プール開放
グーグル・アースには色々な噂がある。
軍の拠点だとか、お金持ちの家だとか、世界的に有名な企業の工場だとか、
そういった場所の中には、見れなくなっている箇所がある。
航空写真の中に真っ黒く塗りつぶされているそのスペースは、
服についた醤油のシミくらい不自然に目立ち、とても気になる。
このような、自分たちが見ることのできない場所には、
宇宙人の活動拠点や、まだ発見されていない部族の集落が含まれているのだとか。
宇宙人に関してはよく分からないが、父さんたちが子どもの頃、
アメリカの砂漠だかにUFOが墜落したとかいう大事件が起こったらしい。
こういった事は、自分たちが知らないだけで、実は世界的にはたくさん起こっているのだとか。
その痕跡を消すために、グーグル・アースから見えないようにしていると言うことだ。
塗りつぶされた所ばかりだと目立つので、昔の画像と差し替えたり、
自然に見えるように加工処理しているという話もある。
自分たちには確認のしようがなくて、
現実的な感じと非現実的な感じが入り混じっていて、実に都市伝説っぽい。
こういうのは嫌いではない。
修平が町内でめぼしい物を発見できなかったのは、
こういった事を調べて、より道ばかりしていたからである。
町を見ていた時間よりも、海外の色々な場所を見ていた時間の方が明らかに長かった。
「変なことばかり調べて時間なくなっちゃったな~。
なんで都市伝説ばかり調べてしまったんだろ・・・。」
後悔先に立たずである。
「小学校の夏休みの宿題なんて・・・」
と大人に言われたことは何度かある。
だけど、幼稚園には宿題なんてなかったし、
中学や高校での夏休みの宿題がどんなものかは知らない。
まして、大学生が何をしているのかなんて想像もつかない。
それに、そんな事を言われても、やらなければ怒られたりもする。
宿題をやっていなくて、学校に行くときは気が重い。
宿題を家に忘れた時は、しまったという気持ちにもなる。
ただ、なんとなくではあるが、夏休みの宿題とかは、
そこまで細かく見られていないんだろうな、という気はしている。
智行の自由研究の件などもあり、中身について、
大したものが求められていない事は、薄々は勘付いている。
そもそも、宿題をしてない人すらいるのだ。
「たかが宿題」という気持ちが一瞬現れては、
そんなこと思っちゃいけないという気持ちがそれを押しつぶす。
今日のプール開放で、3人と会う約束になっている。
重くなった気を屁理屈でごまかしながら、出発の準備をすすめる。
学校のせまい更衣室で着替えるのが面倒なので、家で水着をはいてしまう。
洗濯物から水着を取り、部屋に入ろうとした時、姉が
「パンツ忘れんなよ~」
と言ってきた。
恥ずかしいやら、うざったいやらで、複雑な気持ちになる。
イラッとした感情をたっぷり込めて、
「いつまでそれ引きずってるの?小1の時の話でしょ!?」
と吐き捨てたように言う。
「引きずってるのはそっちじゃん?そんな怒っちゃってさ~。」
確かにその通りだ。
(いつまでも古いネタ言ってるんじゃねーよ、バーカ!)
