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第二幕:遊行寺の密約 ―敗者の選んだ守り本尊―、2. 「徳」の一字に込められた呪い


藤沢の遊行寺、その地下深くにある非公開の資料庫。


宇賀神蓮は、巳波が県立文書館から特別に借り出してきたマイクロフィルムの画像を、震える指で操作していた。


「……見つかったわ。これが、江戸幕府が公式記録である『徳川実紀』から徹底的に排除した禁断の書、『三河平井記みかわひらいき』の写本よ」


画面に映し出された古めかしい文字を、巳波が流れるように読み解いていく。


「ここを見て。徳川家康の先祖、得川有親ありちかが遊行寺で出家した際、授かった名は『徳阿弥とくあみ』。その息子、親氏は『長阿弥ちょうあみ』と名乗った。……驚くべきは、後の天下人が名乗る『徳川』という姓の由来よ」


「……『徳』の字か」蓮が呟いた。


「ええ。一般には源氏の血筋である『得川えがわ』を『徳川』に改めたとされているけれど、この資料には別の真実が記されている。家康が松平から徳川へ改姓した際、その『徳』の字に選んだのは、先祖が蛇神に捧げた法号――『徳阿弥』の頭文字だったのよ。つまり、徳川という名は、一族の誇り高いルーツを示すものではなく、あの遊行寺の暗闇で蛇神・宇賀神と交わした『密約の継続』を宣言するための記号だった」


蓮の左腕の鱗が、熱を帯びて脈打った。


まるで、その言葉に反応しているかのようだった。


「宇賀神には『財施ざいせ』という意味がある。この神を祀る者は、衣食住に困らず、黄金の福徳を授かるとされるわ。でも、その代償は一族の血を『蛇の魂』で汚すこと。徳川家が天下を取った後、彼らがこの遊行寺をいかに異常なまでに特別視していたか、その記録がここにある」


巳波は別の資料を提示した。 「寛政6年(1794年)、遊行寺が火災で焼失した際、幕府は即座に白銀30枚という、一寺院の境内社としてはあり得ない額を『宇賀神殿』の再興費として支出している。歴代将軍がこの名もなき石像に注ぎ続けたのは、信仰心ではなく、自分たちの繁栄を支える『蛇の力』が、結界の外へ漏れ出すことを恐れたがゆえの封印の儀式……すなわち、国家規模の『浴酒供よくしゅく』だったのよ」


「国家規模の、浴酒供……」


蓮は、祖父の蔵で見つけたあの作法書を思い出した。


人肌に温めた酒を注ぎ、神を喜ばせ、力を引き出す秘儀。徳川家は260年間にわたり、日本中の富を「酒」としてこの蛇神に注ぎ続け、その見返りとして泰平の世を維持してきたのではないか。


その時、蓮の腕に鋭い痛みが走った。


「うっ……!」


袖を捲ると、銀色の鱗はすでに肩を覆い、鎖骨のあたりまで浸食していた。その鱗は、資料に記された「徳」の字と同じ光沢を放っている。


「宇賀神さん、しっかりして! このままじゃ、あなたの実体が『黄金』に変換されてしまう」


巳波が叫ぶのと同時に、資料室の重い扉が外側から激しく叩かれた。


「……誰だ」 蓮が視線を向けると、扉の隙間から、どこか爬虫類を思わせる無機質な眼差しが覗いていた。 それは、現代まで徳川の「神としての正統性」を守り続けてきた守旧派の監視者たち――かつての『十五童子』の役割を継承し、宇賀神の秘密を葬り去るために組織された闇の職能集団の末裔だった。


「徳」という文字に込められたのは、美徳などではない。 それは、終わることのない富への渇望と、蛇へと堕ちていく一族の呪いそのものだった。


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