●準備が一番楽しい
「ううぅ……せめて他の衣服にしようよ……」
繭に説明すると、苦い表情を浮かべる。
「エプロンでも着るか?」
「そ、それはそれで危険な気がする……」
「あれも嫌、これも嫌じゃ話にならないぞ!」
「ぐぐぐ……」
「腹をくくれ! 俺だって我慢したんぞ」
「我慢って、大成が何をやるのさ!」
「俺だってスパッツを履いて、モデルやりたかったよ。だけど、翌梨から止められた」
「大和先輩は裏方です」
要は雑用係だ。
岬は男女問わず人気があった。
見た目はもちろんだが、球技大会のサッカーとチアガールで大活躍した。
男女関係なく接するため、友達も多い。
リサがこの人気を利用しないわけがない。
「俺だって我慢したんだから、繭も我慢しろよ!」
「何コレ? ボクが悪いの?」
「敗者に発言権はありませんよ」
繭は涙目で訴えたが、最後まで覆ることはなかった。
交渉とは、外堀から埋める作業である。次は顧問の説得だ。
「また余計な仕事を増やしやがって!」
鬼瓦先生が煙草をふかしながら、イライラしている。
美術部は別の顧問がいるが、欲部會の顧問は鬼瓦先生だ。
外堀を埋めるのは、難易度の引く方から攻略するのが鉄則である。
今、生徒指導室で先生に文化祭の書類を見せている。
「そんなに怒らないで下さいよ。先生にも顧問としてスパッツ姿で参加してもらおうと思ったのに、それを止めたんだから、褒めてくれてもいいくらいですよ」
睨まれた。不機嫌な証拠である。
「あれっ? もしかして、先生がモデルから外されたからスネてます?」
「……大和は土葬と火葬どちらがいい?」
「怖いこと言わないで下さいよ。強いてあげるならスパッツ葬ですかね!」
「聞いた私がバカだった」
先生が文化祭参加書をもう一度読む。
「うまく肝心な箇所は誤魔化されているが、申請はおりないだろう。お祭りだとは言え、露出度の高い服装は反対される」
「先生には迷惑はかけませんよ。万が一、通らなかった場合の方が迷惑をかけることになるかもしれません。自暴自棄になった男子高校生の怖さを舐めない方がいい」
「それは私を脅しているのか?」
「滅相もありません。俺はただ、公平な立場で審査してもらいたいだけです!」
「物は言いようだな」
先生は書類を見ながら、頭をかく。
「最近は少子化の影響で、生徒数が減っているのに、過保護な親は増えているんだ」
「モンスターペアレントって奴ですか?」
「私の口からは言わんが、いろいろと外野がうるさいんだよ。だから、こんな過激な案を学校側が採用するとは思えん」
「学校も所詮は犬ですね」
「リスクの少ない無難な保守的な教育こそ、今の時代は求められているのだ。先進的な革新は、私立や一部の特殊な学校に任せればいい。それが今の現状だ……不満か?」
「そんな顔してます?」
「充分している。それが不満なら、ルールを創る側になるんだな」
先生は俺に文化祭参加書を返した。
「だいたい美術部なら、美術部らしく作品展示とかいろいろあるだろう? もう少し煮詰めてから持ってこい」
「ほら、ボクの言った通りじゃないか。やっぱりスパッツにスポーツブラなんて無理なんだよ! 美術部らしく展示会にしよう!」
繭が鬼の首を取ったかのように、騒ぎ立てた。
「でも、今更展示物なんて用意できないか……」
自分で言って、自分で否定するなんて、実に繭らしい。
「そんなの過去の美術部の生徒の作品を使い回せば、いくらでも代用できる。そんなことよりも……」
俺は繭を見る。
「やれやれ、これだから繭はダメなんだ。正直言うと、俺はスパッツさえ通れば、他は何でもいいんだ」
「ど、どういうこと?」
後学のために、交渉のやり方を教えてやろう。
「人は断り続けることに対し、心理的に負担を感じる。最初は過激な祭参加書を出す。次はもう少しマイルドな参加書を出す。そうやって、次第にハードルを下げていく。相手は何度も断るのが、悪いと罪悪感を覚える。そして、最後はゴーサインを出すのさ」
「つ、つまり……」
「スパッツを履くことは決定事項だよ」
「そ、そんなぁ~」
「もう腹を括ろうぜ。繭だって部活ではスパッツを履くことあるだろ。逆に聞くけど、スパッツの何が嫌なんだ? スパッツは繭のこと、好きだよ」
