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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第三章 闘球祭(とうきゅうさい)
23/54

●疑心暗鬼

「また君たちか!」

 三日後。俺たちは生徒会室へ向かう繭を呼び止めた。

「先輩に逢いに来ちゃダメですか?」


「悪くはないけど、ボクも忙しいんだ。球技大会……『闘球祭とうきゅうさい』の準備もあるからね」

 三日前よりイライラしている。

 これがリサの言っていた猜疑心の目覚めなのだろうか。


「先輩って、生徒会副会長でバレー部のエース。カッコいいですよね!」

「べ、別に……」

「またまた、ご謙遜ばっかり! 先輩を慕っている後輩の子、多いですよ。女子生徒からモテるでしょ!」


「な、何でそれを!」

「当たりですか! あてずっぽうで言ったのに合ってましたね」

「女子が憧れる女って感じですよねぇ。私も先輩のこと、好きですよぉ~」


 繭と会う前に、リサは可能な限り繭の情報を集めていた。

 それをさも言い当てたような素振りで話す。

 そして、今度はジッと黙って、繭の返答を待つ。

「じ、実は去年のバレンタインで、女の子からチョコを貰ったんだ……それも結構な数……」

 実にうまく繭を誘導している。


 リサが言うには、繭は褒められることに飢えているそうだ。

 自分の話をじっくり聞いてもらって、それを認めてもらいたい。

 事実、俺や司の前では聞き役になってしまうことが多い。

 それが普通だと思って、繭の気持ちを考えていなかった。


「でしょ、でしょ! 去年とは違って、今年は後輩がいますから、もっと貰えますよ!」

「ううぅ……これは素直に喜んでいいものなのか……」

 言葉とは裏腹に、笑みがこぼれている。

「当たり前ですよ。それだけ、先輩を慕っている子が多いって証拠です。ところで……」


「なんだい?」

「球技大会で、私と勝負をしませんか?」

「勝負? 司と君は勝負事が好きなんだね」

「はい。先輩はドッヂボールに出ますよね?」

「そのつもりだけど」


 銚吠高校の球技大会は六月の上旬にある。

 男子はサッカー、バスケット、卓球。

 女子はサッカーの代わりにドッヂボールがある。

 クラスごとにチームが分かれ、学年の垣根を越え、全校生徒がぶつかり合う。

 体育祭に続くスポーツの一大イベントである。


「そこでわたしと……わたしのクラスと勝負しませんか?」

「何か賭けるの?」

「己のプライド……と言いたい所ですが、やはり何か賭けた方が真剣味が増すでしょう」


「残念だけど、球技大会は校内のイベントだ。ボクは球技大会の運営に全力を取り組む。だから、勝負なんてやらない。みんなが楽しめれば、それでいい」

「それは本心ですか?」

 すかさずリサが悪魔の手を差し伸べる。


「球技大会が成功したら、それは誰の手柄になるのでしょう?」

「生徒会と委員会が中心になって進めるけど、一応……最高責任者はボクだ。これから先生達も交えて、企画書を作成していく」

「わたしは一番の功労者は如月先輩だと思います。でも、周りから評価されるのは違う人でしょうね」


「何が言いたいの?」

「球技大会が裏でどのように準備され、運営されているかなんて、一般生徒は知りません。そうなると、生徒会長が一番評価されるのではないでしょうか?」

「……そうかもしれないね」


「手柄を横取りされてまで、神居会長に付いて行く必要があるんですか?」

「別にボクは彼女のために働いているわけじゃない! 全部、自分のためだよ!」

「そうですよね。だけど、生徒たちはそうは思っていないのも事実」


「どういうこと?」

「如月副会長は神居会長の家来みたいに思われていますよ」

「そんな! 確かに副会長だけど、家来になったつもりはない!」


「もちろん、私は知っています。如月先輩は神居先輩に劣っていない。だけど、生徒会の成果は全て会長の手柄。生徒たちは他の役員を会長の手足だと思っています」

 普段の繭なら、聞く耳を持たない話だ。


「生徒会長とは、生徒会役員を使う者。副会長とは生徒会長に使われる者だと、神居会長は考えています。成果が出れば、評価は会長が独り占めする。成果が出なければ、生徒会役員全員で責任を負う。組織とはそんなものです」