という意味合いを込めて言ったつもりだったが、全く通用していない。
5年前、小学校1年生だった自分は、プールが終わり、
着替えようとして、パンツを忘れたことに気がついた。
当時の修平少年は、急に不安になり、泣きべそをかいていた。
そんな時、パンツを持ってきてくれた姉には相当の感謝をしていたのだ。
しかし、何年も言われ続けると、段々と怒りがこみ上げてくるようになっていた。
去年辺りからはその怒りも強くなり、言い返す言葉にも棘が出るようになった。
姉の機嫌も悪いと、ちょっとした口喧嘩に発展することもある。
自由研究で何も調べられていない不安をぶつけてしまっていたのか、
姉に対する言い方は普段より強くなっていたらしい。
むっとした表情で、目が少し細まっていて怖い。
少し変な、微妙に重たい空気が流れた。
その空気を吸いたくないと言うかのように、フンと鼻を鳴らして家を出る。
玄関を出るとまず、荷物にパンツがあるかを確認した。
若干のトラウマになっているのか、確かめているのに不安な気持ちになる。
今では、一度確認すれば問題ない程度だが、
道中に何度もパンツの存在を確かめないと気がすまない時期もあった。
学校に近付く度、姉との一件でイライラしていた気持ちは小さくなり、
グーグル・アースでなにも発見できていなかった、という後ろめたさが、また大きくなっていた。
学校が視界に入ってくると、「引き返してしまおうか」という気持ちが、わずかににじみ出てきた。
「さて、なんと言ったものかな~。」
少し前に考えていた屁理屈など、言えるはずもないというのは分かっていた。
3人がどんなものを調べてきているのか、楽しみであり、
調べられていなかったのが自分だけだったら、という不安もある。
「そう言えば、今朝見た夢ってなんだっけ?」
そんなことを思いながら足を進める。
徹底的に現実逃避している。
驚くほどの晴天とは裏腹に、今朝から自分の心の中はぐちゃぐちゃだ。
真上には雲一つない青空が広がっているが、
遠くには入道雲が見えていて、所々黒ずんでいた。
頭上にある青空より、遠くに見える入道雲の方に親近感を覚える。
「お天気雨が降りそうだな。」
と、のんきなことを考える程度の余裕はあるようだった。
あれこれ考えているうちに、学校は目の前にきていた。
「まぁ、どうにかなるだろう」と開き直って、校門を一歩踏み出す。
修平は、無駄に色々考える割に、
本番が近くなると変に開き直って、度胸が出るタイプだ。
しかし、本人は自覚はしていない。
学校の敷地内に入ってしまうと、プールまでずんずん足が進む。
もうどうにでもなれ。
進む足と共に、心も軽くなる。
監視員さんにプールカードを渡して、サンダルを脱ぎ、更衣室に入る。
汗でサンダルが湿り気を帯びている。
脱いだ後にすぐ履くのは嫌だな、と少し思った。
実際、一度脱いだら帰りまで履かないので、いらぬ心配である。
しばらく裸足を満喫している間に、サンダルは確実に乾く。
プールカードは他にも何枚かあった。
そう早く来たわけでもないのに、人は少ないらしい。
夏休みが始まってもうすぐ10日が経つ。
家族でどこかに出かけることもあるのだろう。
長い休みの後、必ず旅行に行った話をするクラスメイトの顔がちらちらと思い浮かんだ。
修平の家は、家族で出かけることは少ない。
いや、少なくなったというべきか。
姉が中学に上がり、部活を始めた去年から、
週末に家族で出かけることはめっきり少なくなった。
それまで、泊まりがけでの外出は数えるほどしか無かったものの、
割と頻繁に遠くに出掛けたりもしていた。
どこに行くのかと楽しみにしていたし、
どこにも行かない時は随分がっかりした記憶がある。
今では、急に家族でどこかに行くと言われると、
4人で遊べなくなるのかと残念に思うようになってしまっている。
他の3人も、あまり遠出をする家庭ではないようだ。
恭介は高校生の兄がいて、真はもうすぐ2歳になる小さい妹がいるため、
うちと似たような状況らしい、という話を聞いた。
遠出すると言ったら、話を聞くのは一人っ子の智行くらいだが、不思議とそんな話は聞かない。
こういった家庭事情も、この4人が集まるようになった理由のひとつかも知れない。
修平は4人の家庭事情に思いを巡らせながら、むわっとする更衣室で着替えをしていた。
夏の暑さと風通しの悪さで、更衣室はサウナのようになっている。
水着を履いてきていたので、着替えの時間は短かったはずだが、じっとりと汗をかいている。
早くプールに入りたい。
寒い日のプールは、シャワーから地獄のようだが、
今日はずっとプールに入っていられそうだ。
自由研究の話をするために、プールから上がる時間があるのが少し残念に思えた。
プールサイドに座り、皆が来るのを待つ。
頭や肩、首がじりじりと熱くなっていく。
5分もすると、段々と人が増えてきた。
信号か何かの関係だろうか、何回かに分かれて、集団で人が来ていた。
その中の一団に、恭介がいた。
「よ。今日はプール日和だね。」
同じく更衣室で汗をかいたのか、恭介は手で顔をあおいでいる。
「うん。暑い・・・。早くプールに入りたいね。」
「2人はまだ?」
「来てない。」
「みたいね。」
恭介は、ぱぱっと状況確認を済ませる。
こういう時は、こっちも最低限の言葉で答える。
「お、今日の監視、金田先生じゃん。
俺、2年の時、担任だったわ。」