「また、訳の分からないことを……」
繭がモジモジする。
「そ、その……は、恥ずかしいじゃないか……」
「恥ずかしい? 上等じゃないか。それを可愛いに変えるのが、モデルの役目だよ」
「それは……」
「例えば、繭は海やプールでは水着を着るけど、校内や街中では水着を着ないだろ?」
「当たり前じゃないか」
「だったら、美術部でデッサン教室をする時に、スパッツになることはおかしくない」
「そ、そうなのかな?」
「やらないで後悔するよりも、やって後悔しよう。新しい価値観に目覚めるチャンスかもしれないぞ?」
「そんな価値観に目覚めたくはないけど……大成はポジティブでいいね」
「そんなに羨ましがるなよ」
「翌梨もすごいし、司もすごい。ボクだけネガティブで、決断力がない」
繭がガックリと肩を落としている。
ふむ……どうしたものか。
球技大会での敗北から、繭は再び自信を無くしていた。
俺、個人としては、繭にもう少し自信を持ってもらいたいと常々思っていた。
「ネガティブって、そんなに悪いか?」
「悪いだろ?」
「そうか?」
「大成は違うと思うの?」
「集団には一人くらいネガティブな奴がいた方がいい。ネガティブって消極的ってことだろ? みんながアクセル全開タイプだったら、大変なことになる。ブレーキを踏むタイプは絶対に必要だ」
「そうかな?」
「そうだよ。それにネガティブな人って逃げ道を作るじゃん?」
「う、うん……」
「それって、決して悪いことばかりじゃない。だって、毎回背水の陣が成功するわけないんだから。それなら、退路があった方がいいに決まっている!」
「そういう考え方がポジティブなんだよ」
これは相当重症だ。
「わかった! 繭は人の良い所を見つけるのが得意なんだ!」
「はぁ? どうしてそうなるのさ」
「だって、人と比べて落ち込むってことは、その人の良い所を見つけないと落ち込めない。人間って他人の悪い所は簡単に見つけられるのに、良い所は見つけにくくて、認めにくい。だから、繭はすごいんだよ。もっと自分に自信を持てよ」
「……大成はボクのスパッツ姿が見たいの?」
「もちろん!」
「…………」
「もし良かったら、履きたくない理由教えてくれよ」
「どうして?」
「その理由がわかれば、諦めもつく。もし、俺に解決できる問題だったら、全力で解決する。それに繭と同じ理由でスパッツが履けない子がいたら、参考になるだろ。スパッツが履けるように一緒に考えようぜ!」
繭は少し悩んだ後、重い口を開いた。
「……太い……」
「太い?」
「……足が太いから嫌なのっ!」
「な、何だって! 足が太いから嫌なのか!」
「だからそう言ってんじゃん! 昔から女巨人だとかプロレスラーだとかバカにされるボクの気持ちなんかわからないよ!」
繭の目から涙がこぼれる。
相手は何気なく言ったつもりなのだろうが、繭には大きなトラウマとして傷が残っているのだろう。
「少しでも細く見せようと、タイツだって履いた。見えないようにスカートだって長くした!」
泣きながら、震える声で叫ぶ。今まで誰にも言えなかったのだろう。
「おぉ、何たることだ……いいか、良く聞け繭!」
「……うん……」
「もし、今後お前をバカにする奴が現れたら、俺が殴ってやる! そんなバカな奴らの言うことなんか真に受けるな。お前には司にも翌梨にも負けない良い所が一杯ある。少なくとも俺はそれを知っている!」
「大成……」
「この前、久々にバレーやってる姿、見たけどさ……お前、本当にカッコよかったぜ!」
「あ、ありがとう……」
「そのたくましい足だって、お前が頑張った証拠じゃん。それを一部の奴らの言葉を鵜呑みにして、否定するなよ。頑張った自分に失礼だぜ」
繭が涙を拭く。
「……ボク……スパッツ履くよ……」
「……マジで?」
「なんだか大成と話していたら、自分の悩みがバカらしくなった!」
「いや~、良くわからんが、嬉しいな! ありがとう!」
「お礼を言いたいのはボクの方だよ。ありがとう、大成」
こうして、着実に俺は夢のスパッツデッサンへの準備を進めていた。




