●甘味の世界平和
市立銚吠高等学校は十数年前に他校と合併し、校舎が新しく建て替えられた。
白を基調とした清潔感溢れる校舎は、充実した設備が整えらている。普通教室棟、特殊教室棟に大きく分けられ、その二つの棟が両面ガラス張りの渡り廊下で繋がっている。
帰りのホームルームが終わり、歴史資料室へ向かう。
外からは運動部の元気な掛け声が聞こえ、校内からは吹奏楽部の演奏が鳴り響く。
どんどん奥へ進み、特殊教室棟の隅にある歴史資料室にたどり着く。
生徒会長就任後に一度だけ訪れたことがある。
確か図書室とは違い、古い本や資料が順不同に置かれている。
言ってみれば、書物の物置小屋である。
一般生徒では、校内にこんな部屋があることすら知らないだろう。
ノックをすると「どうぞ」と聞き慣れた声が聞こえる。
「大和大成、ただいま帰還しました!」
歴史資料室は四方を本棚に囲まれ、その中心にテーブルとパイプ椅子がある。
「お疲れ様です、大和先輩」
リサは読んでいた難しそうな本をたたみ、こちらに視線を向ける。
「ここに保管されている本って街や学校の歴史関係だろ? そんなの読んで面白いのか?」
「知識とは、無意味に暗記するものではありません。大切なのは、それをいかに利用するかです」
「そんなものか」
「そんなものです。立ち話もなんですから、座って下さい。コーヒー飲みますか?」
「ありがとう。もらおうか」
俺も性欲を持て余す健全な男子高校生であり、染色体に嘘はつけない。
もっとも、他の男子生徒がリサに抱いている感覚とは少し違う。
スパッツ! そう、リサのスパッツ姿が見たいのだ!
こんな可愛い後輩と放課後の密室に二人っきり。
しかも、呼び出された形だ。
これが王道の青春モノなら、何も起こらないはずがない。
ラッキースパッツチャンス到来!
「砂糖は何十個入れます?」
「……二個もらおうかな」
聞き間違いだろうか?
しかし、すぐにそれが聞き間違いではないことがわかった。
歴史資料室には不釣り合いなコーヒーメーカーからいい匂いがする。
慣れた手つきでコーヒーを注ぎ、俺に紙カップを渡すと、彼女は自分のカップに砂糖を入れ始めた。
リサは砂糖瓶から角砂糖を取ると、それを次々とコーヒーカップに入れていく。ティースプーンで角砂糖を溶かすと、また角砂糖を入れて、その繰り返し。
躊躇する気配が全くない。
角砂糖が溶けにくくなると、無理やり潰してコーヒーカップに押し込める。そこで終わりかと思うと、今度はスティック状の粉砂糖を入れていく。
テーブルには砂糖のゴミ袋が次々と積まれていった。
人は本当の狂気を見た時、動きが止まり、声が出ないのだと学んだ。
ようやくすべて入れ終わったのか、ティースプーンでカップを回していく。その飲み物はコーヒーと呼べるか疑問が浮かぶほど、砂糖がメインになっている。
カップから出したティースプーンには液体状の砂糖がねっとりと糸を引きながらついていた。
そのスプーンを口へと運ぶ。
大きな目が一際大きく開き、ツリ上った目が垂れ下がる。
「ああぁ、至福の時です……」
うっとりと頬を赤らめ、ティースプーンと唇に唾液の糸が引く。
目が潤んでいる姿は実に艶めかしい。
まるで甘美なる一枚の洋画のようだ。
それでいて、両手を頬に添え、まぶたを閉じる姿は子供そのものである。
次にコーヒーもとい、ほぼ砂糖のコーヒーを実においしそうに飲み始めた。
「コーヒーって、香りがすごくいいですよね」
「……そうだな」
「それに一口飲むと、口の中一杯にコーヒーの苦み、酸味、風味が広がる。それがそのまま喉を通り、胃へ落ちるのがわかる。わたし、コーヒーって大好きです」
憶測でしかないが、本人はいたって大真面目なのだろう。
「それにコーヒーのお供と言えば、これですよね!」
カバンからチョコレートを取り出す。コンビニで売っているような普通の板チョコである。
それを興奮気味に銀紙から剥がす。
ビリビリと破れていく銀紙と姿を現すチョコレート。
「高級なチョコも大好きだけど、わたしは断然、板チョコが好きです!」
ゴクリッと大きく唾を飲みこむと、勢いよく板チョコにかぶりついた。
パキパキッと綺麗な音とは違い、チョコは不格好に割れ、それを無理やり口一杯に頬張る。
モゴモゴと口を動かしながら、砂糖コーヒーで流し込む。
そして、浮かべる甘美な笑み。
「ああ~、最高の組み合わせ……」
完全に自分の世界に浸っている。
「チョコレートって……甘い物って、人を幸せにできる力があると思うんです。チョコレートを食べながら、戦争ができると思いますか?」
「どうなんだろう?」
「出来ないですよ! 甘い物を共有した瞬間、そこに争いはなくなります」
「今度は甘い物をめぐって、争いが起こるんじゃないか?」
「だったら、食べきれないほどの量を用意すればいいんですよ!」
ゆっくりと残りのコーヒーを飲み干し、カップに残った砂糖をかき集める。
かき集めた砂糖をティースプーンですくい上げ、口に運んだ。
「ん~! もう、最高!」
手をブンブン振り回す。
彼女の将来、生活習慣病が心配である。
そんな俺の心配を無視して、リサは本日二枚目の板チョコを取り出した。
「そ、そんなに見たってあげませんからね!」
ジッと見ていたため、勘違いされてしまった。
「まぁ……少しくらいならあげてもいいかな……」
名残惜しそうに、一欠片だけくれた。
それを食べようとすると凝視され、口に含むとため息を吐かれた。
「感謝してくださいよ、先輩……」
チョコ一欠片でずいぶんな言われようだ。
ジト目で、不機嫌そうにこちらを見てくる。
「明日、板チョコもってきてやるから……」
「二枚ですよ!」
悪徳金融業者もビックリな暴利である。
ここまででわかったこと。
それはリサは見た目や能力だけで言えば、完璧超人であるが、性格……中身に難がある。
残念な美人と言うか、変わった美少女である。
そんなわけで、いくら舞台が整えられようとも何のイベントも起こりそうにない。




