14.ナツキ
俺はあの交差点に来ていた。
やっと再会出来た兄さんは俺を庇って呆気なく死んでしまった。
沢山話をしたかった。離れている間、兄さんに話したいことを書き溜めたノートはもう何十冊とある。
小学校で満点を取ったこと。かけっこで1番になったこと。
学級委員になったこと、学芸会で主役をしたこと。
書き初めで銀賞を貰ったこと、ケガをして大泣きしたこと。寂しくて兄さんを思って泣いた夜。
子供の頃の方がその気持ちが強かったからか、寂しさからか…ノートは小学生の頃が1番書いた。
中学に上がり、高校に上がり…やがて大学生に。
そして、探していた兄さんを見つけた。やっと見つけた。引き取ってくれた両親は、兄さんと再会させることを嫌がったから、時間が掛かってしまった。
なのに、最後まで兄さんは僕のことばかり。
庇って貰った後、起き上がった俺に
「ナツキ…」
俺に伸ばした手は途中で力なく投げ出され、足は折れて血だらけで。なのになんで、そんなに穏やかな顔をしてるんだよ!
俺が、俺のせいで!!
何一つ出来なかった。再会したら話をしたかったこと、何一つ。やっと会えたのに。
兄さんの葬儀はとても静かだった。孤児だからなのか、分からないけど。
それでも、棺の前で号泣する男性がいた。そばで寄り添う男性も静かに涙を流している。
例え少なくても、兄さんには泣いてくれる友達が居たんだ。それが嬉しかった。
もっと色々聞きたかったよ…兄さん。
しばらくはショックで学校にも行けず、引きこもっていたけどこんなんじゃ兄さんに怒られる。そう思って、あの交差点に向かった。花束を抱えて、月命日に。
そこには先客がいた。
1輪の白いバラを備えて跪いて手を合わせている。通り過ぎる人の目線に気にせず、泣きながら。そしてあっと思った。
葬儀の時に号泣していた男性だ。大柄で優しそうな風防は多分、間違いない。
声を掛けようとして眩しい光に目を閉じた。
ドンッ
「キャー」
激しい音と悲鳴。目を開けると、まさか、そんな…。
あの人が俺の近くまで飛ばされて倒れていた。そんな…?動くこともできず、他の人が救急車を、と叫ぶ声をどこか遠くの出来事のように聞いていた。
翌日、ネットニュースであの人の交通事故を見つけた。
辻本 瑠璃波
それが彼の名前だった。
記事の最後に親友が亡くなった場所で眠ると書かれていた。親友…やっぱりそうだったんだ。知らない人だけど、兄さんの親友だった人。
その人の葬儀はどうなるんだろう?
俺は事故の目撃者として警察にも行ったから、尋ねる事にした。
すると
「あぁ、彼の葬儀はえっと…親友が執り行うそうだ」
俺はあそこで亡くなった兄さんの弟だと話をして、葬儀について教えて貰った。
そこには小さな祭壇と古ぼけた遺影が飾られていた。ポツンと1人、座っているだけの寂しいお葬式。
でも、悲しんでくれる人がいる。
僕はその人の遺影を見る。そして、涙を流した。
「兄さん…」
その遺影にはまだ高校生くらいの兄さんと肩を組んだ姿が写っていた。
顔を上げたたった1人の参列者は俺を見て
「君は、ナツキ、か?」
と聞いて来た。頷いて
「はい…」
そうか、泣きながら何度もそうか、と呟いた。
彼は東雲 一葉さん。
兄さんと瑠璃波さんの親友で、施設に預けられてからの付き合いだと言った。
それから一葉さんとは時々会った。兄さんの話を聞くために。瑠璃波さんの口癖とか、兄さんの仕草とか。
俺の知らない兄さんを知ってる人。
彼と過ごす時間は、兄さんと離れた時間を埋める作業のようで心が安らいだ。
そうして、兄さんのことを沢山聞いて…やがて兄さんが亡くなってから1年が経とうとしていた。
その頃には一葉さんは俺に取って兄さんみたいな存在になっていて、家族とは違うけど親友のような兄のようなそんな存在になっていた。
兄さんの命日は雨で、例の交差点で待ち合わせをした。
直前に大学で先生に捕まり、慌てて向かった。待ち合わせの時間は過ぎてしまった。
交差点が見えて一葉さんを見つけた。青信号に変わったのを確認して走る。
一葉さんが俺を見つけ
「ナツキ!」
叫んだ。眩しい光が近付いてくる。
ドンッ
衝撃が来た。飛ばされたけどそんなに痛くない。ゆっくりと体を起こすと俺の下に一葉さんがいた。
えっ…何が?
