第三話 天羽家の秘密
土曜日。みなは朝早くに藤沢駅から電車に乗り、天羽神社へ向かった。
十六ℓサイズのバックパックに、読みかけていた推しの作家の短編集も突っ込んだ。SNSはあまり気合いを入れてやっていないし、読書が捗るので、長時間の移動は苦にならない。
そういえば昨夜は飛鳥からLINEが来なかったな。みなは、車窓からの写真を撮ると、「移動中♡」のスタンプを添えて送信した。
ゆるやかな神社の参道には楓やコナラ、クヌギの木がアーチを作っていた。それを抜けると、石段に入る。両脇には苔むした石灯籠と、金属製の手摺が設置されている。昭和の時代に追加したものだろう。
天羽神社は台地の上にある。踊り場で後ろを振り返ると、近所の農家の建物、畑、ビニールハウスが見えた。
大きな神社ではないが、歴史は古く、御祭神は天照大御神、志那都比古神、志那都比売神である。
平成に入ったころから若い女性の間で霊験あらたかと噂が立って、女性同士で連れ立っての参拝客が増えたそうだ。みなの前方にも、二十代女性の二人連れがステッキを持って登っていた。
階段を上り切ると、社殿前には母の弓実が常装の姿で、箒を持って歩いていた。
みなは鳥居の前で一礼すると、「着きました〜」とガッツポーズした。
「あら、早かったわね」
「大事な話だって言うからさー」
「んじゃ、おばあちゃん呼んでくるよ。お茶飲んでたら?」
弓実は社殿の右側奥にある厨に入って行った。
さらにその奥に、天羽一族の住居がある。
みなは、勝手口から入ると、居間の卓袱台でお茶を飲んで待った。
「や、や、よく来たねえ」
祖母と弓実が揃って入って来た。
足腰が弱いからという理由で母を呼んだ割には、意外なほど全ての所作が速い。みなは以前から、祖母の体調が悪いという話には懐疑的だった。傍目には闊達そのものに見えるからだ。
「では」祖母だけではなく弓実も正座したので、みなも慌てて座り直した。
「今日呼んだのは他でもない。みなよ、お主、十日で十七歳になっただろう?」
「はい」
祖母は急に時代劇か、はたまたRPGか、重要な役どころの登場人物みたいな台詞を宣った。
「そこでだ、一族に代々伝わる習わしに従い、お主に天羽家の伝説の秘宝を授けようではないか」
「芝居めいてる」弓実が突っ込んだ。
みなもノリノリでリアクションした。
「天羽家の伝説の秘宝? ……とは?」
ゴクリ、と固唾を飲んだ。
伝説や秘宝だなんてフィクションでしか知らない。興味はあるが、おそらく何かしらの比喩で大袈裟に言っているのだろう。
「これを見るが良い」
祖母はおもむろに傍の木箱を卓袱台に載せた。
箱には赤い組紐が四方左掛けで結ばれていた。それをほどきながら、祖母は続けた。
「天羽一族の女系でのみ、御守りとして代々受け継がれて来た宝石だ。神社の御神体の1つでもある。女は十七歳になったらこれを授かり、また一族の子や孫の世代に受け渡すしきたりだ。ウッフッフッフッ。いきなりで驚いたかい?」
箱を開けると、白い布が敷いてあり、その中央に赤いペンダントが埋まっていた。ルビーにも見えるが、いかんせん本物を見たことがないので比べようがない。ただ、その赤色は深遠で、同時に澄んでもいた。
角度を変えると、光の屈折でなのか、爛々としたゆらめきが光って見えた。
「きれいー」みなは思わずみと見惚れた。
「これが御神体? これが?」
伝説というからには勾玉みたいなものかと思ったが、アクセサリーショップで売っていてもおかしくないデザインだ。
みなは石をじっくり観察した。赤い宝石は縦長の六角形にカットされ、縁を金色の装飾で囲んでいた。縦三センチ、横二センチほどだろうか。ルビーであれば相当な値がつくと思われた。
その装飾も、まさか本物の金とは思えないけれど、彫金というのか、細かな文字のようなものが掘り込んであった。縁の幅は均一ではなく、波の先端のようにうねりがついている。
「お母さんも、お婆ちゃんから受け継いだ。あなたのお父さんと結婚できたのも、これのお陰です」と弓実は自分で言いながら自分でウケて吹き出してしまった。
「はいはい、そうですか」
みなが箱からペンダントを取り出し裏面を覗くと、弓実が指差してフォローした。
「ほら、ここをよーく見て。丸カンを通す穴。きっと歴代の誰かが細工したのね」
「ということは、普段使いするってこと?」
「お守りだからね。身につけた方がいいでしょ。でも無くしそうならお家にしまっておけば?」
「んー。家でじっくり考える」
「コホン」
祖母はとわざとらしく咳払いをして、仔細な説明を始めた。
曰く、石の名は、『紅き天降り石』という。またの名を『赤禍玉』ともいう。言い伝えによれば、六百年ほどの昔から、この神社に納められてきたものであるらしい。普段は社殿内に納められているが、受け継いだ女性は自由に持ち出して良いとされている。
しかし十年ほど前、文化財調査局と名乗る政府団体が現れ、歴史的見地からの研究対象として、『紅き天降り石』の一時貸与を申し出た。
みなが十七歳になる年、二〇XX年三月末日までに返却するという条件で誓約書を交わし、間に神社庁にも入ってもらい、折衝してもらっていた。それが約束どおりに返還されてきた、という訳だった。
最後に、祖母は改めて神妙な顔になり、言い伝えの一部とされる詩を暗誦し始めた。
『紅き和魂 清きこころに応へ 天風を呼び 白き羽衣を授けん 姿は天羽の巫女に似たり 昏き鳥舟を統ぶる者なり』
みなは1回で理解できなかった。はてな? という顔で虚空を見ていると、弓実が箱の蓋の裏から紙片を取って差し出した。
「覚えて。次に会うときにテストします。じっくり時間かけていいから。写真も撮っていいから」
「覚えないといけないの? 私、古典得意じゃないんだよ」
「だってお母さんも覚えたもん。でも実は意味は良く分かってないけどね」
祖母は立ち上がると、
「では、これにて儀式を終了する。みなよ、石は託したぞよ。早速持って帰っても構わないぞよ」と告げて手を振ると、厨に向かった。
用が終わるとあっさりしたものだ。
弓実も「それじゃ、ゆっくりしていって。ご飯用意してくるから」
と言って祖母を追って引っ込んだ。
「展開が早いな、こっちが追いつけない」
みなはお茶を飲み、一息つけると、祖母に言われた言葉を反芻してみた。
こんなドラマか漫画みたいな展開に自分が置かれていたのが不思議だった。
そして、改めて『紅き天降り石』を取り、首からかけてみた。
(なんでだろう。あったかい)
全くの錯覚だが、不思議な感触。胸を満たされる心地良さがあった。石を手で掬うと、掌に赤い陰影が落ちた。
(よろしく。私を守ってね、私もあなたを守るよ)
厨から漂う美味しそうな香りに気がついた。ちゃんとした朝食を摂らなかったからか、急に空腹を感じた。
ペンダントを胸元に納めると立ち上がって、みなはメニューを確かめに向かった。




