第9話 東城くんばかりズルイです
布は後で専門店で買うとして。
それ以外の材料は大方ドンキで集めた。
だけど、まだ必要なものがある。
——作業場はどうすんだよ。
当然だがオレの一人暮らしの家にミシンはない。
アイロンはあるけど、家庭用でせいぜいシワを伸ばす程度のものしかない。
1週間でこのドレスを完成させるには、業務用の道具、広い作業場所、そして出来ることなら現代的な《《あの道具》》がどうしても欲しい。
司はそのことをわかっているんだろうか。
まあ、でもわざわざ向かう先のメモなんか渡してくるくらいだ。
当てがあるんだろう。
「楽しみですね! 東城くん!」
氷上さんと通りを歩いていると通行人からの視線が痛い。
ティーン誌の表紙を飾る選ばれし人間なんだもんな。もう生物としての格が1、2段階は違うんだろう。
「やっば……何あの子」
「芸能人? モデル?」
ただ道を歩くだけでしきりにこんなこと言われるのってどんな気分なんだか。
氷上さんが隣を歩いているとデートしてる気分……なんて、これから待つ労働がなければ浮かれるのに。今はそんな気分じゃない。
中央通りを抜け、オレの大学がある神田方面へ。
って……この住所。
「オレの大学じゃん」
「戻ってきちゃいましたね」
とりあえず司の指示に従って大学内を移動する。
キャンパスってやけに広くて迷うんだよな……。演劇サークルとすれ違わないことを願う……。
と、目的の場所に辿り着く。
被服室と書かれた部屋。知らなかった。大学内にあったのか。
「やあ、忍くん。久しぶりだね、元気にしてた?」
ノックしてドアを開けると大人の雰囲気を纏ったお姉さんが酒を飲んで寝ころんでいた。
誰なの……この人……。
「《《彼》》もここに到着次第作業を開始するそうだよー」
わからんけど設定は共有済みということね。
昔から女の知り合いばっか多いんだよなぁ司は。
「SHADEのデザイナーと知り合いなんですか?」
「まぁねぇ。でも彼は秘密主義だからここで作業することを話しちゃダメだよー。あと覗きも禁止」
「え、ええ! わかってます!」
持って来た荷物を置くオレ達。
氷上さんがうわぁと感嘆する。
「随分立派な設備ですねぇ」
「そうそうなんでも揃ってるの。これが職業用ミシンと四本糸ロックミシン。あっちにあるのがバキュームアイロン台。ハイスチームアイロンももちろんあるよー」
裸のトルソーも何台も並んでいる。
どれも最新でピカピカの機械だ。
だからこそ違和感しかない。
「彼が到着するのはしばらく後だから、荷物置いたら帰りな。司が飾り付け手伝って欲しいってさ」
「そうですか。残念ですが、今日のところは戻りましょうか」
氷上さんが部屋を出ようとする。えーと、オレは……。
「忍くんはちょっと待ちぃ。彼が作業の手伝いを頼みたいそうだよ」
「…………そうですか。仕方ありませんね」
まあ引き止めるよな。それは。
オレだけ作業を手伝うと聞いて膨れる氷上さん。
「……東城くんばかりズルイです」
「零ちゃんごめんねー。男手が必要でさー」
そういうことならと、氷上さんは引き返していった。
部屋のドアからチラリと窺って完全に戻ったのを確認した後。
「で? 誰なんです? 貴方は」
「ファッションサークルの代表。なんだけどね。サークル自体1人なんだー」
「司との関係は?」
「え、聞きたい?」
「……やめときます」
どうせロクでもない関係に決まってる。
それより、
「ウチにこんな良い設備があるなんて知りませんでした」
「へへ、凄いでしょ」
「だけど、不自然なくらい《《使われた形跡》》がない。どういうことなんですか?」
油が馴染んでいない銀色の針板をなぞる。ほとんど未使用なのだろう。
「ウチの演劇サークルって滅茶苦茶人気でしょ? 部員も100を越えるし。外部で賞も貰ってるし」
「そうなんですか?」
「そうだよー。だからね、理事長が気を良くしてある年機材を買い揃えたんだ。衣服まで自校で作れたらなおいいだろうってね」
「それがこいつらですか……」
「マシンは揃ってるのに職人は集まらなかったんだよねー。私もそんなプロ用の機械使いこなせないしさー」
だから新品の最新機器の足下にビールの空き缶が転がってる異様な空間になったのか。つーか校内で酒飲むなよな。
「どう? ウチの忘れられた機械達は? 君、よくわからんけど服作るんでしょ?」
「十分すぎるくらいです」
いきなりの今日の展開からこれが配備されているなんてこと、普通はあり得ない。
メイドカフェを開くとなったら、オレがいずれ必要とするかもと思って司は前準備を整えていたのか。
用意周到なヤツ。やはりいけ好かないイケメンだ。
「そーそー、司が《《彼》》が最も必要としているものもここにあるって言ってたよ!」
「!? ……マジすか?」
「おねーさんにはよーわからん機械だけど、これのことだよね」
部屋の奥にそれは確かにあった。
「ああ、マジでやってくれるじゃねぇか」
被服室の名称に似合わない、巨大な電子機器が鎮座している。
——現代の衣装制作に欠かせない高性能のコンピュータマシン。
巨大な32インチの液晶ペンタブレット。
ソフトは2D/3DアパレルCADの両翼が揃っており、おまけに3Dプリンタまで配備されている。
オレが欲しい前提はすべて揃っている。
「これがあれば——1週間でいけるかもな」