自由研究のことについて聞かれたら何と答えようかと、
あれこれ思い悩んでいたが、恭介は4人が揃うまで、
本題には入らないつもりらしい。
恭介の話をきっかけに、修平の2年の時の担任についてや、
当時仲よかった友達、やっていた遊びなどの話をした。
プールに来る大人は、親のボランティアと先生、
そして、アルバイトの監視員さんだ。
この監視員さんは去年も来ていた。
大学生のアルバイトらしいというのを、クラスの女子が話しているのを聞いた。
ボランティアの人も来た。
あまり見た記憶は無い顔がった。
少なくとも、自分の親しい人の親ではないようだ。
大体、監視員さん、先生、ボランティアの順に来る。
もうすぐプールが始まるという空気になり、ふらふらしていた人達も段々とクラス毎に集まって座っていた。
「来ないね。」
少し不安になりながら、ぼそっと言った。
始まりそうな空気の中、バタバタと更衣室に入る音がいくつか聞こえる。
遠くから聞こえる音だけで、焦っているのが分かる。
「お、来たかな?」
恭介は落ち着いている。
金田先生が、先生達が話をする場所に移動して、更衣室の様子を伺っている。
遅れて来た人を待っているらしい。
皆、遅れてくる人は誰かと、更衣室の方を見ている。
プール全体に、変な緊張感と一体感が生まれた。
今日は4・5・6年生が入る日なので、こういう時にぺちゃくちゃ喋るような人はいない。
ぺちぺちと裸足で走る音が聞こえてきた。
「まだ始めないので、歩いて~。自分の学年の所で並びなさ~い。」
金田先生が注意をする。
ぼそぼそと返事をして移動する4人の中に、智行と真がいた。
4人が揃ってホッとする。
自由研究の話が始まるまでに、若干の猶予が出来たこともあってか、気が楽だった。
体操したりするので、しばらく私語は厳禁だ。
先生の話が少しあって、体操をしてからシャワーを浴び、プールに入った。
低学年がいないので、大人たちは緊張感がない。
1年生がいる時は、こっちも緊張してしまう位にぴりぴりしている。
上級生は下の子を意識しながらプールに入らないといけないので、
低学年と一緒になった時はプールに来ない人もいる程度には、違った空気が流れる。
弟妹がいたり、世話好きだったりと、逆にそういう時だけ来る人もいる。
どっちの気持ちも分からないでもない。
一回目の休憩時間までは、普通に遊んだ。
コースロープで分けられた場所で泳いだり、クラスや学年関係なく、
その場にいた人で鬼ごっこをしたりした。
休憩時間になると、4人は集まり、自由研究の話になった。
「で、どうだったよ?何かいいもの見つかった?」
恭介は早速口を開く。
自分と会った時も、実はこう言いたかったのではないかと、何となく思った。
「俺はなんにも見つけられなかった。
というか、恭介に見せてもらったような、海外のものばっかり見ちゃってたわ。
何だかんだで、結構楽しいね。」
今朝の不安はなんのその、一緒に遊んで気分も軽くなっていたので、
自分から正直に言うことにした。
恭介は気にした様子もなく
「んだろ?こう、世界が広がる感じがするよな~。」
と言った。
正直かなりホッとした。
と思ったのもつかの間、
「気持ちは分からんでもないけど、そういうのは、やることやってから遊べよな。」
と真。
どうやら、真も自分と同じように遊びたかったが、
自由研究を優先して調べ物をしていたらしい。
申し訳なく思いながらも、真の言葉のニュアンスで察して、
「と、いうことは・・・」
と言った後、
「「何か見つけたの?」」
恭介と同時に質問した。
後ろめたい気持ちと、期待感とが入り混じった鼓動を胸に感じた。
昨日の夜からあったものより、期待感のほうがずっと大きい。
真は、
「いや・・・、それほど大したもんじゃないんだけどね。」
と答え、智行をちらりと見た。
珍しく歯切れが悪い。
真の目線を受けて智行が続ける。
「昨日は2人で一緒に調べてたんだけど、色々気がついた事があったんだ。」
真の後に続くと、もったりしたような印象がさらに強い。
「グーグル・アースの画像って、新しいものってわけでも無いみたいなんだよね。
ちょっと前に出来たアパートとか、空き地みたくなってたりしてさ。
それで、知ってる所をざらっと見てみたんだよ。」
「いいね、自由研究っぽいね。
町の様子をグーグル・アースで調べるっていう話だったしね。」
自分に向けられた発言であることが分かるが、
恭介はこちらを見ずに冗談交じりに少し大げさに言う。
皆の意識が一瞬こちらに向いた。
バツの悪さを感じながらも、ちゃんと調べてこなかったことに対しては、
これで一区切りという気がした。
経験上、これ以上何も言われないだろう。
軽く小言でこらしめて、次に進むというこの感じはよくある。
恭介がその立場になることは少ないが、ねちねち言わないのが暗黙の了解的になっている。
智行はもったりと続ける。
「よく行くところとかを見て、
この写真ていつ撮られたのかな?って思ったんだよ。
木の感じとかから、秋から冬に移るくらいか、冬から春に移るくらいか、
どっちかだって話になったのね。」
少し間があく。
智行が長く話していると時々ある。
自分たちは慣れているが、この間は、気になる人はとても気になる類のものだろう。
真がこの間に滑りこむ
「で、色々見て回ったのよ。
町の外とかもさ。
地球をいっぺんに撮るなんて、多分無理じゃん?
