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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第四章 文化祭
33/54

●交渉、交渉、また交渉

 文化祭まで一週間を切った。

 この時期になると、放課後の校内はあわただしくなる。

「だから、何日も前から何度も説明しているでしょう!」

 俺は文化祭実行委員の教員に最後の交渉をしていた。


「美術部の催し物はデッサン体験にします!」

「それはわかった。だが、問題はその中身だ。モデルは果物や石膏像ではダメなのか?」

「もちろん、それはやります」


 楽しいはずの文化祭も俺のようなぼっちな生徒にとっては、苦痛なイベントである。

 クラスや部活の出し物で、店番や調理、接客など何かしらの役目があるならいい。しかし、俺にはそんな役目すらない。

 いわゆる学園祭ニートである。


 そもそも仕事があれば、そいつはぼっちではない。

 自由時間になると、一人で何をしていいのかわからなくなるのだ。

 一人行動をすれば後ろ指をさされ、笑われることを心配する。

 どこもかしこもお祭り騒ぎの文化祭には、ぼっちの憩いの場が必要なのだ。


 だから、俺はそんなぼっち生徒のためにデッサン体験を考えた。

 デッサンなら静かな美術室で長時間時間を潰せる。

 さらに、ぼっち同士の出会いの場になれば幸いだ。

「ですが、スペシャルタイムはメインイベントのため、譲れませんよ」


「スパッツとスポーツブラの薄着の女子生徒をモデルにする。こんなものは認められない」

「どうして認められないんですか! 先生は絵画を見たことがないのですか? 裸の女性がモデルの絵なんて数えたらきりがないですよ。裸は良くてスパッツがダメなんておかしい!」

「学校教育上、認める訳にはいかない」


 何度、同じ会話をしただろうか。

 まさに無限ループである。

「何がダメなんですか? モデルの了承は得ています」

「他の生徒への悪影響になる」

「いまどきの生徒はスポブラスパッツ以上の過激な映像をネットで簡単に手にすることができますよ。先生が子供の頃に河原でお宝本を探した時代とは違います」


「そ、そういうことを言っているのではない!」

「そういうことでしょう。先生はモデルをイヤらしい目で見ているのです。だから、スポブラスパッツがいやらしいものに感じるのでしょう。しかし、芸術に貴賤はありません。肉体美を表現するには、薄着になる必要があります。裸にならないだけ、褒めて欲しいくらいです!」

「バカ! 少し考えれば、ダメなことくらいわかるだろうが!」


「そうやってすぐに思考を停止して、考えることを止める。結局、先生は自分の価値観に縛られて、色眼鏡でしか世界を見ることができないんです!」

「話にならん!」

「なら、少し視点を変えましょう。もし、陸上部が全国大会に出場し、全校生徒で応援に行きます。先生はこれを止めるのですか?」


「止める訳ないだろう」

「そうですよね。だけど、陸上部のユニフォームってこんな感じですよ」

 俺は携帯の画面を見せた。

「かなり露出度高めですよね。面積で言えば、スポブラスパッツと変わらない」

「それは……」


「スポーツは良くて、美術はダメだなんて、それは差別ですよ」

「前例がない。決まりは決まりだからダメだ!」

「ならば、俺たちが前例になります。お祭りなんだから、少しくらいは羽目を外してもいいじゃないですか。文化祭の主役は先生方ですか? いいえ、違います。俺たち生徒が主役です」


「こうして署名も集めてきました」

 欲部會メンバーが集めてきた生徒の署名を見せた。

「性から目を背けてはいけません。恥ずかしがって、正しい性教育をしないことこそ罪ですよ。そうでしょう?」


「それは認めよう」

「だったら、スポブラスパッツくらい認めましょうよ。何もヌードデッサンをさせてくれと言ってるわけじゃない。生の美を鑑賞する機会なんて、めったにありませんよ。美を提供することこそ、我が美術部の使命です!」


「う~む……本当に本人たちに承認は取っているんだろうな?」

 先生は署名を見ている。

「もちろんですよ。それにデッサンの時間も一回に二十分と短めです。十分ごとに小休憩を取ります。人間が同じポーズを取り続けるのは想像以上に大変ですから、モデルの体調にも配慮しています」


「なるほど……」

「その他、撮影などは一切禁止で、デッサンのみに集中していただきます。しかもそれが無料! 先生が考えているような、やましいことなんてこれっぽっちもありませんよ」

「いや、私は別に……」


「俺はただ純粋に、みんなに美術の素晴らしさを知ってもらいたい。紙と鉛筆があれば、どこでも絵は描ける。そして、今回のデッサン体験を通して、絵を描く楽しさを知ってもらいたいのです!」

「ううむ……」


 スポブラスパッツから美術、芸術へ話題の主軸をズラす。

 先生がこの詭弁に気づかないうちに、攻めたてるのだ!

「美術の先生を指導係として招く予定です。デッサンを楽しむための準備は万全です。もちろん、スペシャルタイム前には人物を描くポイントを説明してもらいます」


 文化祭まで時間も少なく、悩んでいる様子だ。

「芸術がごく一部の特権階級が楽しむ高貴なものである時代は終わりました。若く多感で、感性が豊かなこの時期にこそ、多くの芸術に触れるべきではないでしょうか? それを俺たち美術部が提供するのです」


「ううむ……」

 さて、最後の仕上げだ。

「わかりましたっ! 俺が折れます! スポーツブラは取りやめて、上はTシャツにする。下はスパッツにする。これでどうですか?」


「それならわかった。もう一度、上に通してみる」

「ありがとうござます、先生!」

「しかし、お前も噂通りの生徒だな」

「恐縮です!」

 こうして、美術部の催しが決まった。


 俺だって、学校で生徒がスポーツブラとスパッツになるのがダメなぐらいわかっている。

 最終的にスパッツを通すのが目的だ。

 しかし、最初の交渉でスパッツだけだと、断られる恐れが高い。

 だから、無理難題のスポーツブラを提供し、妥協点としてスパッツ案を通した。

 これぞ、交渉の技である。


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