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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第四章 文化祭
32/54

●準備が一番楽しい

「ううぅ……せめて他の衣服にしようよ……」

 繭に説明すると、苦い表情を浮かべる。

「エプロンでも着るか?」

「そ、それはそれで危険な気がする……」


「あれも嫌、これも嫌じゃ話にならないぞ!」

「ぐぐぐ……」

「腹をくくれ! 俺だって我慢したんぞ」

「我慢って、大成が何をやるのさ!」


「俺だってスパッツを履いて、モデルやりたかったよ。だけど、翌梨から止められた」

「大和先輩は裏方です」

 要は雑用係だ。


 岬は男女問わず人気があった。

 見た目はもちろんだが、球技大会のサッカーとチアガールで大活躍した。

 男女関係なく接するため、友達も多い。

 リサがこの人気を利用しないわけがない。


「俺だって我慢したんだから、繭も我慢しろよ!」

「何コレ? ボクが悪いの?」

「敗者に発言権はありませんよ」

 繭は涙目で訴えたが、最後まで覆ることはなかった。


 交渉とは、外堀から埋める作業である。次は顧問の説得だ。

「また余計な仕事を増やしやがって!」

 鬼瓦先生が煙草をふかしながら、イライラしている。


 美術部は別の顧問がいるが、欲部會の顧問は鬼瓦先生だ。

 外堀を埋めるのは、難易度の引く方から攻略するのが鉄則である。

 今、生徒指導室で先生に文化祭の書類を見せている。


「そんなに怒らないで下さいよ。先生にも顧問としてスパッツ姿で参加してもらおうと思ったのに、それを止めたんだから、褒めてくれてもいいくらいですよ」

 睨まれた。不機嫌な証拠である。


「あれっ? もしかして、先生がモデルから外されたからスネてます?」

「……大和は土葬と火葬どちらがいい?」

「怖いこと言わないで下さいよ。強いてあげるならスパッツ葬ですかね!」

「聞いた私がバカだった」


 先生が文化祭参加書をもう一度読む。

「うまく肝心な箇所は誤魔化されているが、申請はおりないだろう。お祭りだとは言え、露出度の高い服装は反対される」

「先生には迷惑はかけませんよ。万が一、通らなかった場合の方が迷惑をかけることになるかもしれません。自暴自棄になった男子高校生の怖さを舐めない方がいい」


「それは私を脅しているのか?」

「滅相もありません。俺はただ、公平な立場で審査してもらいたいだけです!」

「物は言いようだな」


 先生は書類を見ながら、頭をかく。

「最近は少子化の影響で、生徒数が減っているのに、過保護な親は増えているんだ」

「モンスターペアレントって奴ですか?」

「私の口からは言わんが、いろいろと外野がうるさいんだよ。だから、こんな過激な案を学校側が採用するとは思えん」


「学校も所詮は犬ですね」

「リスクの少ない無難な保守的な教育こそ、今の時代は求められているのだ。先進的な革新は、私立や一部の特殊な学校に任せればいい。それが今の現状だ……不満か?」

「そんな顔してます?」


「充分している。それが不満なら、ルールを創る側になるんだな」

 先生は俺に文化祭参加書を返した。

「だいたい美術部なら、美術部らしく作品展示とかいろいろあるだろう? もう少し煮詰めてから持ってこい」


「ほら、ボクの言った通りじゃないか。やっぱりスパッツにスポーツブラなんて無理なんだよ! 美術部らしく展示会にしよう!」

 繭が鬼の首を取ったかのように、騒ぎ立てた。


「でも、今更展示物なんて用意できないか……」

 自分で言って、自分で否定するなんて、実に繭らしい。

「そんなの過去の美術部の生徒の作品を使い回せば、いくらでも代用できる。そんなことよりも……」

 俺は繭を見る。


「やれやれ、これだから繭はダメなんだ。正直言うと、俺はスパッツさえ通れば、他は何でもいいんだ」

「ど、どういうこと?」

 後学のために、交渉のやり方を教えてやろう。


「人は断り続けることに対し、心理的に負担を感じる。最初は過激な祭参加書を出す。次はもう少しマイルドな参加書を出す。そうやって、次第にハードルを下げていく。相手は何度も断るのが、悪いと罪悪感を覚える。そして、最後はゴーサインを出すのさ」


