第十一話 スーパーヒロイン、エゴサする
夜九時近くになって、みなは自宅に戻った。
まだピチピチの女の子、若人なのに……泥のように疲れていた。脳を働かせ過ぎたのかもしれない。だから、思考のスイッチをオフにして、簡単に空腹を和らげられそうな春雨スープとサラダチキン、おまけでチョコレートを選んだ。
ストイックに栄養だけ補給するように食べ終えると、シャワーを浴びた。お湯に触れ体が温まると、急に眠くなり、髪を乾かしただけで下着姿でベッドに潜り込んだ。
深夜二時ごろ、ふと目が覚めた。
そして、昨晩の出来事を思い返してみた。
変身方法や変身後に得られる超能力について実験し、基本的なスペック——人体に対してどのような能力拡張をもたらすのか、おぼろげながら見えてきた。原理は全くの謎であっても、それは飛鳥を探す一助となるはずだ。そして、全くの偶然からだが、火事の現場で一つの生命を救うことができた。
みなは、それがとても嬉しくて、自分を褒めてあげたくなった。
(あの女の子、ちっちゃくて可愛かったな。抱っこしたらしがみついてきた。私が助けたんだ)
みなは、思わず顔が綻んだ。
(そして、お母さんに渡して、私は写真を撮られて——きっと撮られてたな……うん……うわ、やばい。よくよく考えたら非常にまずいっっっ)
火事現場にいた住民、消防士、母親、そして、あの記者らしき美人とカメラマン。全員がみなを見ていた。飛行中も、下に降りた時も、写真や動画に撮られているだろう。
(……あの時は、救助に夢中で自分のことを省みる余裕が無かった。後はどうなってもいいから、女の子をお母さんに届けなきゃと思って……それに、あの美人さんは話しかけてくれたのに、慌てて無視するように逃げてしまった。相当、心象悪いよね、これ)
救いなのは、夜だったことと、ギャラリーと距離があったことだ。おそらく顔が判別できるほどの撮影は不可能だったのではないだろうか。
ここで、みなは閃いた。
「おお! SNSだ!」
そうだ。エゴサをすればいい。
スマートフォンで検索をかけた。「火事」「藤沢」、まずはこのキーワードで試してみた。
結果が出た。関係ない投稿や古いものも多いけれど、それらしいものがいくつかある。みなは画像を開いた。
「え」
想像していたものと、全然違った。
写っていたのは丸い光だった。空中に浮かぶ球体。輪郭はボケて、立体感はほとんどなく、炎や消防車の投光器の明かりが反射してかろうじて丸い形とわかるけれど、それ自体が発光しているようにも見える。
知っている限りのSNSを片っ端から調べた。どれも同じだった。センサーのバグとも受け取れる様な、白飛びした光の塊。眩しい照明を写したようにも見える。中には、縦長で、人間と言われればそうも見える程度のものもあったが。
動画も確認したが、遠距離からで手ブレも酷く、大きな風船が浮かんでいるようにしか見えない。
そして、コメントはすべて「確かに人が飛んでいた」派と「映ってませんが」派の間で意見が交わされていた。
湘南新聞社と全国紙のサイトも見たが、これも同じだった。
みなは安心して「はあぁぁぁ〜っ……」と息を吐いた。
(よかった。理由はわからないけれど、撮影されるとこうなるんだ)
まだ本人がきちんと理解していないのに、顔がばれてバズるわけにはいかない。
安心して、みなは二度寝した。
朝になった。眩しい光がカーテンの隙間から差し込む。いやいやながら目を開け、枕元のスマートフォンを見やった。六時五十分。
「ご飯だぞー」
階下から健の声がした。しまった。朝ごはんの用意をしなければいけなかったのに。
リビングに降りると、健が新聞を見ながら朝食を食べていた。お母さんに渡された漬物も、小さな豆皿に盛られていた。
「ずいぶんと疲れてるみたいだな……」
「え、いや、そうでもないけど」
ご飯をよそっていると、父が顔を上げずに、「不思議なこともあるもんだ。これを見ろ」
新聞の一部を指でトントンと叩いて言った。
みなは近づいて、指の示す先に目を落とした。
大きくはないが、昨夜の火事の記事が載っていた。画像は空中に浮かぶ丸い光——SNSで見たのと同じものだ。キャプションには「現場近くで撮影された正体不明の飛翔体」とある。
「へ、へえ〜……何これ」
平静を装って、みなは目玉焼きとウインナーを焼き始めた。
「良くわからん。火事現場の近くを風船でも飛んだんだろう。似たのを見たことがある」
「それってどんなの!?」声に思わず力が入った。
「……えーっと。ラジオゾンデって言って、気象観測に使われる風船だ」
それは知っていた。確か直径1メートルくらいで、風船の下の方に計測機器がぶら下がっている。人間の半分くらいの大きさだが、空中で対比物がなければ、存外人間と同じサイズに見えるかもしれない。
「そうか、そうかもしんないね」
世間の人も同じように思っているかも。みなは、そうであることを祈った。
ホームルームの時間になっても、飛鳥の席は空いたままだった。
担任の中島先生は出欠を取り飛鳥の番になると、「えー、五藤はご家族の都合でしばらく欠席だそうです」と簡単に告げた。特にフォローも他生徒からの質問も無かった。
みなは、予想していた事ではあったが、親友としてどの様な反応をするのが自然か腐心した。内心は動揺しているのだが、あたかも『織り込み済み』と言わんばかりのすました顔を繕い、普段通りに過ごすよう努めた。本当は、隣の席がぽっかり空いて、飛鳥がいない現実を突きつけられたようで、空虚感でいたたまれなかった。
朝食の時間、健は捜査状況について何も言わなかった。それは進展がないという意味だとみなは受け取った。
待つしかない。吉報を。無言でそう伝えていたのだと思った。
昼休み。友人グループと弁当を食べ終えて、手洗い場でカトラリーを洗っていると、佐々木顕が話しかけてきた。
「高原さん。ちょっといいかい」
「あら、無線と実験さん」
「アハハ、それはいいって。実はさ、折り入って大事な話があるんだよ。今日の放課後、部室に来てくれないかな」
「部室? PC部の?」
「そう。D棟の三階」
「いいけど……掃除が終わってからだから、遅れるかも」
「構わないさ。んじゃ、頼むね」
そう言って、手を振りながら教室に入って行った。
(なんだろう。私が部活やっていないから勧誘する気なんじゃ……)
みなは、東京の大学で政経学部に入る事を目指していた。志望校を絞った時、部活はせずに勉強する道を選んだ。
それに、ほぼ帰ってこない父と一緒でも実態は一人暮らしのようなものだから、家事もしなくてはならない。熟考を重ねて、いわゆる帰宅部になった。今までも運動部から勧誘はあったが、丁重にお断りしてきた経緯がある。
「どうやって断ろうかな。穏便に、角を立てずに……」
昨夜、炎の中から子供を救い出したスーパーヒロインだというのに……授業中に一番頭を悩ませているのは『いかに勧誘を断るか』という、あまりにも平和で、極めてスケールの小さな問題であった。




