●離間の計
「確かに司はボクを軽んじる時があるけど、だからと言って司を裏切ることはない。まして、君たち側につくつもりはないよ」
放課後の体育館。
俺たちは部活中の繭に接触した。
繭は生徒会とバレー部を兼任している。
「如月副会長はこのままでいいんですか?」
「どういう意味?」
「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)という諺をご存じですか?」
「韓信だろ。王佐の才と言い、翌梨は中国史が好きなの?」
「はい。その様子だと、副会長もお好きなんですか?」
「生徒会以外では副会長じゃなくていいよ。そうだな~、史記や三国志、水滸伝なんかも好きだね。日本史だと戦国時代や幕末なんか好きだよ」
小学校の頃、一時期、俺と繭の間で歴史ブームが起こった。
特に興味を持ったのは日本史と中国史で、二人でよく図書館に入り浸った。
「それなら、意味をご存じですよね。必要な時は重宝されますが、用がなくなれば、あっさり捨てられる例えです」
「司がボクを捨てると?」
「将来的にそうなってもおかしくありません。捨てられるならまだしも、先輩の能力を恐れて、無実の罪を着せる可能性だってあります。空の箱が贈られてからでは遅いです」
リサは知識が豊富で、どんな話題の会話でもできた。
「如月先輩と神居先輩は刎頚の友なのですか? わたしからすれば、先輩はいいように利用されているだけに思えます」
「…………」
沈黙する繭。どうやら思い当たる節があるようだ。
「いちいち腹を立ててたら、司の下では働けないよ。もう練習に戻っていいかな?」
「私は如月先輩こそ、評価されるべき人物だと思います」
繭の足が止まる。
「どんなに優れたトスをあげたとしても、それをスパイクできる選手がいないとバレーでは勝てません。同じように、どんなに優れた政策を取ろうとも、それをサポートし、補佐できる人間がいないと無意味です」
「ボクにどうしろと?」
「もっと先輩が輝ける場所に行くべきです!」
「それが君たちの元だと?」
「それも一つの答えです。先輩ならどこでも輝けますよ。それだけ、優秀な人材です」
「褒めても何も出ないよ」
「心に留めておいて下さい。神居先輩の下では、如月先輩は常に陰で目立つことができません。この先ずっと影のままでいいんですか?」
「……悪いけど、練習に戻るから」
その後、俺たちはしばらく体育館の隅でバレー部の練習を見学した。
「是非とも、バレー部の練習着にスパッツを導入したいな!」
あのハーフパンツがスパッツならどれほど絶景だろうか。
「試合用のユニフォームは、さぞかし素晴らしいだろう」
「先輩、セクハラで告発されますよ」
「美しいものを素直に美しいと言ったら犯罪なんて、世も末だ。実に世知辛い世の中になったものだな」
「先輩から見て、如月先輩はどうですか?」
「素晴らしい。翌梨と日向寺とは違う魅力があるよ。あのムッチリ感はたまらない。美しくも雄々しく舞い踊るその姿は、魔性の獣だよ」
こんなにも俺好みに育ってくれるなんて、幼馴染として嬉しい成長である。
「あえて何も言いませんが、男性なら、普通はあの大きな胸に目がいかないんですか?」
ジャンプするたびに、大きな胸が躍動する。
リサもそれなりの胸をお持ちだ。
そんな女のリサでも、繭の胸には目がいくようだ。
「バスト党の議員は多い。政権的には与党だよ」
「遺伝子レベルで考えれば、胸への関心は哺乳類の本能に関わるから当然ですね」
そしてニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「それで、先輩は?」
「強いて入るならヒップ党かな。厳密にはスパッツ党だけどな。日向寺は?」
聞こえていないようだ。
岬は寂しそうに、自分の胸を撫でている。
「……本題に戻りますが、先ほどの会話の手ごたえはどうでしょう?」
「いい具合に煽れたと思う。その証拠に見てみろよ」
俺は繭の方へ視線を向ける。
「荒れてますね」
「少し前までは、もっと丁寧にコーナーを狙ってた。だけど、今はただ力任せに打ってる。まるでストレスを発散させるかのようにな。幼馴染の俺が言うんだから間違いない!」
「そのようですね」
「そう仕向けたのは翌梨だろ」
「フフフッ、面白くなってきましたね。そろそろ戻りましょうか」
まだ岬は、ぺったんこの胸を擦っている。
体育館を後にして、部室へ戻ってきた。
「この上なく上出来な滑り出しです」
リサが岬からコーヒーカップを受け取る。
あれから俺たちは自分のコップを持参するようになった。
岬にお菓子作りの趣味があるとわかると、放課後は優雅なティータイムを過ごしている。
今日はクッキーを焼いてきてくれた。これがまた、うまいのである。
「うまっ! なんだこれ! お店で売れるレベルじゃないか!」
「せ、先輩は何か好きなお菓子ありますかぁ?」
「基本的には何でも好きだよ」
「そ、そうですかぁ」
あの密着の件以来、岬と少し距離感がわからなくなってきた。
「話続けてもいいですか?」
そして、リサが少しムスッとした顔で睨み付けてくる。
「如月先輩は褒められることに飢えている。そこをくすぐりつつ、猜疑心を目覚めさせて攻め込む予定です」
毎度おなじみ砂糖コーヒーを錬成する。
本日はいつもより多めな気がした。
「ほほう……」
「大事なのは如月先輩本人に気づかせること。今まで見ぬ振りをしてきたものが、心の中で大きくなりつつある」
「風邪だと自覚した瞬間、急に怠くなるような感じか?」
「そうそう、そんな感じです! 自覚させることが大切なんです。まずは疑いの種をまく。後はその芽に、水をあげて育てるだけ」
「どうしても、繭が司を裏切るビジョンが想像できない」
「長期的ならまだしも、短期間では厳しいでしょうね」
「ええっ! ど、どうするつもりだ?」
予想外の返答で、驚いてしまう。
「大丈夫ですよ。短期決戦なら、それなりの攻め方がある。大切なのは臨機応変に柔軟な対応を取ることです」
リサはいつも通り、自信満々である。