ザァーーー
スローモーションのように時が止まったみたいだ。あ…あの時と同じ。兄さんが僕を庇って。
目の前で一葉さんが動く。急激に時間が動いたような錯覚に陥る。
「ナツ、キ…」
「一葉さん?一葉さん…そんな、一葉!」
抱き上げた一葉さんは俺の腕の中でゆっくりと目を閉じて、その体から力が抜けた。
「一葉!いやだ、一葉ぁーーー!」
なんでこんな事に?
兄さんも瑠璃波さんも、一葉さんまで。しかも2度は俺を助けるために。
悪いのはもちろん、制御を誤った運転手で、酔っ払い運転をした運転手で、青信号で突っ込んできた運転手で。
でも、もう返ってこない。みんな逝ってしまった。
俺は今度こそ家から出られなくなった。
兄さん…どうして?兄さん、兄さん、兄さん…会いたいよ。泣きながら寝て、寝ながら泣いて。
そんな時間を過ごしたある日、ふと呼ばれている気がした。兄さん?
俺は急いで着替えると家を出た。
花屋で白いバラを3輪買った。呼ばれてるなら、どうか俺もそちらに。兄さん、1人はもう嫌だよ!
あの交差点に来た。
俺はそこに佇む。白いバラを3輪持ったまま。雨が降り出した。車が行き交う。ただ雨に打たれながら、その時を待つ。
そして、
ナツキ!
兄さん、迎えに来てくれたんだね!今逝くよ!!
また会おうね。兄さん。
僕は眩しさに目を瞑った。そう、これでいい。何も思い残すことは無いから。
キキーッ
ドンッ
ドサッ
兄さん…やっと…
*****
「おーい、原稿締め切りだぞ!書けたか?」
「おう!見てくれ」
「悲惨な事故だったな」
「あぁ…やるせないな」
― 魔の交差点 若者の命を吸い取る
都内のある交差点で、1年1ヶ月前にブレーキの故障で1台のトラックが歩道に突っ込み、20才と18才の大学生を刎ねて1人を死亡させた。2人は兄弟で兄が弟を庇って亡くなった。
その翌月、亡くなった大学生 大月 遥さんの親友で同じ大学に通う辻本 瑠璃波さんが、月命日で白いバラを供えて遥さんの冥福を祈っていた所に、酒酔い運転のトラックが突っ込み、瑠璃波さんが死亡した。
そして一年後、遥さんの命日に今度は遥さんと瑠璃波さんの親友の東雲 一葉さんが遥さんの弟日枝 菜月さんとその交差点で待ち合わせをし、青信号を渡っていた菜月さんに突っ込んで来た暴走車から菜月さんを庇って、一葉さんが死亡した。
さらにその翌月、白いバラを3輪持った菜月さんが交差点で目撃されている。雨の降る夜の事で、そこにスリップしたトラックが突っ込み、菜月さんも死亡した。
最初に亡くなった遥さんは弟菜月さんと幼い頃に離れ離れになり、再会した直後に亡くなっていた。親友も相次いで亡くなり、最後には庇われた菜月さんまで亡くなった。
まるで死の連鎖、死の交差点。
警察は早急に、ガードレールの設置や交差点の周囲の安全性を見直すと発表した。遅すぎるという地元の声で、区役所でも紛糾した。
菜月さんの無事を願った遥さんの願い虚しく…。
これ以上の被害を避けるためにも、早急な対策が急がれる
みなさんのご冥福を心よりお祈りします ―
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