「つ、つまり……」

「スパッツを履くことは決定事項だよ」

「そ、そんなぁ~」

「もう腹を括ろうぜ。繭だって部活ではスパッツを履くことあるだろ。逆に聞くけど、スパッツの何が嫌なんだ? スパッツは繭のこと、好きだよ」


「また、訳の分からないことを……」

 繭がモジモジする。

「そ、その……は、恥ずかしいじゃないか……」

「恥ずかしい? 上等じゃないか。それを可愛いに変えるのが、モデルの役目だよ」


「それは……」

「例えば、繭は海やプールでは水着を着るけど、校内や街中では水着を着ないだろ?」

「当たり前じゃないか」

「だったら、美術部でデッサン教室をする時に、スパッツになることはおかしくない」

「そ、そうなのかな?」


「やらないで後悔するよりも、やって後悔しよう。新しい価値観に目覚めるチャンスかもしれないぞ?」

「そんな価値観に目覚めたくはないけど……大成はポジティブでいいね」

「そんなに羨ましがるなよ」

「翌梨もすごいし、司もすごい。ボクだけネガティブで、決断力がない」


 繭がガックリと肩を落としている。

 ふむ……どうしたものか。

 球技大会での敗北から、繭は再び自信を無くしていた。

 俺、個人としては、繭にもう少し自信を持ってもらいたいと常々思っていた。


「ネガティブって、そんなに悪いか?」

「悪いだろ?」

「そうか?」

「大成は違うと思うの?」


「集団には一人くらいネガティブな奴がいた方がいい。ネガティブって消極的ってことだろ? みんながアクセル全開タイプだったら、大変なことになる。ブレーキを踏むタイプは絶対に必要だ」

「そうかな?」

「そうだよ。それにネガティブな人って逃げ道を作るじゃん?」


「う、うん……」

「それって、決して悪いことばかりじゃない。だって、毎回背水の陣が成功するわけないんだから。それなら、退路があった方がいいに決まっている!」

「そういう考え方がポジティブなんだよ」

 これは相当重症だ。


「わかった! 繭は人の良い所を見つけるのが得意なんだ!」

「はぁ? どうしてそうなるのさ」

「だって、人と比べて落ち込むってことは、その人の良い所を見つけないと落ち込めない。人間って他人の悪い所は簡単に見つけられるのに、良い所は見つけにくくて、認めにくい。だから、繭はすごいんだよ。もっと自分に自信を持てよ」


「……大成はボクのスパッツ姿が見たいの?」

「もちろん!」

「…………」

「もし良かったら、履きたくない理由教えてくれよ」


「どうして?」

「その理由がわかれば、諦めもつく。もし、俺に解決できる問題だったら、全力で解決する。それに繭と同じ理由でスパッツが履けない子がいたら、参考になるだろ。スパッツが履けるように一緒に考えようぜ!」

 繭は少し悩んだ後、重い口を開いた。


「……太い……」

「太い?」

「……足が太いから嫌なのっ!」

「な、何だって! 足が太いから嫌なのか!」


「だからそう言ってんじゃん! 昔から女巨人だとかプロレスラーだとかバカにされるボクの気持ちなんかわからないよ!」

 繭の目から涙がこぼれる。

 相手は何気なく言ったつもりなのだろうが、繭には大きなトラウマとして傷が残っているのだろう。


「少しでも細く見せようと、タイツだって履いた。見えないようにスカートだって長くした!」

 泣きながら、震える声で叫ぶ。今まで誰にも言えなかったのだろう。

「おぉ、何たることだ……いいか、良く聞け繭!」

「……うん……」


「もし、今後お前をバカにする奴が現れたら、俺が殴ってやる! そんなバカな奴らの言うことなんか真に受けるな。お前には司にも翌梨にも負けない良い所が一杯ある。少なくとも俺はそれを知っている!」

「大成……」

「この前、久々にバレーやってる姿、見たけどさ……お前、本当にカッコよかったぜ!」


「あ、ありがとう……」

「そのたくましい足だって、お前が頑張った証拠じゃん。それを一部の奴らの言葉を鵜呑みにして、否定するなよ。頑張った自分に失礼だぜ」

 繭が涙を拭く。


「……ボク……スパッツ履くよ……」

「……マジで?」

「なんだか大成と話していたら、自分の悩みがバカらしくなった!」

「いや~、良くわからんが、嬉しいな! ありがとう!」

「お礼を言いたいのはボクの方だよ。ありがとう、大成」

 こうして、着実に俺は夢のスパッツデッサンへの準備を進めていた。


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