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雨降りの午後

 手を繋いで寝ると、その人達は同じ夢を見るらしい。


 まだ親と一緒に寝ていた位に小さかった時、誰かからそれを聞かさた。

 よく覚えていないが、保育園の先生か親戚のおばさんだろう。

 そこそこ年をとった女性から聞かされたのは間違いない…という不思議な確信がある。


 自分の夢を親に見られるのがこわくて、恥ずかしくて、とても大きな不安に襲われていた。

 親と寝るのが嫌だと思った。

 

 しかし、親の布団離れをするには早すぎたので、結局、親の布団に入る安心感が勝った。



 午後から雨が降るということで、晴天のベランダに干してある布団をしまっていた修平は、幼い頃の記憶を思い返していた。


 今思うと、あれが最初の反抗期の始まりだったのかもしれない。


 親を拠り所として、離れてはくっつきを繰り返すことで、子供の行動範囲は広がり、親離れに繋がるらしい。

 そんな知識を得てから自分の小さい頃を思い返すと、不思議と納得する部分がある。

 

 友達の家に泊まったり、自転車で遠くへ行くのはずいぶんと慣れた。

 しかし、夕暮れに近くなると小さな不安を覚えるし、家が近づく度に安心もする。

 家に入った時の安らぎは、否定しようがない。

 改めて、自分が親離れできない子供であることを思い知らされる。



「本当に雨、降るのかな。」

 誰もいない家で一人つぶやく。


 干してある家族分の布団をしまうだけで、背中が汗ばむほどの暑さだ。

 恭介の言ったこととはいえ、疑問に思わずにはいられない。


 午前中に干していただけでも、布団はしっかりと乾いていた。

 降っても降らなくても、どうせ布団はしまうのだ。

 雨で濡れる心配がなくなっただけ。

 そう考えると、雨が降ろうが降るまいが、どうでも良くなった。



 プールから帰り、くたくたで腹ぺこの修平は、お昼ごはんのカツ丼を美味しくいただいた。


 そのあとすぐ、母さんが近所のおばさんと買い物に行くというので、留守番と布団の片付けを命じられていたのだ。



 その命を果たすと、プールで遊んだ疲れとお腹が一杯になった満足感から、猛烈な眠気に襲われた。

 すぐそこには、干したてふかふかの布団がある。


 ほぼ無意識のうちに布団に飛び込み、眠りにつく。

 寝転がってから眠るまでの時間は、ほとんど無かっただろう。



 どすっ



 っという鈍い音が頭に鳴り響き、体に衝撃を感じ、目が覚めた。


「人の布団で何寝てんの?」


 状況が理解できない。


「は…はぁ?」

 と漏れるような声をしぼり出す。


「何?寝ぼけてんの?

 布団、せっかく干しても、あんたが寝たら意味ないじゃん。」

 不機嫌な声を自分に浴びせるのは、姉ちゃんだった。


 どうやら、蹴り起こされたらしい。

 とりあえず飛び込んだ布団は、姉ちゃんのものだったようだ。

 それにしても不機嫌である。


「はぁ…。

 雨には降られて濡れるし、布団は弟の寝汗で濡れるし、もう最悪。」

 ひと蹴りでは気が収まっていないご様子である姉の髪は、濡れていた。


 どうやら雨が降ったらしい。

 時計を見ると、1時間半は寝ていたようだ。


 恭介の言ったことが当たっていた。

 さすが恭介だな〜と感心していると、頬が緩んでいたらしい。


「は?

