駅の周りを一周すると、自転車を降り、ペットショップのある幹線道路に沿って歩いた。さらわれたのだとしたら、この道路が犯人にとって最も逃走しやすい立地だと思えた。
飛鳥を探したい。でもどうしたらいいかわからない。飛鳥のお母さんの気持ちが痛いほどわかる。でも一体どうすれば——。
やがて日が暮れて、みなの気持ちは行き場を失ったまま、引き揚げざるを得なくなった。夜目には道を行き交う人々の顔が判然とし辛くなってきたからだった。
家に戻り、女子グループのトークルームを確認した。全員がレスしてくれたけれど、やはり誰も飛鳥と一緒ではなかった。
『飛鳥からLINEが返ってこないので、何かあったのかなと思って。みんなありがとね』
みなはそう書き込むと——飛鳥がいなくなった現実を抱えきれなくなり、ソファーで蹲って、激しく泣いた。




