●疑心暗鬼
「また君たちか!」
三日後。俺たちは生徒会室へ向かう繭を呼び止めた。
「先輩に逢いに来ちゃダメですか?」
「悪くはないけど、ボクも忙しいんだ。球技大会……『闘球祭』の準備もあるからね」
三日前よりイライラしている。
これがリサの言っていた猜疑心の目覚めなのだろうか。
「先輩って、生徒会副会長でバレー部のエース。カッコいいですよね!」
「べ、別に……」
「またまた、ご謙遜ばっかり! 先輩を慕っている後輩の子、多いですよ。女子生徒からモテるでしょ!」
「な、何でそれを!」
「当たりですか! あてずっぽうで言ったのに合ってましたね」
「女子が憧れる女って感じですよねぇ。私も先輩のこと、好きですよぉ~」
繭と会う前に、リサは可能な限り繭の情報を集めていた。
それをさも言い当てたような素振りで話す。
そして、今度はジッと黙って、繭の返答を待つ。
「じ、実は去年のバレンタインで、女の子からチョコを貰ったんだ……それも結構な数……」
実にうまく繭を誘導している。
リサが言うには、繭は褒められることに飢えているそうだ。
自分の話をじっくり聞いてもらって、それを認めてもらいたい。
事実、俺や司の前では聞き役になってしまうことが多い。
それが普通だと思って、繭の気持ちを考えていなかった。
「でしょ、でしょ! 去年とは違って、今年は後輩がいますから、もっと貰えますよ!」
「ううぅ……これは素直に喜んでいいものなのか……」
言葉とは裏腹に、笑みがこぼれている。
「当たり前ですよ。それだけ、先輩を慕っている子が多いって証拠です。ところで……」
「なんだい?」
「球技大会で、私と勝負をしませんか?」
「勝負? 司と君は勝負事が好きなんだね」
「はい。先輩はドッヂボールに出ますよね?」
「そのつもりだけど」
銚吠高校の球技大会は六月の上旬にある。
男子はサッカー、バスケット、卓球。
女子はサッカーの代わりにドッヂボールがある。
クラスごとにチームが分かれ、学年の垣根を越え、全校生徒がぶつかり合う。
体育祭に続くスポーツの一大イベントである。
「そこでわたしと……わたしのクラスと勝負しませんか?」
「何か賭けるの?」
「己のプライド……と言いたい所ですが、やはり何か賭けた方が真剣味が増すでしょう」
「残念だけど、球技大会は校内のイベントだ。ボクは球技大会の運営に全力を取り組む。だから、勝負なんてやらない。みんなが楽しめれば、それでいい」
「それは本心ですか?」
すかさずリサが悪魔の手を差し伸べる。
「球技大会が成功したら、それは誰の手柄になるのでしょう?」
「生徒会と委員会が中心になって進めるけど、一応……最高責任者はボクだ。これから先生達も交えて、企画書を作成していく」
「わたしは一番の功労者は如月先輩だと思います。でも、周りから評価されるのは違う人でしょうね」
「何が言いたいの?」
「球技大会が裏でどのように準備され、運営されているかなんて、一般生徒は知りません。そうなると、生徒会長が一番評価されるのではないでしょうか?」
「……そうかもしれないね」
「手柄を横取りされてまで、神居会長に付いて行く必要があるんですか?」
「別にボクは彼女のために働いているわけじゃない! 全部、自分のためだよ!」
「そうですよね。だけど、生徒たちはそうは思っていないのも事実」
「どういうこと?」
「如月副会長は神居会長の家来みたいに思われていますよ」
「そんな! 確かに副会長だけど、家来になったつもりはない!」
「もちろん、私は知っています。如月先輩は神居先輩に劣っていない。だけど、生徒会の成果は全て会長の手柄。生徒たちは他の役員を会長の手足だと思っています」
普段の繭なら、聞く耳を持たない話だ。
「生徒会長とは、生徒会役員を使う者。副会長とは生徒会長に使われる者だと、神居会長は考えています。成果が出れば、評価は会長が独り占めする。成果が出なければ、生徒会役員全員で責任を負う。組織とはそんなものです」
「そんなことって……」
「親しき仲にも礼儀あり。しかし、相手がそんな態度を取るのなら、こちらも取る態度を改めてもいいのではないですか?」
「だけど今更……」