そう思って、引いてからあちこち見ると、山とかに線が見えるわけよ。
同じ場所でも、同じ時に撮ったとは限らないってこと。
山とか、木の色は違うし、線から片側は雪があったりするのさ。
季節も限られてる訳じゃないのね。」
俺と恭介は、ふんふんとか、へーとか、相槌を打ちながら聞く。
単純におもしろいと思ったし、それだけに申し訳無さが時々顔を出す。
雰囲気から、恭介は、知っている部分もあったのだろう。
何となくだけど、知らないものに対する食付きとは違うように思えた。
早口というわけじゃないけど、せかせかした印象を受ける、
それでいて言葉はやたら聞き取りやすい話し方で真は続ける。
「結局、季節についてはよく分からなかった。
で、時期についてはどうかなと思って見て回ったのね。
そんでさ、去年の春くらいに火事あったの、覚えてる?」
「そりゃあね。」
すっと恭介が答える。
俺も続ける。
「確か、今の4年だか5年だかの子の家だったんだよね?
その子は無事だったけど、家族の誰かが亡くなって、結局転校したんじゃなかったっけ?」
直接関わりはないものの、学校では結構な騒ぎになっていた。
高木だか、高杉だかって名前で、校内で知らない人はいない位の有名人になった。
結局それっきりだったし、わざわざ話題にすることもなかった。
あれだけ騒がれたのに、その子の名前を忘れてしまった程度の関心しかない。
夏休みや冬休み前の注意で、火遊びについて話があった時にふと思い出したが、
それを周りの人に言ってはいけないような気がして、なんだか変な気持ちになったりもした。
「2こ下のはずだから、4年かな。」
恭介はこういうこともはっきり覚えてるようだ。
「ま、細かいとこはいいんだけど、その家がまだあったのよ。
だから、ここらへんの写真は、去年の春よりかは前の写真じゃないかってさ。
その後、智行とは色々話してみたけど、なんだか煮詰まっちゃって、
明日、皆に色々聞いてから、また考えようって事で解散したのよ。」
真にはそういうつもりは無いんだろうけど、
色々聞かれても答えられない自分は心が痛む。
悪いことはするもんじゃない。
色んな言動を、勝手に色々と悪い方向に考えてしまう。
「なるほど。
となると残るは俺だけど・・・。
俺も大したこと調べてないよ。」
とは言え、恭介だけに期待が高まる。
話し終えた真も体が恭介に寄る。
「一昨日も言ったけど、何も見つからなかったら、
家の屋根とか車とかの色の割合でも調べればいいじゃん?