 何ニヤニヤしてんの?」


 逆鱗に触れかけているようだ。

 面倒になりそうなので、自分の部屋に退却する。



 恭介を驚かせたりすると、してやったりの気持ちになるが、彼自身が間違ったことを言うのは、なんだか嫌だ。

 なので、外れるのが当たり前のような天気予報でさえ、言い当てられると安心する。


 それに、もし晴れが続いたら、「やっぱり遊べたじゃないか」「あのまま遊んでいたら」という

 「たら・れば」で、あれこれ余計なことを考えてしまう。


 不機嫌な姉には申し訳ないが、雨に降られたこととは全く関係ないところで、嬉しい気持ちはあった。



 ぶつぶつと聞こえる文句を背に、歩みを進める。

 大分機嫌が悪いようだ。


 しばらく部屋から出ないほうが賢明だな…。

 と考えると、問題がある事に気がついた。


 パソコンはリビングと父さんの部屋にしかない。

 このまま部屋にいると、自由研究が止まったままだ。


 部屋から出られない閉塞感と、自由研究が進まない停滞感から、一気に気が重くなる。


 その一方で、いい睡眠が取れたらしく、体は軽く、頭もすっきりしている。


 どうしよう…。


 やることが無くなった。


 とりあえず、恭介にメールをしてみた。


「雨、降ったね。午後は遊ばなくて正解だったね。」


 数分待ってみたが、返信は来ない。

携帯などを見ていないのか、見れない状況なのか、自分と同じように寝てしまっている可能性もある。

 とにかく、メールを見ていないことは確かだ。


 恭介は、見たメールはその場で返信する。

 忙しくても、

「今、手が離せないから、後でまた返信する。」

 という内容のメールをするようなやつだ。


 道標を失った修平は、漫画やゲームをする気にもなれず、

 狭い部屋の中をうろうろとしていた。

 

 自分の頭は、自由研究をすることが大部分を占めているようだった。

 エロ本を探すとか考えたりもしていたが、今は単純にグーグル・アースの面白さに惹かれているのだ。

 (エロ本については、後回しにしているだけで、完全にあきらめた訳ではないない。)

 読み終えたマンガよりも、やり飽きたゲームをするよりも、ずっと楽しい。

 

 そう自覚すると、パソコンを触りたい欲求がさらに増す。


 マンガ本の情報や、ゲームの攻略サイトなどは、長時間見ていると小言やら冷たい視線やらが飛んでくる。

 そういうサイトばかり見ていたために、リビングで家族がいる時にパソコンをするのは避けていた。

 しかし、よくよく考えると、今回はその必要が無いのだ。


 エロいものを探すわけじゃない。

 家族に見られて困るような要素も特にない。

 自由研究という大義名分もある。

 これに関しては、恭介も一緒という事もあり、説得の材料としてはとても強力だ。

 親も、そしてなぜか姉も、恭介には実の息子・弟である自分以上に信頼を置いている空気がある。

 