「本能寺の変の後、明智光秀が天下を統一した姿を見てみたいと思いませんか? 義を貫き通した、石田光成が勝つ関ヶ原を見てみたいと思いませんか?」
「ボクに司を裏切れと言うのか?」
「裏切るなんて人聞きが悪い。如月先輩はこのまま生徒会を続けて下さい。私の方から一般生徒への誤解を解いておきます。こう見えても、私だってそれなりに人徳はあるんですよ」
「見返りに、ボクに何をやらせるつもりだ?」
「私と勝負して欲しいんです。私が勝ったら、如月先輩は欲部會に入って下さい」
「それは……」
「だけど、ご安心を。欲部會はほとんど自由活動です。万が一、先輩が勝負に負けても生徒会やバレー部で今まで通り活動することが可能です」
繭のようなタイプは、負けた時のことも考える。
だからこそ、このようにリスクが低いことを説明しておくと、勝負を受けやすくなる。
「勝負の勝敗の決め方は?」
繭の口から、この言葉が出たら勝負が決まったも同然だ。
「ドッヂボールはリーグ戦を経て、トーナメントに進みます。単純に勝った方が勝者です。仮にお互いがぶつかる前に負けたら、順位が高い方の勝ちでどうでしょう?」
「わかった」
「それでは勝負を受けてくれるんですね?」
「ボクが勝った場合、翌梨はバレー部に入ってもらう」
「そうきましたか」
「ただし、翌梨の場合は欲部會を辞めて、バレーボールに集中してもらう。勝負を受けるんだから、これくらいのメリットがあってもいいだろう?」
「強欲な先輩は好きですよ。もちろんその条件で結構です。だけど、私がバレー部ですか?」
「君の運動神経は知っている。断ったそうだが、うちのキャプテンから誘いもあったはずだ。君が本気で練習に取り組めば、ボクたちはさらに強くなれる!」
「それでは、勝負することに決まりですね。欲部會の二人が証人でいいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます。早速、生徒たちの誤解を解いておきますね」
「よろしく頼む」
「先輩も球技大会の準備、よろしくお願いします」
「順調に進んだな」
「当然です。さぁ、甘い物を食べましょう」
機嫌がいいのか、あのリサが板チョコを半分もくれた。
チョコを頬張ると、口いっぱいに甘さが広がる。
リサは砂糖コーヒーを作ると、そこにチョコを混ぜ始めた。
「名付けて、チョコーヒー! んんっ! おいしい!」
本当に上機嫌だ。
「如月先輩は怒りで普段の精神状態ではなかった。だからこそ、勝負を受けたんです。あとは絶対負けるはずないっていう自信」
思い返せば、勝負を受けた時の繭は、もう勝ったかのような表情であった。
「実際、去年の繭は一年ながら、球技大会で大活躍した。結果こそ三年のクラスに負けて準優勝だったけど、今年は優勝最有力候補だからな」
「リサちゃん……勝てるのぉ?」
岬が二杯目のコーヒーを注ぐ。
「自信は油断へと変わり、驕りが生じる。それに勝敗は兵家の常、結果どうなるかはわからないよ」
自信家のリサにしては、意外な返答だ。
てっきり余裕だと思っていた。
負けたらリサはバレー部に入る。
そうなると、規定人数を割った欲部會は廃部になる。
「球技大会前の一週間……わたしは欲部會の活動を休んで、クラスメイトと特訓します」
この時期になると、体育の授業は球技大会の種目ごとに分かれて行われる。
しかし、それ以外の休み時間や放課後に練習する生徒は皆無である。
「もうドッヂボールに出るメンバーには特訓の話をしてあります」
毎度のことながら、リサの準備の早さには驚かされる。
「どうせやるなら、ド派手にやりましょう!」
カップに残ったコーヒーを飲み干し、砂糖をかきこむ。
「それなら、俺にいい案がある」
「なになに! 何ですか?」
「グラウンドの……学校中の視線を翌梨に注がせてやる」
「なんとなく予想はつきますが、よろしくお願いします」
「これは翌梨一人だけの戦いじゃない。俺たち欲部會の戦いだ! そして、スパッツ布教活動でもある!」
「やっぱり、最後はそこに着地するんですね」
「わ、私もやりたいことがあるのぉ~」
「ようやく欲部會らしくなってきましたね」
リサは満足そうに、俺たちの意見を聞いた。