早い内にやっておいた方が、他のを調べるとき、気楽にできるかな~と思って、そういうのを少し調べてた。」
なるほど、恭介は1歩先を考えて行動しているらしい。
「そんで、車の色についてだけど、黒と白がやたら多かった。
黄色とか青、赤はかなり少ない。
黒と紺とか、白とシルバーは見分けつきにくいから、
細かく見ようとすると結構しんどいかな。」
こいつ一人で、話がぽんぽん進む。
途端に話に具体性が出てきた。
「それで、今度は形で攻めてみた。
色は、ぱっと見で分からない部分あるけど、形は割とはっきりしてた。
さすがに車種までは分からんが、ワゴンとかセダン、軽、トラックとかなら、ぱっと見でも分かる。
違いを比べたりするなら、形の方が良さそうだね。」
恭介が一息ついた時に、智行が質問を挟んだ。
「それで、形について調べたの?」
智行が話の合間に茶々を入れたり、このように質問する事は珍しい。
俺も恭介も、わずかばかり戸惑った。
質問された恭介はすぐに気持ちを切り替え、それに答える。
「いや・・・。
形だと、ぱっと見で違いとか比べられないから、とりあえずそのままにしておいた。
本格的に調べるんだったら、こっちの方が面白そうなんだけどね。」
形で見るのは、しっかり調べないといけないので、
お遊び段階の今することではないらしい。
「それで、見てすぐ分かる、色についてもうちょい調べてみた。
町によって車の色の傾向とかあったら、見て分かるし、比べられそうだからね。
赤い車が多い町とかあったら面白そうじゃん?
そんなのないかな~と思ってちょっと調べて、終わった。」
「それ、ありそうだね!
広島だったら、カープとかマツダの関係で赤い車が多い・・・とかさ!」
真がハキハキと反応した。
車とかスポーツとかが好きなのだ。
「なるほど、そういうのも考えられるね。」
恭介は自分にない視点でも、素直にそれを受け入れる。
正直、車とかは分からないので、
ワゴンだのセダンだのが何を指しているのか、さっぱりだった。
しかし、恭介と真の方では話が通じているらしい。
少し不安になって、智行の方を見た。
ふっくらとした顔に、口が少し空いて、締りのない表情に見えた。
質問する位だ、集中して周りの話を聞いているのだろう。
話の内容が理解できているのかは、表情からは判断できなかった。
そこで、ふと思ったことを口にする。
「観光地とか、家族連れ用に大きい車が多かったりとかありそうだね。」
発言するやいなや、恭介が大きな声を出した。
「なるほど!!それは面白いね!」
恭介がこういう反応をすると、してやったりという気持ちになって、なかなかに嬉しい。
愛想の悪い猫が腹を見せて、遊んでくれとせがんできた時のような、不思議な勝利感に包まれる。
「やっぱり人がいると、いろんな意見が出ていいね!」
恭介は段々上機嫌になっている。
声が大きくなっているのでよく分かる。
もうひとつ思ったことがあるので、口を開こうとした。
その時
「そこの男共~!
プールに入らんなら帰んなさ~い。」
先生が軽く注意した。
休憩時間が終わって、そこそこの時間が経っているようだ。
よくよく見ると、何人か帰っている。
そういう時間帯に入っているのだろう。
プールは、終わると一斉に児童が上がり、シャワーを浴びたり着替えたりする。
更衣室やシャワーが混むので、もう入らなそうな人は早めに帰されるのだ。
怒気の混じっていない注意とはいえ、無視して話を続けるのは気が引ける。
「入るか。」
と恭介。
夏の日差しに、濡れた体はすっかり乾いていた。
乾いた体に日差しが照りつけていて、日焼けのヒリヒリを感じ始めていた。
全員一致で、残り時間はプールに入ることにした。
プールが終わる時間の少し前に、混雑を避けるため、プールから出た。
6年生ともなると、ここらへんは割と自由にさせてもらえる。
先生に「上がります」と言った時も、
「シャワーの水、出しっぱなしにするなよ。」
と、とりあえずの一言をもらっただけだった。
着替え終わった4人は、湿った髪に涼しさを感じながら学校を出る。
恭介の髪は、自分と同じくらいの長さのはずなのに、かなり乾いている。
しっかり拭いているのだろう。
着替えた時間は大体同じだったはずなのに、なんだか不思議だ。
自分だって、そんなにゆっくりと着替えていたわけではない。
それとは逆に、真は二人より少し短めだが、水が滴りそうなほど湿っている。
髪を短く刈っている智行は、すでに元通りといった感じだ。
髪の乾き具合から、4人の性格をぼんやり感じていると、恭介が口を開いた。
「んで、これからどうする?話も途中だったじゃん?」
言うやいなや、