「そんなことって……」

「親しき仲にも礼儀あり。しかし、相手がそんな態度を取るのなら、こちらも取る態度を改めてもいいのではないですか?」

「だけど今更……」


「本能寺の変の後、明智光秀が天下を統一した姿を見てみたいと思いませんか? 義を貫き通した、石田光成が勝つ関ヶ原を見てみたいと思いませんか?」

「ボクに司を裏切れと言うのか?」


「裏切るなんて人聞きが悪い。如月先輩はこのまま生徒会を続けて下さい。私の方から一般生徒への誤解を解いておきます。こう見えても、私だってそれなりに人徳はあるんですよ」

「見返りに、ボクに何をやらせるつもりだ?」


「私と勝負して欲しいんです。私が勝ったら、如月先輩は欲部會に入って下さい」

「それは……」

「だけど、ご安心を。欲部會はほとんど自由活動です。万が一、先輩が勝負に負けても生徒会やバレー部で今まで通り活動することが可能です」


 繭のようなタイプは、負けた時のことも考える。

 だからこそ、このようにリスクが低いことを説明しておくと、勝負を受けやすくなる。

「勝負の勝敗の決め方は?」

 繭の口から、この言葉が出たら勝負が決まったも同然だ。


「ドッヂボールはリーグ戦を経て、トーナメントに進みます。単純に勝った方が勝者です。仮にお互いがぶつかる前に負けたら、順位が高い方の勝ちでどうでしょう?」

「わかった」

「それでは勝負を受けてくれるんですね?」


「ボクが勝った場合、翌梨はバレー部に入ってもらう」

「そうきましたか」

「ただし、翌梨の場合は欲部會を辞めて、バレーボールに集中してもらう。勝負を受けるんだから、これくらいのメリットがあってもいいだろう?」

「強欲な先輩は好きですよ。もちろんその条件で結構です。だけど、私がバレー部ですか?」


「君の運動神経は知っている。断ったそうだが、うちのキャプテンから誘いもあったはずだ。君が本気で練習に取り組めば、ボクたちはさらに強くなれる!」

「それでは、勝負することに決まりですね。欲部會の二人が証人でいいですか?」


「構わないよ」

「ありがとうございます。早速、生徒たちの誤解を解いておきますね」

「よろしく頼む」

「先輩も球技大会の準備、よろしくお願いします」


「順調に進んだな」

「当然です。さぁ、甘い物を食べましょう」

 機嫌がいいのか、あのリサが板チョコを半分もくれた。


 チョコを頬張ると、口いっぱいに甘さが広がる。

 リサは砂糖コーヒーを作ると、そこにチョコを混ぜ始めた。

「名付けて、チョコーヒー! んんっ! おいしい!」

 本当に上機嫌だ。


「如月先輩は怒りで普段の精神状態ではなかった。だからこそ、勝負を受けたんです。あとは絶対負けるはずないっていう自信」

 思い返せば、勝負を受けた時の繭は、もう勝ったかのような表情であった。


「実際、去年の繭は一年ながら、球技大会で大活躍した。結果こそ三年のクラスに負けて準優勝だったけど、今年は優勝最有力候補だからな」

「リサちゃん……勝てるのぉ?」

 岬が二杯目のコーヒーを注ぐ。


「自信は油断へと変わり、驕りが生じる。それに勝敗は兵家の常、結果どうなるかはわからないよ」

 自信家のリサにしては、意外な返答だ。

 てっきり余裕だと思っていた。

 負けたらリサはバレー部に入る。

 そうなると、規定人数を割った欲部會は廃部になる。


「球技大会前の一週間……わたしは欲部會の活動を休んで、クラスメイトと特訓します」

 この時期になると、体育の授業は球技大会の種目ごとに分かれて行われる。

 しかし、それ以外の休み時間や放課後に練習する生徒は皆無である。


「もうドッヂボールに出るメンバーには特訓の話をしてあります」

 毎度のことながら、リサの準備の早さには驚かされる。

「どうせやるなら、ド派手にやりましょう!」

 カップに残ったコーヒーを飲み干し、砂糖をかきこむ。


「それなら、俺にいい案がある」

「なになに! 何ですか?」

「グラウンドの……学校中の視線を翌梨に注がせてやる」

「なんとなく予想はつきますが、よろしくお願いします」


「これは翌梨一人だけの戦いじゃない。俺たち欲部會の戦いだ! そして、スパッツ布教活動でもある!」

「やっぱり、最後はそこに着地するんですね」

「わ、私もやりたいことがあるのぉ~」

「ようやく欲部會らしくなってきましたね」

 リサは満足そうに、俺たちの意見を聞いた。


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