●決戦当日
年に五回ある定期試験を終え、六月上旬。
ついに球技大会『闘球祭』の日がやってきた。
天候に恵まれた球技日和。午後からはもっと気温が上がるらしい。
朝、俺たちは部室に集まった。
「特訓の成果はぁ?」
「みんな頑張ってくれた。普通の相手なら、負ける要素が見つからない」
リサは近くの市民体育館を予約して、放課後に特訓をしていた。
「繭のクラスとは別のリーグになったな」
「実行委員会なんだから、それくらいのことはできるでしょうね」
リサがリーグ戦の表を見る。
「ただ勝利するだけなら、みんなの記憶に残らない。今回は勝敗や結果よりも、みんなの記憶に残ることを重視するべき。優勝するのは当たり前。大切なのは勝利するまでの過程!」
「過程ぇ?」
「勝利するまでの過程……今回は試合内容がドラマチックなほど、生徒たちの胸を掴む。小さき者の勝利は見る者の心をたぎらせる」
「結果も大事だが、生徒たちの記憶に残る戦いが必要だってことだな。安心しろ。そのためのスパッツは用意した! これを履けば、学校中の視線を一人占め!」
リサが俺の用意したスパッツを見る。
「なるほど。確かに今日にピッタリのスパッツですね」
「さすが翌梨! 一目見ただけで、このスパッツの素晴らしさに気づくとは、立派なスパッツニストに成長したものだ。俺は嬉しいよ!」
「先輩、例の件……よろしく頼みますよ」
「任せておけ!」
「岬もお願いね。必ず出番を用意するから」
「了解ぃ~」
リサは窓を開け、グラウンドいる生徒たちを見下ろす。
球技大会当日の朝。
グラウンドや体育館には、ウォーミングアップや最終調整をする生徒たちが集まる。
「高い所から見下ろすと、自分が偉くなったような感じがします」
「それは言える」
「下界の愚民ども、今日は最高のショーを見せてあげるわ!」
窓を閉め、こちらに振り返る。
「ここからわたしたち、欲部會の伝説が始まる。今日はその一歩目……必ず成功させ、狼煙を上げましょう!」
刻は来た。
俺たちはお互いの健闘を祈り、部室を後にした。
「大和先輩に聞きたいことがあるんですけど」
部室を出て、すぐにリサから話しかけられた。
「スパッツのこと?」
「違います」
一刀両断された。
「如月先輩が怒る言葉を教えて下さい」
「なんで?」
「怒らせたいからですよ」
「ダメだな!」
「どうしてですか?」
「だってそれを試合中に言うつもりだろ?」
「もちろんそうですよ」
「それはダメだ。繭が傷つく」
「それなら、スパッツ履きませんよ」
「……うぐぐ……ダメだ!」
リサが驚いた顔をする。
「せ、先輩がスパッツでも動かないなんて……」
恐ろしいものでも見たかのような、驚嘆した表情のままだ。
「何か悪い物でも食べたんですか?」
「俺だって苦渋の選択だよ! もちろん、スパッツは見たい。見たいよ!」
「それなら教えて下さいよ」
「だからそれはダメだ。繭が悲しむ顔は見たくない!」
「……なるほど」
リサが納得したような顔をする。
「それ以外なら何でも話すよ。ほら、例えば、スパッツの歴史とかさ……」
「それ以外で知りたいことはありません!」
「じゃ、じゃあ、スパッツは履いてくれないのか?」
「スパッツは履きます。パフォーマンスとして必要ですからね」
「マジか! おお、神よ!」
「少し残念ですけど、まぁ、いいでしょう。多分、巨人とか言えば怒るでしょう」
「な、何でそれを! はっ! しまった!」
「単純ですね……」
「マジであいつ気にしているから、言わないでくれよ」
「さぁ、どうでしょうね」
リサは不機嫌そうに足早に去って行った。
午前九時。
グラウンドに全校生徒が集まり、開会式が行われた。
生徒たちはクラスごとにオリジナルのシャツやハチマキをつけている。
「みんな、定期試験お疲れ様。今日は待ちに待った闘球祭だ。あたしは毎年、この日を楽しみにしている。今日は一日、勉学のことは忘れて、思いっきり楽しもうじゃないか。くれぐれも熱中症や体調管理に気を付けて、怪我のないように注意しよう!」