 つまりは、家族がいても、堂々と触っていられる可能性が高いのだ。


 そう考えると、ますますパソコンを触りたくなった。

 リビングの中で、家族のいる中で、堂々とパソコンをするというのは、さぞかし気分がいいだろう。


 だが、そのリビングには、絶賛不機嫌中の姉がいる。


 それに、いくら自由研究とはいえ、パソコンを触っていられる時間にも限りがある。



「宿題をそれなりに進めておく必要があるな・・・。」



 色々考えた結果、少し宿題を進めることにした。


 宿題をしたあと、リビングで思いきりパソコンを触るためにも、そこそこ進める必要がある。

 さらに、自分が勉強しているのだと、親に十分認識させなければならい。



 こっ恥ずかしくてしばらくやっていないが、あれをやるしかない。



 修平は覚悟を決めた。


 ドアを開けると、不機嫌な姉のいるリビングへ向かった。

 面倒なことになるかも…と少し心配していたが、こちらを見ようともしない。


 ドアを開ける音は確実に聞こえているはずなので、無視を決め込んでいるようだ。


 好都合である。


 修平がリビングに向かったのは、ゲームを置くためだった。


 部屋にこもっていると、ゲームばかりしているのではないか…など、色々勘ぐられて面倒だ。

 しかし、こうすればそれを回避できる。

 勉強するこちらとしても、誘惑か減る。

 その分、手が進みやすくなって良い。


 リビングにゲームを置くと、すぐに自分の部屋に戻った。

 大丈夫だとは思うが、余計な面倒が起きる可能性は少ないほうがいい。


 自分の部屋に戻ると、もうひとつの“勉強してますアピールグッズ”を取り出した。

 「勉強中、しずかに!」の文字が大きく書かれたホワイトボードだ。

 その他にも、勉強開始時刻と、終了時刻、勉強時間が書けるようになっている。


 小学3年生に上がる春休み、藤田家は引っ越しをした。

 初めて自分の部屋をもらった修平は、部屋に閉じこもり、ゲーム三昧の日々を送るようになっていた。


 両親、姉の小言が日ごとに増し、ゲームを取り上げられることも少なくなかった。

 そして、その年の夏休み。

 ゲーム狂の引きこもりは、長い時間を与えられたことにより羽化した。

 ダメ人間の世界に踏み入れ、その淀んだ狭い世界で、心ゆくまで羽ばたいていた。

 そんな時、そのボードは差し出された。


 短期間で急速に堕落した愚息に、さすがの母も危機感を抱いたのだ。

 

 そのボード以外にも、母はあの手この手でゲームの時間を減らろうとしてきた。

 こちらも色々策を練って意地でもゲームしようと奮闘した。、


 結果として、その年はそれなりにどたばたとした夏休みを送る事となってしまった。


 あの時は、ゲームする時間を奪おうとする母に対するイライラが大きかった。 

 今では、自分の方がおかしかったのだと思えるようになっている。 


 その夏は、家出を試みたこともある。

 ご飯を出されなかったこともある。

 それに対して、少ないお小遣いでささやかな踏ん張りをみせたりもした。


 今となっては、それらはすべて笑い話だ。

 (主に姉や母のからかいの種で、という意味で)

 個人的にはもう触れてほしくない、まさに黒歴史である。

 

 とにかく、その時に母が用意したホワイトボードがまだ残っている。

 というか、捨ててもいつの間にか拾い出されていたのだ。


 人間とは短期間でこうもダメになるのだと見せつけてしまった自分は、

 母さんにある種のトラウマを植え付けてしまったらしい。


 いつ、また、愚かな過ちを繰り返すとも限らない。

 それを予防するための道具として、このホワイトボードは自分で持たされることとなった。


 なるべく目に入らないような場所に置いてはいるが、所詮は子供部屋だ。

 ちょっと片付けをしたり、物を出したりすると、結構な頻度で目に入ってくる。


 これについては、誰かが押し入れの奥から、微妙に視界に入るよう引き出している、と思っている。

 誰に言っても被害妄想だと言われるし、確認のしようもないが、家族への疑いは捨てきれない。


 話がそれた。

 

 とにかく、友達に馬鹿にされたりもした事のあるこのホワイトボードなども、

 我が家では有効なグッズである、という事だ。


 そして、その効果はばっちり発揮された。

 母姉の冷たいような、生温かいような複雑な視線があったものの、

 宿題の進み具合の確認もされずに、こうして今パソコンをすることができている。

 

 長く触っていると、色々と違うことをやってみたくなるもので、

 町を見下ろすのにも飽き、ストリートビューで仮想散歩を楽しむようになっていた。


 そのおかげか、なかなかおもしろい発見ができた。

 「これを知ったら、みんな驚くぞ」

 リビングにいるのに、つい声が漏れてしまう。


 今日何度目かの冷たい視線を背中で感じ、少し冷静になる。


 でもこれ、自由研究には全く関係ないよな…。


 そうは言っても、もう時間はないし、これからどうこう出来るものでも無い。

 どうせ大した文句も言われないだろうし、開き直ることにした。

 夏休みはまだ長い。

 仮に何かあっても、挽回しようと思えば、どうとでもできる。


 パソコンを閉じると、ちょうど晩ご飯の時間になっていた。

 食事を済ませて、明日の約束をした。

 

 明日も恭介をあっと言わせることが出来るか・・・。

 自由研究なども忘れ、修平はそのことばかりを考えていた。


 自由研究以外の宿題も含め、やることをやっていると心が軽い。

 昨日の夜よりもずっと気分よく布団に入ることができた。

 

 昨晩よりも気温は高いようだが、

 そんなことも気にならない内に修平は眠りについた。

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