第二話 さらわれた飛鳥
「みな、明日は予定入ってる?」
書店から出て、駅ビル内を改札に向かった。あとは帰るだけ。そんな雰囲気の中で飛鳥は聞いた。
「どっか行きたいの?」
「去年も行ったけど、江の島アートフェスティバル。良かったから今年も行きたいかなって」
「ごめん。明日は神社に行くって決まっていて……」
「天羽神社?」
「そう。お母さんがね、渡したいものがあるって」
「ふうん、じゃあ、土曜は別行動ね」
みなの家族構成も少し複雑だ。
父親とは一緒に藤沢の一軒家に住んでいるが、母親は別の場所で暮らしている。
と言っても、離婚した訳でも、不仲な訳でもない。
母親は神社の生まれで、宮司を務めている。最近までは親子三人での生活だったが、祖父、祖母の足腰が弱くなったのを契機に、一時的に神社に戻っているのだ。
もちろん、月に一度くらいは藤沢に帰ってくる。
「まあでも、一人で行ってみるのもいいか。じゃあ、私、バイトだから、ここでバイバイ。あとでLINEする」
「わかった、気をつけてね」
二人は改札で別れた。
飛鳥は週末だけ、駅南の幹線道路沿いにあるペットショップでアルバイトをしている。犬、猫だけではなく、熱帯魚も扱っている中堅のチェーン店だ。店長が親戚のおじさんで、繁忙期に声をかけてもらったのがきっかけだった。
実際に、多くの生き物と接してみると、犬、猫だけでなくメダカまで愛らしく思えるようになった。トリミングも習いつつ給料も貰える。飛鳥は朧げながら、将来は動物と触れ合える仕事に就きたいと考えていた。
店の裏手に回ろうとした時だ。路肩に大型のSUVが停車していた。うちのお客さんには不似合いな迫力のある車だな、と思いながら脇を通ろうとした。すると突然、後席のドアが開き、屈強な男の手が伸びてきた。
(あッ!)
突然すぎて悲鳴も出なかった。右腕を掴まれ、そのまま車内に引っ張り込まれた。黒い服、サングラスをかけた男。
(やばい!)飛鳥は左手の鞄を落とした。
「ちょっと!何すんの!」
上半身を捻って、左腕で男の顔を2回叩いたが全くダメージを感じていないようだ。やがて左手首も掴まれ、反撃の手段を失った。
開いているドアから別の男が入ってきたかと思うと、飛鳥を羽交い締めにし、手に持った白い布を飛鳥の口にあてがった。
(ここでやめたらお終いだ)
飛鳥は必死で抵抗した。白い布はクロロホルムかもしれないが、前に読んだ推理小説では、ドラマのようには気絶しないと書かれてあった。
「静かに」後ろから男が言った。
「抵抗しないでくれ。君のお父さんからの依頼でやっている事だ」
飛鳥は目を見開き、男の顔を見た。やはりサングラスをしていて表情は見えなかったが、声に聞き覚えがあった。
「お父さんが会いたいそうだ。一緒に来てもらいたい。危害は加えないし、安全は保証する」
飛鳥は混乱した。お父さん? でも、なぜ?
やがて、貧血になった時のように気分が悪くなった。視界がグラグラと揺れ、額から汗がどっと溢れ出てきた。さっきのは麻酔じゃなく、何かしらの毒だったのだろうか。
飛鳥は抵抗をやめた。続けられる状態ではなかった。
「事情は、お父さんから聞くといい。鞄は拾っておいた」
そう言って男は手際良く飛鳥にシートベルトとアイマスクをかけた。
エンジンが始動し、車が走り始めると、柔らかい振動と急激な睡魔が飛鳥の思考力を冒し始めた。
「みな……」
薄れゆく意識の中で、飛鳥はみなの顔を思い描いた。