生徒会が主催なので、会長である司が代表の挨拶をする。
生徒たちは試験も終わり、清々しい顔をしていた。
「さぁ、準備はいいか! 闘球祭の始まりだぁぁぁぁっ!」
盛大な拍手と歓喜の声が巻き起こる。
選手宣誓も無事終わり、解散の合図が出ようとした瞬間であった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
俺は列から飛び出し、疾走する。
無人の朝礼台に駆け上り、マイクを手にした。
「生徒諸君! 私はこの日を十数年間待ちわびていた」
俺の突然の奇襲。
そばにいた生徒会役員を始め、教師たちもすぐには何が起こったのかわからない様子で、反応ができなかった。
「人生にはすべての価値観を変えてしまう、そんな衝撃的な出来事が起こることがある。それを一度でも体験することができれば幸運だ。そして、今日諸君たちはその幸運を目の当たりにする!」
その言葉が終わると同時にリサを筆頭に七名の女子生徒が、朝礼台の前に集まった。
全員、おそろいの黒いハチマキを結び、両腕には黒いリストバンドをはめている。
ざわめき出す生徒たち。ようやく異常事態に気が付く教師たち。
しかし、もう遅い。
「一年三組。女子ドッヂボールチーム『チーム・ザ・スパッツ』! ここに見参!」
集まった七人がハーフパンツを下ろし、高々に投げ捨てる。
狂喜、驚喜、狂喜、驚喜!
歓喜にも悲鳴にも似た叫び声が上がる。後方の生徒たちが何事かと騒ぎ出す。
七人が崩れ始めた生徒の列の中に走り出す。
すると、モーゼが海を割ったように、列が割れていく。
「括目せよ! これがチーム・ザ・スパッツだ!」
七人の下半身には黒スパッツが履かれていた。
光沢があり、太陽の光が反射する。
「まさにシャイニング・スパッツ! 混沌の闇に光を照らし、無限の可能性を指し示す存在。 今日のドッヂボールはこのチーム・ザ・スパッツが優勝します。是非、応援お願いいたします! ちなみに履いているスパッツはポリエステル百パーセントの通気性に優れた吸汗速乾タイプ。興味がある方は二年二組の大和大成まで!」
その後、すぐに教師陣に押されられ、俺のゲリラ講演は幕を下ろした。
リサは準備しておいたボールを繭に投げつけた。
それをキャッチする繭。
「如月先輩、決勝戦でお待ちしています!」
俺の演説とリサたちの登場。
そして、リサの挑発気味なパフォーマンスで生徒たちは大いに沸いた。
教師たちに捕まった俺には、大会後の反省文が課された。
それなのに、リサと他の六名は厳重注意で済まされた。
「何という男女差別! この学校は平等という言葉が存在しないのか! 日頃の行い? そんな抽象的な理屈で俺が納得すると思うのか!」
最後まで叫んでいたが、その訴えが届くことはなかった。
首謀者として挙げられた俺が全責任を負うハメになった。
現代における人柱。
学校が社会の縮図とは、よく言ったものである。
お祭りだから多少の無茶は許されると踏んだ。
それは、半分正解であり、半分間違いであった。
世の不条理を身を持って体験するのだった。
しかし、これで落ち込む俺ではない。
舞台の準備は整った。
あとは最高のショーを観戦するだけだ。
「反省文でスパッツが見られるなら安いもの! 後は頼んだぞ、チーム・ザ・スパッツ!」
開会式が終わると、すぐにそれぞれの球技が始まった。
体育館ではバスケットボールと卓球。
グラウンドではサッカーとドッヂボール。
皆、自分が参加する種目の場所にいるか、クラスメイトの競技を応援をしている。
どこもそれほど人口密度は変わらない。
しかし、今年は違った。
グラウンドの……ドッヂボールのエリアだけ、人が溢れかえっていた。
みんなのお目当ては、もちろん一年三組のチーム・ザ・スパッツ。
下心、野次馬、好奇心など興味を引く理由は様々だが、みんな彼女たちに何かしらの期待をしていた。
最高のエンターテイメントが今、幕を開ける!