「とりあえず、腹減ったな!」
と真。
他の3人も、うなずいたりお腹を抑えたりして同意する。
自由研究の話もしていたが、プールで遊んでいた時間の方がずっと長かった。
6年を集めてのリレーや、水中鬼ごっこなど、結構激しく動きまわっていた。
プール後の独特の全身の疲れに加えて、時間も正午前である。
ご飯を美味しく食べるには、最高の条件が整っている。
1回帰って、ご飯食べてからまた合流するか、
自由研究の話は後日にするかで少し話し合った結果、
今日はここでお開きということになった。
午後から天気が崩れるそうだ、という恭介の情報が決定打になった。
真と智行が近いだけで、それぞれの家は結構離れている。
そのため、雨の時は傘をさして歩かないといけない。
普段は自転車で移動しているので、結構面倒だ。
傘をさして、歩いて集まっていたこともあったが、段々とその回数は減り、
今では、雨の日は集まらないというような空気になっている。
すんなり決まったのは、空腹や天気だけが理由でない。
今日、少し話をして、それぞれが調べたいものが出来たということもある。
午後は各自が調べ物をしたり、宿題をしたり、ゲームをして遊んだりするようになるだろう。
今日、会った人のなかには、宿題を全て終わらせた人もいた。
少しは進めないといけないな、という気持ちが若干ではあるが湧いてきている。
解散前の一言という感じで、恭介がまとめる。
「そんじゃま、明日は天気とか見てってことで。
電話なりメールなりで連絡するけど、多分俺んちになると思う。」
普段はそのまま解散になるが、智行がまったをかけた。
「プールでさ、修平、何か言いかけてなかったっけ?」
今日の智行はやけにアクティブだ。
智行が急に喋った驚きと、何のことか理解できていないのとで、
口をもごもごさせていると、さらに続けた。
「ほら、先生に注意されて、またプールに入る前にさ。」
「ああ・・・。」
自分でも忘れていた。
というか、今もすぐに出てこない。
そんな大したことじゃなかった気がするが。
「そうだったのか。」と恭介と真はぽかんとしている。
自分自身も、喋ろうとしたことは覚えているが、
口を開こうとしたかまではさっぱりだった位だ。
2人が何のこと分からないのも無理は無い。
思い出そうと眉間にしわを寄せた瞬間に、ぱっと思い浮かんだ。
電気をつけたと同時に、暗かった部屋の様子が分かるような感覚だった。
そういえば、電気がつく擬音語も「ぱっ」だな。
言葉とはよく出来てる。
へんな事を思いながらも口を動かす。
「他の町と比べて・・・って話をしてたじゃん?
昨日、外国の町を見てる時に気がついたんだけど、
中には、地面にあまり近づけない場所もあったな~って。
近づけないから、車とかの細かい様子が分かりにくかったんだよね。
そういう所は、比べられないよね~って話をしようとしたんだった。」
「ほう!
そんなこともあるのか!
グーグル・アースっていうのは本当に興味深いな!」
智行が口を挟んだ驚きも消えるくらい、
恭介はこの話に食いついたらしい。
目が少し大きく開き、キラキラした感じがする。
目を輝かせたまま、恭介は話をすすめる。
「とりあえず、明日のことはさっき言った通りね。
修平みたく、海外とか見てても気付くことってあると思うし、とりあえず各自自由に調べる感じで!
明日あたり、方向性を定めていきたいね。」
そういうと、本日2度目の解散をした。
帰りながら、修平は思っている事が2つあった。
ひとつめは、恭介を2度驚かせたということ。
これは、宿題の一行日記に書いても文句は言われまい。
この変な優越感を噛み締めながら、一歩一歩足を進める。
ふたつめは、海外の事を調べていてよかったという安堵感である。
恭介を驚かせることが出来たことはもちろんの事だが、
それ以上に。エロ本がどうのこうのと口走らなくてよかった。
エロ本について調べていたら、確実に口に出してしまっていたであろう。
どうやら、他の3人はそういった事は考えていないらしい。
危うく赤っ恥をかく所だった。
まぁ、そういう下ネタ的な話になる事もあるし、
そういうのがご法度という訳でもない。
機会があれば、流れの中で冗談交じりに言ってみるのもいいだろう。
とりあえず、エロ本に関しては、時間を見つけて一人で調べを進めていくことにした。
そんな思いも、歩く度に落ち着いてきた。
それと共に、忘れていた空腹感が修平を襲っていた。
「今日の昼ごはんは何かな~。」
バスタオルなどが水分を吸って、行きより重くなったプールバックを抱え直す。
相変わらず遠くに見える積乱雲は、朝よりも黒ずんだ部分が多くなっていた。




